星の娘@


※懐玉編の天内理子成り代わりですが、出来事の順番や結末が違います。
※伏黒パパは出ません。




「星漿体の護衛と抹消ォ?」

五条は椅子の脚2本を浮かしながら、教壇に立つ夜蛾の言葉を鸚鵡返しにした。隣に座る夏油からは、特に疑問の声は上がらなかった。
天元の不死と老化の関係や星漿体の役割が一般家庭出身の夏油から説明され、呪術界の中心たる御三家出身の五条がそれを何故かデジモンに喩えて理解するという不思議な現象に、夜蛾はこめかみを揉んだ。

「星漿体と天元様の同化は2日後の満月の夜、それまで星漿体の少女を護衛し天元様の元まで送り届けることがお前等に与えられた任務だ」
「フーン、で、そのガキ今どこいんの?」



ところ変わって薨星宮である。五条と夏油の2人は、そこへ繋がる昇降機の手前に立って待っていた。その昇降機で最下層まで降りると天元の膝元へ繋がる参道があるのだが、今彼等は上を目指している。

星漿体の少女が、薨星宮直上の一室に住んでいるのだという。

「いやぁビックリ、薨星宮ってヒト住めんの?」
「星漿体のために作られたんだろう。同化までの安全を確保するには最善だけど、人としては割り切れない。悟…あまりデリカシーの無い発言をするなよ」
「同化でおセンチになってるから気ィ遣えってんだろ、あー面倒臭ぇ」
「そういうところだよ全く…」

星漿体の少女は数年前に自ら薨星宮に入る決断をした。彼女の両親は幼い頃に死亡しており、長く世話係を務めていた女性のことも、薨星宮に入る際に遠去けたらしい。
数年間に渡り人との接触を避け、ただ独りできたるべき同化の時を待つというのがどんな気分なのか、想像に触れた夏油は背筋がぞっとする思いがした。

キン、と軽い音がして昇降機が彼等に向かって口を開けた。

「大体さぁ本人がもうその気になって自分から引き篭もってんのに今更散歩させてこいって、イイ趣味してるよな」
「悟…だから言い方」
「事実だろ」

それを言われると夏油は返し様がない。
夜蛾曰く、長い孤独のために恐らく少女の中で人間性が希薄になり星漿体としての適性に翳りが現れている。今一度人間社会に触れさせ適性を取り戻させること、そしてその間同化の阻止を目論む呪詛師集団等から少女を守ることーーーこれが、今回五条と夏油に与えられた任務の概要である。

再び軽い音を立てて昇降機が止まり、2人は薨星宮の上層に至った。ホテルのエレベーターホールに似た空間に、扉は中央の1枚だけ。
五条はさっさとホールを横切って無遠慮に扉をノックした。

「もしもーし、散歩の時間だとよ」
「悟いい加減にしろッ」

扉を叩く五条の腕を夏油が掴み上げ、すぐに振り払われた。五条の目がサングラス越しに夏油を鋭く睨む。

「『いい加減』はどっちだっつの。腫れ物扱いはこっちのエゴだろうが」

また夏油は黙らざるを得なかった。その間に五条はドアノブを捻って「お、開いてんじゃん」と勝手に部屋を覗く。
開け放った部屋には誰もいなかった。
天窓から明るい日差しが降り注いでいる。ベッド、書き物机、本棚、クローゼット、テレビ、一人掛けのソファ。内装はシンプルで一般的、掃除が行き届いていて、日々繰り返される淡々とした暮らしが思い浮かぶようだった。

「もしもーし?もしかしてバックレた?」
「それは考え難いけど…あ、」

夏油の目が部屋の隅に留まった。白く濁った擦りガラスで部屋の一角が仕切られている。その中から、ぴちゃんと水滴の音がした。
2人は一瞬だけ一応躊躇してから、今度は夏油がそのガラス戸を控えめに叩いた。しかし呼びかけに応答は無い。振り返ってもう一度部屋を見回すも少女は不在、擦りガラスの向こうには照明が灯っている様子があり、夏油はなるべく優しい声を意識してバスルームの中へ呼び掛けた。しかしそれにもやはり応答は無かった。
痺れを切らした五条が扉に手を掛けて開け放つ。白くつるりとした床の上に猫足のバスタブが鎮座して、湯が張られていた。その中に髪の黒い色が沈み揺蕩っているのを目撃した瞬間、五条はバスタブに飛び付いて水面に腕を突っ込んでいた。彼が『それ』を引き上げると長い黒髪から水が滴り、その間から覗く口元が激しく咽せた。

