チョコレイトリリイ@


レジスターのような小気味良い音がして、扉の横の円盤が回った。
赤青緑黒の4色に塗り分けられたそれは円周上の12時の位置に短い針がついていて、たったいま指される色が黒に変わったのだった。
ドアノブが外から回る。扉が開いて男がひとり、入ってきた。新雪のように白い髪が窓からの月の光を受けて青白く光っている。男は深夜だというのに黒い目隠しをしていて、指を掛けてそれを頭から抜き去ると目の覚めるような真っ青な目が現れた。男は名前を五条悟という。
石の階段を登って五条がフロアに上がると、「おかえり」と彼を迎える声があった。

「ただいま、ミズキ」

ミズキ、と呼ばれた少女はカマドの縁に座って脚をぶらぶらとさせていた。青や白の五条とは対照的に、彼女は髪も肌も服も赤々としていて、輪郭が時折揺らぎ、よく見ると向こう側が透けて見えている。彼女は火の悪魔である。

五条は靴を鳴らして歩いてきて、カマドに面して置かれた椅子にどっかりと腰掛けた。ミズキは脚を引き上げて五条と向かい合った。

「恵くんはもう寝たよ」
「マッジメー」
「9歳相手に何言ってるの」
「それよりコーヒー淹れてくんない」
「普通ね、火にやらせる?それ。でも真面目な9歳の恵くんがね、『五条先生が戻ったら多分コーヒー淹れろとか我儘言い出すんで水差しここに置いときます。あとインスタントで充分ですどうせ馬鹿みたいに砂糖入れるんで』って用意してくれたよ」
「お前らが僕のいない間に悪口ばっか言ってるのだけ分かったよ」
「恵くんが優秀って話でしょ」

恵というのは9歳の男の子で、五条の弟子ということになっている。『なっている』というのは、五条が恵に対してまともに呪術の指導をしているところをミズキが見たことがないからだ。恵はとても賢く気の利く子で、家を切り盛りしつつ日中は五条のお使いや読書をして過ごしている。
ミズキは恵の用意した水差しを持って、自分の指先に水が掛からないように慎重にコップに注いだ。コップには既に恵がインスタントコーヒーの粉を入れている。
彼女はホウロウのマグカップを膝の上に乗せて、少しして湯気が上がるようになるとカマドの端にそっと置いた。

「熱いからね」
「うん、ありがとう」

五条は棚から砂糖の容器を持ってきて、匙に山盛りの砂糖を入れた。
ミズキは抱えた膝に顎を乗せて、持ち手まで熱いはずのマグカップを平気そうに持つ五条を眺めていた。以前に何故熱くないのか尋ねてみたのだけれど、「触ってないからね」とよく分からない返事しかなかった。

「またひとつ街が消えたよ」

コーヒーに口を付けないまま、五条が言った。

「…呪い?戦争?」
「直接的には戦争かな。呪いは後からくる」
「私、火薬の火は嫌い。奴ら礼儀ってものがないのよ」
「ミズキは悪魔なのに優しいよね」
「筋は通すっていうだけ」

ミズキは膝を胸に強く押し付けるように抱いた。彼女の胸の内側では、小さな心臓がとくとくと脈打っている。
コーヒーを一口含むと五条はすぐにカップをミズキに差し出した。求めに応じてミズキはカップの底に指先を当ててやる。

「もう冷めちゃった?」
「んーん、砂糖が溶け残ってた」
「それは温度の問題じゃないわ」

ミズキは呆れ顔で指を引っ込めて、五条はハハと笑って溶け切らない砂糖ごとコーヒーを一息に飲み干した。

「ミズキ、風呂場にお湯送って。あと城を100km北へ」
「はいはーい」
「おやすみのキスしようか」
「馬鹿じゃないの、唇が焼きたらこになるよ」

五条はまた軽く笑って、風呂場のある2階へと階段を登っていった。
静かになったダイニングキッチンでミズキはもう一度「馬鹿じゃないの」と呟いた。



翌朝、起きてきた恵はミズキに挨拶をするとシンクに置かれたコップを見て舌打ちをした。溶け残った砂糖が一晩の内に乾いて固まっていたのである。

「恵くんごめんねぇ…自分のコップくらい洗ってって私が言ってれば…」
「ミズキさんは悪くないです。五条先生がどうしようもないってだけで」
「ちょっと恵ぃ、深夜まで仕事して帰った先生に対する優しさが足りてないんじゃないのー?」

