ゆらゆらひかる


光の具合で虹色に反射しながら、風に流されて近寄ってきた。何がというと、シャボン玉だった。
小学校の後半に入った辺りからは触れる機会もなかったものだから見るのも久しぶりで、湖の中に一瞬小さな魚がきらめくみたいに懐かしさが頭を掠めていったのだった。
オレンジ大から親指の爪ぐらいのものまで、色んな大きさのシャボン玉が、建物の角からポロポロ現れ続けていた。
別にシャボン玉が気になったわけじゃなかった。ただこのシャボン玉が流れてくるのは女子寮の向こうからで、人数の少ない高専の中でさらに人数の少ない女子の中で、こんな遊びに興じそうなのは実質ひとりしかいないのが分かっていた。だから建物の角を覗き込んだ。

「…ガキがガキの遊びしてら」

予想は当たって、シャボン玉の発生源はミズキだった。傑と硝子と一緒に同級生をやってて、更に言うと片想いの相手だ。
ミズキはベンチに座って、多分大方の人間が懐かしく感じる、あの黄緑色のシャボン玉パイプを吹いていた。ひとつ予想というか期待が外れて、隣には煙草を咥えた硝子がいた。
ミズキは小さなシャボン玉を大量に風に流してから、俺を見た。

「商店街の福引きでもらったの」
「ハズレじゃん」
「懐かしい気分で遊んでるからアタリじゃない?」

ピンクの小さなボトルにパイプを浸して、ミズキはまたポコポコと虹色の玉を量産した。
懐かしい、は確かにそうだ。ガキの頃には何が楽しくて夢中になったものかもう思い出せもしないが、よく庭でシャボン玉を吹いていた。
シャボン玉はふわふわと、秋の空に登っていった。発生源に俺が近付くと、硝子が少し迷惑そうな顔をした。

「五条くんもやる?」

そう言ってミズキがシャボン液のボトルを軽く揺すって見せるのに、俺は咄嗟に「ハァ?」としか返せなかった。子どもの遊びに興じることへの恥というよりは、さっきまでミズキが口を付けていたパイプを意識してしまっての恥だった。硝子は表情からしてそれを察しているらしいが、肝心のミズキは「じゃあ貸してあげなーい」と笑った。逆であれよ。

硝子がちょっと企みのある顔で俺を見てから、ミズキに言ってパイプを受け取った。すぅっと深く煙草を吸った口に黄緑のパイプを咥えて吹くと、白い煙を閉じ込めた丸がたくさん生まれて、ミズキはキャッキャと喜んだ。
パイプをミズキに返した硝子が俺を見てニィッと笑った。口の形が読めた。「ザマァ」と。

そこへ俺が来たのと同じ角から傑が現れて、ミズキに夜蛾先生が呼んでるらしいことを伝えた。

「行ってくるね、後で片付けるからここに置いといて」

傑がミズキの手元を見て目を細め、「懐かしいね」と笑った。

「みんなで遊んでもいいよ」

ひらひらと手を振って、ミズキは走っていった。
ミズキの足音が遠ざかると硝子はまた煙草を深く吸い込んでぱぁっと吐いて、俺を見て意地悪く笑った。

「純愛童貞のサトルくんは好きな子との間接キスを逃しましたー」
「あぁ…察し。…ブフッ」
「お前ら2回ずつ殴らせろ」

硝子はケラケラ笑って煙草を吸い切ってから灰皿に押し付け、シャボン液のボトルに蓋をしてパイプと一緒に俺に手渡した。

「ミズキが戻ったら『続き一緒に遊ぼ』って誘えば?」
「頑張ってね悟…フハッ」
「お前らやっぱ3回ずつ殴る」

ニヤニヤ笑いながらふたりは去っていった。貴重な同級生でも、ミズキがいないと授業以外でつるむことは、思えばあまりない。つまり傑と硝子も大概ミズキのことが大好きなのだ。
俺は勢いで受け取ったシャボン玉セットを持て余したまま、結局ミズキが戻ってから誘うも返すも出来ずにただ自室に置いただけだった。
ミズキはミズキでシャボン玉のことなんてすぐ忘れたのか、探すようなこともなかった。





僕は任務を終えて帳を上げ、裏路地を抜けて賑やかな商店街に出た。夕飯の買い物をしていく非術師たちは、通り1本隔てた場所に人を喰い殺す化け物がいたなんて知らないまま、呑気にコロッケを買い求めている。
スマホに着信があって、近所で別任務に当たっていた教え子たちも無事に終えたらしい。合流して高専まで帰ろうと連絡してから待つ間、小腹が減って目に付いたクレープ屋に糖分を求めた。コロッケ屋と違って夕飯時は暇そうにしているから、店員が愛想良く注文を取ってくれた。
ホイップクリームとチョコレートのカロリー爆弾を受け取ると一緒に福引券を渡されて、振り返った先には成程昔懐かしいガラガラ抽選器があった。今しがた誰かが米を当てたらしく赤い法被の男が鐘を振った。
別段の興味もなく景品の並びを見た。
高級炊飯器…家にある。米5kg…自炊する暇がない。商店街限定500円クーポン…多分もう来ない。やっぱりどれが当たっても荷物が増えるだけだ。
残念ながら福引券はクレープの包み紙と一緒にゴミ箱行きだね、と思ったところで、懐かしいピンクと黄緑が目に入った。と思ったらもう足は抽選器の前に立って、ハンドルを回していた。コロンと出てきたのは白玉。

「残念お兄さんハズレだね」
「いや…アタリだよ」

ファミレスのお子様ランチにオマケでつきそうなチャチな玩具が入った籠の中から、懐かしい小さなピンクのボトルと黄緑色のパイプを選び取った。
これはもう、あの時逃した間接キスを取り戻せっていう運命だよね。
ミズキはきっと『懐かしいね』って笑うだろう。学生の頃に僕が好きになった笑顔で。

「そうだ、一緒にお風呂でシャボン玉しよって誘えばいいんだ僕天才」
「せんせー何の話?」
「虎杖深く聞くな、この人は奥さんにセクハラするのが生き甲斐なんだ」

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