君の好きなもの


黄色くなった葉が枝から落ちるのを眺めてると、やっぱり意中の相手に告白するのに適した季節だとはどうも思えない。まぁ、春だろうが夏だろうが冬だろうが結局ナイんだけど。
今月に入ってからというもの女の子に呼び出されるのはこれで6回目、僕がいつもブッチするもんだから相手もあの手この手の嘘を使ってくるようになった。今回の嘘は一番巧妙だった。「ソウマさんが呼んでるよ」って、そりゃ行くでしょ。でもさ、それで僕を呼び出すのに成功したとしてもその後で告白って地獄じゃない?負け確スタートで楽しめる猛者なの?

「ねぇ」と僕が言ったことで、女の子の演説はようやく中断した。演題は『僕を好きになった理由及び好きなところ』、ケナゲだねぇ。

「僕の好きな子の好きなものの話していい?コレやると心が穏やかになんだよね」
「ぇ、ぁ…はい…?」
「映画館のレイトショー、その冬最初に息が白くなる日を探すこと、カサカサの落ち葉を踏んで歩く音、肌寒い日のアイスクリーム」
「はぁ…」
「小さい子供の後ろ姿、猫の昼寝、雨上がりの街のにおい、秋の夜更かし、チョコチップの大きなクッキーとカフェオレ」
「………」
「時計草と矢車菊、散歩中の鼻歌、甘い匂いの入浴剤、あとは僕」

ミズキの世界には小さな光が溢れている。その光の中に僕も数えられているっていうのが、僕を穏やかにしてくれる。
今し方僕に告白した女の子はようやく絶望的敗戦を実感しつつあるらしい。助かるよ。

その時僕のポケットから受信音が鳴って、見るとミズキからだった。

「お、ミズキから『肌寒い日のアイスクリーム』のお誘いだみたいだから僕行くね。ミズキってば寒いの分かっててアイス食べて絶対後から寒いって言い出すんだよ。でタイミング逃すと膝に抱っこして温めてあげる権利を傑に取られちゃうわけ」

じゃーねー、で手を振った。女の子は僕を呼び止めなかった。負け確スタートで楽しめる猛者ではなかったらしい。
足元に1枚黄色い葉が落ちてきて、上履きで踏むと乾いた音がした。それで思い出した、去年もこの時期にやたら告白の呼び出しが多くて傑に愚痴ったら「文化祭が近いからだろうね」と理由になってんだかイマイチ分からん分析が返ってきたんだった。文化祭のために僕と付き合いたいの?まぁやっぱり時期に関わらずナイんだけどさ。

黄色い葉っぱ。ミズキの足元にたくさん積もるといい。
ミズキがアイスを買って僕(と傑)を待ってる部室へ、僕は急ぐ。





去年も文化祭の前になると告白の呼び出しが増えて、悟が鬱陶しがっていたっけ。まぁ、私も同感なんだけど。
ミズキが呼んでると言われて来てみれば、待っていたのは隣のクラスの子の告白だった。ちょっとした詐欺だ。ただミズキに釣られて現れた男に告白しようとするメンタルは尊敬…は無いな、評価されてもいいと思う。

「ねぇ、」と私が口に出すと、その子は期待に目を輝かせた。

「私の好きな子の好きなものの話をしても良いかい?心が穏やかになるんだ」
「は、はぁ…?」
「電車から見る海、寒い朝の二度寝、空から見る花火、金木犀の匂い、放課後の寄り道、後部座席での他愛のない話、肌寒い日のアイスクリーム」
「えっと…」
「その春最初に咲く桜を探すこと、夏の朝の掃除、森の甘い匂い、雨の夜の映画、いつもの店のドーナツ」
「…」
「時計草と矢車菊、カサカサの落ち葉を踏んで歩く音、タルトタタンと紅茶、あとは私」