使用済みコップを手に憮然としていた恵の頭を、突然大きな手が鷲掴みにした。そのまま手が恵の髪をわしゃわしゃと無遠慮にかき混ぜるので、彼はその手を強めに払い退けて師を睨み上げた。
ついでに砂糖の固まったコップを押し付けることも忘れない。

「自分のコップは自分で洗いやが…ってください」
「今日も切れ味鋭いねぇ。前世刺身包丁?」
「知るか。俺が寝るの待ってから帰ってきてるくせに」

恵が幼いながら鋭い目を向けると、五条は昨晩のコップを受け取ってそそくさとシンクへ向かった。

「え何、悟、恵くんと喧嘩してるの?早く謝りなよ、こんないい子逃しちゃだめなんだから」
「何で僕が悪いって決めて掛かってんの、あと喧嘩してない」
「あと彼女みたいに言うの辞めてもらえますか」

仲が悪いようで息の合った師弟である。ミズキは笑った。
五条はコップを洗い終えると分厚いベーコンと卵と鉄製のフライパンを手にカマドへ近寄って、ミズキの膝にフライパンを置いた。すぐに温まったそれにベーコンを入れて油を引き、卵を片手で次々割り入れていく。香ばしい匂いが立つ頃には恵が皿を差し出してベーコンエッグを受け、自分の分はダイニングテーブルに運んだ。五条とミズキの分はカマドの端に置き、フライパンが膝から退いたミズキにフォークを差し出す。ミズキは恵の手に触れないようにそっと受け取った。
五条はカマドに面した椅子に座った。

「いつもありがたいけど、私の分まで料理しなくていいよ?卵の殻とか食べるし」

五条がナイフでパンを切り分けたのを受け取りながら、ミズキが言った。そもそも五条から常に呪力の供給を受けているので、食事は本来必要ないのだ。
五条は次に恵の分を渡してやって、自分の分を切った。

「お前ねぇ、家族に生ゴミ食べさせるわけないでしょ」

こともなげに五条はいった。
ミズキの輪郭がメラッと揺らいで、彼女は持っていたパンを少し焦がしてしまった。



朝食が終わると恵は皿を洗いながら、五条にテーブルの上の封書のことを知らせた。昨日届いた五条宛の手紙で、日々同じようなものが何通も届くのだ。五条は開封もしないで握り潰してしまった。
各国の政府から届く、戦争への協力要請である。

「まったく嫌んなるね」
「いっそ永世中立宣言でもしたらどうなんですか」
「したよぉ何度も。僕が特定の国に肩入れしたら勝ち確にしちゃうからね。それでもこうなんだから奴ら人の話なんざ聞いちゃいないのさ」

やれやれ、という仕草で五条は小石のようになった手紙を屑籠に放った。以前にミズキが「焼こうか?」と申し出たのだけれど、呪いが仕込んであるかもしれないという理由で五条は彼女に触らせることをしない。
五条はミズキのことを悪魔らしくないと言うけれども、ミズキにしてみればおかしいのは五条の振る舞いの方だ。悪魔と契約した人間は通常搾取するかされるかの二択だというのに、自分と同じ食事を用意したり、家族と呼んでみたり、危ないものに触らせないだとか。
五条のコーヒーを温めながら、ミズキは手紙にまつわる師弟の会話を眺めていた。

コーヒーが温まると五条は昨晩と同じように匙に山盛りの砂糖を入れてぐるぐると掻き混ぜた。今度はすべて溶けたようで、さすがに砂糖の量を加減したのかも…とミズキが思っていると、五条はふと彼女を見た。

「そういえばミズキ、体調はどう?」
「…どうしてそんなこと聞くの。変わりないよ」
「そ?ならいい」

五条の美しいかんばせが機嫌良く笑んだ。彼は昨晩と同じようにコーヒーをあおると用事があると言って楽しげに出ていった。
皿を洗い終わった恵が声を掛けるまで、ミズキは五条の出ていった扉をじっと見ていた。



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ネタポストより『ハウルの動く城パロ』です。
もののけ姫パロも同時にいただいたのですが、祟り神を返り討ちにしそうなので話浮かばず(笑)

あのベーコンエッグ食べたいな切実に。

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