初恋


※地雷の一切ない方のみお読みください。
※読後の苦情は、申し訳ありませんが受け付けられません。








「そういや前にミズキさ、傑の写真送ってくれたことあったでしょ?花とかリボンとか着けまくった超カワイイやつ!マジ傑作だったよね、1ヶ月ぐらいは思い出しただけで笑えたもん」

ソファにどっかり座った五条がケラケラと笑うと、ミズキも「そうでしたね」と細い肩を揺らして笑った。

「あの後怒られたんです。どうして私の知らないところで悟と連絡取ってるの、って」
「『変な写真送るな』じゃねーのかよ」

五条は更に笑った。

「ハハッ!ウケるー!あの後で任務終わりに傑と逆ナンされたことがあってさ、あんまりにもダルいから傑のファンシーな写真見て精神衛生保ってたわけ。したら逆ナン女がそれ見て『えーカワイー!』とか言い出して、傑に髪触らせろって手ぇ伸ばしたのね。傑どうしたと思う?」
「んー…?『やめてくれないか』とか?」
「今のモノマネ完成度高いね、でも不正解!正解はねぇ、『触るな、ミズキにしか許した覚えはない』だよ。女の手ぇバシッと払い除けてさ、あの時アイツ完全に目が据わってて、逆ナン女が逃げてったもんね」

ミズキは紅茶のカップを口元まで持っていったところだったのに、笑ってしまって口を付けることが出来ないままソーサーに戻すことになった。
その正面で五条は飽和するほど砂糖を入れた紅茶を一口含んだ。

「高専でのことを聞けるのは嬉しいです。私には呪術の才能が無いから」
「ま、傑が全部取っちゃった感じだよねぇ」
「呪術以外もです。小さい頃に柔術を一緒に習い始めたんですけどね、すぐに道場で一番強くなっちゃって。私は鈍臭くってすぐに辞めちゃいました」
「正解だと思うよ」

呼吸を落ち着けたミズキは今度こそ紅茶にありついた。彼女は碌な茶菓子も出せないことを詫びて、五条は逆に謝り返した。急に訪ねてきたのは自分なのだからと。
思い出を懐かしんで穏やかに笑うミズキに向かって、五条が口を開いた。「傑はさ」、少しの間。

「ミズキのことが心底好きなんだな。あのファンシー写真も照れてるけど満更でもない顔してて、当時はそれで揶揄い倒したけど。今思えば『ミズキが楽しいならいいよ』って顔だったな」
「本人からそう言われたこと、あります。だから実はあの写真の他にも3回くらいヘアアレンジさせてもらったんですよ」
「マジか写真ないの?」
「残念ながら」
「マジかー」

五条はソファの背凭れに頭を預けて天を仰いだ。
ミズキは、無防備に晒された彼の顎の下や首を眺めながら、彼が切り出せないでいる本題に触れることを決めた。「五条さん」と優しい声が呼ぶ。

「兄は死にましたか」

五条が一瞬動きを止め、それから上体を起こしてミズキに向き直った。

「うん、僕が殺した。3時間ぐらい前かな」
「そっか」

ミズキの声色は変わらない。窓の外は雪。

「恨んでいいよ」
「恨みませんよ」
「何でかなぁ」
「五条さんが今から私を殺してくれるから」

五条は僅かに目を見開いてから視線を下に逃し、がしがしと白い頭を掻いた。

「…それこそ恨んでいいと思うけど」
「五条さんあのね、聞いてください。五条さんは今から私を兄のところに送ってくれるんです。嬉しいなぁって、本当に思ってるんですよ。ずっと行きたかった遊園地に今から行くよって言われたみたいに」
「その遊園地、本当に行かなきゃなんないわけ?僕はさ、ミズキを保護することだって出来るんだよ」
「私の望みです。五条さんには嫌な役回りばかりで申し訳ないですけど」

この部屋は暖かい。
夏油傑が彼の最愛の妹を安全に隠しておくために心を砕いた結果だった。
五条はテーブルの上で冷めてしまった紅茶を眺めた。その深い赤色には連想するものがある。

「五条さん」
「うん?」
「私に呪術の才能が無かったことで、兄は苦しんだでしょうか」

非術師を猿と蔑む本心と、呪力を持たない妹を慈しみ愛する心は、彼を引き裂いただろうか。親を殺したのに妹を殺せなかった矛盾は。
五条は静かな溜息を零した。

「…矛盾じゃなく最後の希望だったと、僕は思うね」

夏油傑の行動が正義であったか悪であったか、それは外野がそれぞれに既に決めている。だからせめて今ぐらい、善悪は抜きにして感傷に浸ったっていいだろうと五条は思った。
ミズキはティーカップをテーブルの隅に寄せた。

「五条さん」
「うん」
「ありがとう」
「いいよ」
「それじゃあおやすみなさい」
「うん、おやすみ」

ぱしゅん。
文字にするならその程度。
五条の指先に収斂した力はミズキの左胸を必要十分に静かに貫いた。やがて彼女の身体はぐらりと傾いて、ソファにぱたりと倒れてしまった。遊び疲れて眠ったみたいに。錆鉄のにおいが立つ。

五条はミズキの傍に立つと顔に掛かった髪を後ろに流してやった。
それから3回彼女の名前を呼んで、一粒だけ、泣いた。

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