ミズキの好きなものは日常のあちこちに隠れている。小さくて温かくて尊いものたち、その中に私も数えられていることが、私を穏やかに保ってくれる。
今し方私に告白した女の子は、毛ほども可能性がないことにようやく気付きつつあるらしい。少し遅いね。

「悪いけど私はもう行くよ。ミズキの話をしてたら会いたくなった」

その子は私を呼び止めなかった。そこだけは賢明だ。いやそもそも文化祭の前に駆け込みで彼氏を作ろうとする(あまつさえミズキを嘘に使う)時点で…まぁ、言わないけど。

黄色い葉が足元に落ちてきて、上履きで踏むと乾いた音がした。ミズキの足元にたくさん積もれば尊いものになれるよ、って教えてやれれば良いんだけど。

去年部員がいなくなって廃部になっていたオカルト研究会を復活させたのは、部活所属が必須だったことと好きに使える部室が欲しかったこと、これに尽きる。所属しているのはミズキと私と悟の3人だけで、私達が卒業すればまた廃部になるだろう。他に希望者はいなかったとミズキには話したけど、実際は私と悟目的の女の子とミズキ目当ての猿を相当数断った。黙らせた、とも言う。

特に約束はしてないけど部室を目指して歩いていると、前方にミズキの後ろ姿を見付けた。と同時にスマホに受信音。
ミズキの肩に手を置いた。

「ミズキ」
「あっ傑!丁度いま送ったとこ」

ポケットから出して確かめると通知が1件あった。

(アイス買った!部室集合)

成程ね、『肌寒い日のアイスクリーム』のお誘いだ。勿論喜んで応じるよ。





結構急いだのに、部室に着くともう傑がミズキを膝に乗せてアイスを食っていた。フライングだぞこの野郎。

「メッセから2分以内の現着で負けってどゆこと?」
「受信した時丁度部室の前にいたんだよ」
「ハァー?勝負成立してないじゃんやり直しを要求する」
「ケンカしないの、ほら悟のもアイスあるよ?」

モメてるポイントはそこじゃねーのよミズキちゃん。僕も傑もお前を膝に乗っけて温めてやりたかっただけなの。
傑はバニラアイスがチョコで覆われた棒アイス、ミズキはあの全然ソフトじゃなさそうな市販のソフトクリームを食べてる。上のカバー外す時に下手するとカバー側にアイス丸ごと持ってかれるアレ。僕には袋の中にカップアイスのチョコが残されていた。

「ミズキ懐かしいやつ食べてんね。まだ売ってんだ?そういうの」
「たまーに食べたくならない?見たら我慢できなくなった」

分かるけどね。このチープな味が心象風景っていうかさ。
ミズキの口元をすっぽり隠すバニラアイスを見てると、ふと悪戯心が湧いた。

「ね、それ一口ちょうだい」
「いいよ」

はい、と僕に差し出されたアイスをミズキの口元に戻す。傑が察して嫌そうな顔をした。
緩く溶けた側をミズキの唇に押し当てて、反面からガブリと喰い付いた。上1/3ぐらいは一口で無くなって、まだ塊の残るアイスをぐっと飲み下して、甘く冷えたミズキの唇に自分の唇を押し付ける。口の周りがすぐベタベタになった。それも舐め取りつつ、ガブガブ喰い付いて舌も挿れる。ミズキの手が膝に下りたからアイスを取り上げて机にトンと立てて、僕はもっと、

ーーーのところで、ガツンと脳天を殴られた。

「ッッッテェな舌噛んだらどーしてくれんの?!」
「うるさいなタイミングは見たに決まってるだろ。人の膝の上で盛るんじゃないよ」
「僕とミズキのキスでおっ勃てちゃうからぁ?」
「あと2回殴るぞ」

傑は食べかけの楕円形のアイスを丸ごと口に入れ棒だけ引き抜くとゴミ箱に放った。こいつが黒くて丸いものを丸呑みにすると何かこう験が悪いから辞めてほしい。
傑が僕に向けて青筋立ててた顔を優しく緩めて、膝の上のミズキの向きを変え、口元にウェットティッシュを当ててやった。

