一日目。それは拷問だった。最初の三分で気づき、次の三分であぐね、そして三分。わずか10分のうちにおれは間違いなくはっきりとわきまえた。

「なまえ?」

戸を叩きもせず開くと、ベッドに腰掛けたなまえがおれを待っていた。部屋に入るのは初めてだった。絵の具の匂い。ベッドのしたにはキャンパスやスケッチブックが積まれた山がいくつかと、壁にはなまえが描いたであろう絵が所狭しと貼ってあった。モビーディックの絵もある。

「悪かったな」

おれは連なって干されている画用紙たちを眺め、頭を下げて詫びた。昨日の今日だがすっかり乾いているようだった。なまえは微笑んで首をふり、ベッドの向かいに置いてある椅子へ座るように促した。それからの10分。

「・・・」
「・・・く、」

くそ、とつぶやくと顎をくいともちあげられ「動かないで」と言うように瞳を覗き込まれた。なまえには一向に筆を走らせる気配がない。たまにスケッチブックを手にとるかと思えば「まばたきしないで」だとか「エースって色っぽいね」だとか書いてあるのだ。興奮してしまっていた。椅子にじっと座らされたおれは、そうやって容赦無く細部を眺められ、命令され、雑感をのべられ、真剣ななまえの瞳を見つめかえせばかえすほどにからだが疼いた。はっきりいってセックスよりもいやらしいことのように思われた。

「!」

おれの前でひざをついているなまえが腹に触れた。歯を食いしばって動揺をかみ殺す。つつ、と筋肉をなぞられてため息がでそうになるのを必死で堪え、視線を落とす。実際とっくのとうに勃起してしまっていたがなまえはそんなのお構いなしの様子で、おれはそれについても色々と思案していた。部屋に貼ってある船員の絵は数えきれない程だ。ただしおれ以外。おれはどこにもいない。デッサンのモデルと称して、他のやつらにもこんなことをしたのか?マルコにも?あいつはこれにたえたのか?

「・・・ふう」

ただのお詫びのつもりだったのに。なにかいけないことを覚えてしまったらしい自分を落ち着かせようと深く息を吐く。おれをみるなまえの上目遣い。あどけない瞳に、欲情している。愚かさが情けなくて笑えた。

ありがとう、疲れたでしょ。今日はここまで。明日もいい?

そう書かれた画用紙を読んで、無言で深く頷いた。





二日目。昨晩、何度もなまえを思い出して熱に浮かされたことに気が引けつつも、当の彼女の前へとやってきた。引き続き椅子に座らされ、その視線で縛りつけられる。今日も本題の絵を書く気配が感じられないことに、おれは喜んでいた。それはもうからだごと。

「・・・、」

なまえの気配を背中に感じながら、目を伏せた。たまに、ためらいもまじったようにそっと触れるその指先を、昨日よりずっと注意ぶかく味わう。えりあしの髪を持ち上げられて、首すじが少し冷んやりとするのにどうしようもなくぞくぞくした。

ACE

いままで背中のドクロを忠実になぞっていた指がふいにそう綴った気がして、ぱっと顔をあげるとなまえの手もはっとしたように離れた。考えもなしに振り向くと、口元に手をあて、目を丸くしているなまえの顔に面喰らった。なまえの中で何か想定外のことが起こり困惑しているような顔だった。視線を落としたあと首をかしげ、ばつが悪そうに時計を指差した。明日、と唇がうごいたのを確認しておれは頷き、立ち上がる。今日ここに来てはじめて息を吸ったかもしれない。





三日目。部屋に入り絵の具の匂いを嗅ぐだけで、媚薬のように焦がされた。椅子でなくベッドへと促され、戸惑いながらも腰掛ける。肩を押されてゆっくりと沈められた。こんなことをされて黙っていられる男がいるだろうか。はっきりいってなまえは、何をされても文句を言えない状況だ。おれも触れたい。なまえに触れたくて触れたくて仕方が無い。けれどおれは飼いならされた犬のようにただなまえに触れられるのを待っていた。完全にハマった。もうなまえの奴隷になってもいい。

「うわっ、なまえっ」

どうするのかと思っていればなまえはおれの腹に馬乗りになった。その顔は例のごとく真剣で、無垢な瞳にうつすおれの顔はきっと劣情をむき出しにしている気がしたけれど、目がそらせなかった。

「なまえ、」

呼ぶと、右手をキツネのような形にしておれの唇をつついた。そのままなまえの指が、まぶた、頬、鼻のすじをなぞり、唇へと帰ってきた。

「・・・」

なまえが覗き込むように顔を寄せると、髪が流れてきておれの頬をくすぐった。

「は、っ」

おれが息を吐いた瞬間に、キスで唇を塞がれた。おれの腕を両手でシーツに縫い付けるなまえは、激しくおれを堪能する。

「っ、はあ、はっ、」

胸が喜びで震えて、いてもたっても居られず力任せになまえを掻き抱いた。揺れたベッドのわきで積まれたスケッチブックが雪崩を起こし、バラバラと紙が飛び出す。驚いたことに、おれが何枚も描かれているのをみた。部屋のどこにも居なかったおれが、こんなところに、何枚も。心の奥底にしまい込んでいたものが溢れ出したようだった。

「・・・」

なまえに視線を戻すと、腕の中で恥ずかしそうに顔を染めている。初めてみせたその動揺がさまよう顔。あどけなくて、自分とは程遠く感じていた瞳が急に知れたもののように見えてきて、なまえの心に触れてしまったような気さえした。それで、思い出したように。おれの加虐心が帰ってくる。

「なまえ」
「・・・っ」

ふたりの体を反転して、なまえの上に乗ると逃げないようにベッドに抑え付ける。唇を固く結んで、眉を寄せた赤い顔にニヤリと笑ってやるとなまえは目に涙を浮かべた。

「恥ずかしいこと、散々おれにしたくせに」
「・・・っ」
「まばたきするなよ」

ゆっくりと言い放つ。まつ毛を震わせながら、なまえの唇が小さく息を吐くように動いた。

ごめん。

おれを満足させるには充分すぎるものだったけど、抑えつけていた手のちからをさらに強めて見下ろす。

「ごめんなさい、だろ?」

そう言うとなまえは苦しそうに、こくこくと頷いて、熱を帯びた瞳でおれをみた。エース、おねがい、もう離して、聞こえてきそうな訴えはお構いなしにあごを捕え、額と額を合わせる。あどけなさの消えた瞳がゆらゆらと翻弄されてるのを楽しんで眺めた。また唇が動き、「すき」。おれは確かになまえがそう言ったのを見たので、その乾いた唇に口付けた。





刮目せよ









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