「おいふざけんなよ、お前に死なれたら任務失敗になんだろーがッ!」

少女はまだ咳をしている。夏油が手近にあったバスタオルを引っ掴んで、彼女の白い肢体を覆った。
「ちが」と彼女が咳き込む合間に辛うじて言った。

「ア゛ァ?」
「けほっ…あれ、」

正直が上を指差すので従って見れば、丸い天窓があった。天窓のはるか上空にはほとんど丸い月が、青白く浮かんでいる。

「水の中から見たらどんなかなって、おもっただけ」

色々な文句を五条は一応飲み下して「…あっそ」とだけ言った。独りきりで何年も生活していたら頭が可笑しくなるのかも知れないと失礼なこともついでに考えつつ、五条と夏油はそそくさとバスルームを後にした。何しろ、彼女は歳の近い男が2人いるというのに全裸で恥ずかしがる様子も無いのだ。

少ししてバスルームから出てきた彼女を見るや五条と夏油はまた頭を抱えた。上半身には華奢なキャミソール、下半身にはショーツのみという姿で、男2人がバスルームを出た意図を理解しているとは考え難い。伸び放題の黒髪を重たそうにバスタオルで拭きながら、ルームシューズの足で歩いてきた。
彼女が室内には自分ひとりというような表情でクローゼットに歩み寄って服を取り出すのを、彼等はまた壁に向かってやり過ごすしかなかった。

「お前さぁ俺らが来るって聞いてねぇの?」
「きいた。外にでるって」
「じゃ風呂なんか入ってんなよ一応女だろーが」

ごそごそと衣擦れの音がしている。ネックホールから顔を出したらしき音の後、ややあって彼女の声が「…さぁ」と言った。
その返答に五条がすぐさま苛つくのを察知して、夏油が緩衝材としてその言葉の意味を優しく問い返してやった。

「性別と年齢と…あと名前、いらないから捨てた」

人間性が希薄になっているという夜蛾の言葉が、2人の腑に落ちたのだった。
彼等が黙っている間に背後から「おわった」と声が掛かり、振り向くとようやくまともに会話出来る状態になった彼女が立っていた。

改めて彼女を見ると、顔立ちは美しいのだけれど、伸ばしすぎた黒髪の合間から覗く顔には表情らしきものは見受けられない。どことなく半分神聖な動物のような、呪いの込められた古い刃物のような、異様な雰囲気を纏っていた。

「じゃ、まぁ話通ってるみたいだし出るか」
「待ちな悟」

夏油は既に携帯を耳に当てていて、電話越しの硝子に協力を要請したのだった。
伸び放題の髪のままでは重く不便だし、悪目立ちをする。突然見も知らぬ少女の髪を切ってほしいと電話一本で依頼された硝子は、面食らいながらも鋏をふるってくれた。
学生寮の前で、ゴミ袋に穴を開けたケープを被り、伸び放題だった髪を切られ整えられていく少女からは、先程のような神聖な動物めいた雰囲気は感じられない。野良猫が風呂に入れられているような間抜けな雰囲気の中で彼女は目をぱちくりとしていて、硝子が「出来たよ」と言ってケープを外すと髪の軽くなった頭を左右に振るった。

「可愛くなったじゃないか。ありがとう硝子」
「いーよ」
「そういやお前、名前なんてーの?」

彼女は切り落とされた髪やケープや椅子を片付ける3人をぼんやり見ていて、五条の問い掛けにハッとして急ぎ頭の中を検索した。自分の名前、もう随分長く口にしていない。

「…ミズキ」

抽斗の奥から埃を被った何かを引っ張り出してきたというような声だった。

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