「野良犬に噛まれたと思えばいいよミズキ、怖かったね」
「誰が野良犬だコラ」

ミズキは傑の胸にぽーっとして凭れてて(あー可愛い)、傑がその顎を掬ってキスをした。僕とやってること変わんねーじゃん。一応僕と同じ秒数程度はキスさせておいて、タイムアップのお知らせに前髪を引っ張った。(ものすごい迷惑そうな顔をしたザマ見ろ)
ミズキの手にアイスを戻してやって、やっと僕も自分のアイスの蓋を開けた。





3人で付き合おうと言い出したのは悟だった。それは許されるんだろうかと迷う私に対して、意外にもミズキはすんなり受け入れてくれた。

私の膝の上でアイスの続きを食べ始めたミズキを背中から抱き締めて、案の定冷えてきた手や身体を撫で温めた。悟はひとまずキスで満足したのか、大人しくカップアイスを口に運んでいる。

ミズキの柔い髪の間から耳が少しだけ覗いている。舐めたいような気分がして見てると不意にミズキが振り向いて、そのガラス玉みたいな目で私を見た。

「…傑、寒い?」

寒いのはそっちじゃないか、という正論を私は口に出せなかった。思わず黙り込んでしまった私を、膝の上からミズキが抱き締めた。覚えてるかな、君は前も、



3人で付き合おうと言い出したのは悟だった。呪術高専2年生の時だった。最初私は渋ったけど、「2人がいいなら私は嬉しい」とミズキが言うからその案に乗って、始めてみれば存外心地良かったのを覚えている。
私も悟もミズキのことが好きで、ミズキも私達のことを好いて甘えてくれた。ミズキは日常の小さな喜びを掬い上げるのが上手くて、一緒に過ごしたり歩いている時、不意に猫みたいに立ち止まったミズキから彼女の好きなものを教わるのが好きだった。ミズキは好きなものを教えてくれるたび、「あとは傑のことも好き」と付け加えてくれて、それも、私は好きだった。

ミズキは本当に呪術師向きじゃない、優しい女の子で、それを裏切ったのが私だ。

温かくて尊いものがミズキの周りに溢れているのは彼女が照らすからであって、光源から一歩離れれば薄汚いゴミ溜めだと、あの時は本気でそう思っていた。一掃する必要があった。
今となってはその大義が正しかったのか定かでないけれど、少なくともミズキを泣かせてしまったことは私の大罪だと思っている。
百鬼夜行を仕掛け、折本里香を手に入れ損ない、右腕を失った私の元に悟がやって来て、その後ろにミズキは立っていた。

「すぐるの馬鹿、どうして、独りでいくの」
「ついて来てくれる気があったの?損したな」

悟は独りで最強に成った。ミズキを護るには充分だろうと思っていた。私がいなくなっても2人は幸せに過ごすだろうと。
それなのにミズキは悟の背後から出てきて、私を抱き締めてくれた。

「だから馬鹿なの、いかないでほしかったのに」
「…そうか」

ごめん。

「傑、寒い?」
「…そうだね、今気付いた」

ずっと寒かった。ミズキのいない場所はとても寒かった。ミズキの髪の匂いがした。学生の頃抱き締めていた時から変わらない、甘い匂い。

「馬鹿、すぐる、私許さない。ずっと好きでいるから」

嬉しいね、悪くない。最後にミズキから呪いをもらえるなんて。
それが、一度目の夏油傑としての最期。





ミズキは前のことを何にも覚えてない。僕のことも傑のことも呪いやたくさんの死のことも。
この高校の入学式で、何も言えなくなってる僕と傑にキョトン顔のミズキが「はじめまして」と言った時、正直言って少しホッとしたのを覚えてる。
僕はもう最強じゃない。
僕も傑も、術師ですらない。この世界には呪霊はおろか呪力すらない。

ただの学生としてミズキと過ごせる。

平べったい木のスプーンでアイスの最後を大きく掬って口に入れ、カップをゴミ箱に放った。
それから、膝に乗って傑を抱き締めてやるミズキ(この体勢イイな、今度やろ)の両脇を抱えて引き離す。ぶらーんと猫みたいに。
傑はミズキのいた空間を抱えてムスッと僕を睨んだ。

「そろそろ僕にも構ってよ、ね?」

ミズキがくれたこの2回目の生は、僕と傑にとっての、極めて具体的な幸せの形だ。




「…寝た?」
「寝たね」

映画を観るのが好きな割にミズキはすぐ寝る。
僕の胸に凭れた頭が脱力したように感じて傑に目配せすると、傑がミズキを覗き込んで眩しそうに目を細くした。
学校備品の小さいテレビに私物のブルーレイデッキが繋いであって、映画鑑賞がオカ研の主な活動内容だ。
スプラッタホラー観ながら健やかに眠れちゃう辺り、記憶がないとはいえミズキも術師の適性残してんじゃないかな。
僕に凭れて寝ちゃったミズキを抱き締めて、髪を掻き分けるようにキスをした。ミズキの甘い匂いがする。

「あヤバ」
「何」
「ちんこ勃ちそう」
「ふざけるなよミズキを起こすな」
「やぁミズキの可愛いお尻を膝に乗っけてたらさ?不可抗力っていうか?」

傑がミズキを起こさないように加減した範囲で僕を殴った。お前だってさっきヤバかったでしょと指摘したら「それは話が別」と返ってきた。否定しねーのかよ。
映画ではリアリティが無いほど派手に血飛沫が上がっている。実際は首を掻っ切ってもこんなに噴き出さない。死ぬって意外と地味で呆気ない。

「そういや言ったことなかったけどさ」
「何」
「ミズキ、結婚だけはずっとしてくれなかった」

ミズキは理由を濁してたけど、酔った時に一度だけ白状したことがある。「3人じゃなきゃいや」って。
傑は「そうか」と言った。

「卒業したら3人で結婚しようよ。事実婚でも、重婚OKの国に移るでもいいからさ」
「…ミズキがいいって言ったらね」
「ウワもしかして僕が傑にプロポーズしたみたいになってる?お前がいないとミズキが結婚してくれないってだけだからな」
「頼むからちょっと黙ってほしい腹立つ」

『腹立つ』とか言いながら傑は笑って、映画の音量を下げた。
観始める時に部屋の電気は消したし、外はもうすっかり暗い。すぐに寒くなる。
黄色くなった葉が枝から落ちる季節は告白には適さないと思ったけど、ミズキにプロポーズするには悪くない。落ち葉の道を歩きながら「僕らと結婚して」って言うんだ。ミズキの好きなものをたくさん集めて結婚しよう。

その時、僕に抱っこされて眠るミズキが小さな声で何かを言った。傑と2人して耳を澄ますともう一度。「しょーこ」だった。傑が笑った。

「次は4人じゃなきゃ嫌だって言われるんじゃないか?」
「まじかーウチのかぐや姫、結婚条件超厳しい…」
「まぁそろそろ硝子のことも見付けてあげないとね」

それもそうだ。硝子もミズキのことが大好きだから、そろそろ会わせてやらなきゃ末代まで呪われる。
ミズキの好きなものは、カサカサの落ち葉を踏んで歩く音、肌寒い日のアイスクリーム、その他諸々、僕、傑、あとは硝子。全部集めるよ。
全部集めるから、この先千年ちゃんと僕らを呪ってね。

翌日僕らは紹介された転校生を見てゲラゲラ笑って、オカ研に迎え入れることになる。
お前煙草は別にいいけどさ、ミズキの前で吸うなよ。

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