恋猫の献身@


※【猫の恩返し】パロですが、原作とはまるで違う話です。



静かな、静かな夜だった。
ベッドに入ってウトウトしかかった頃に、違和感に気付いて目を開けた。鈴の音が聞こえる。りん、りん、りん、と歩調に合わせるみたいに。
こんな深夜に鈴を鳴らして歩く人がいるだろうかと不思議になってカーテンを軽く寄せて外を窺ってみても、見た目に変わったことは無い。
目が冴えてしまって、このままでは寝られそうにない。何しろここ数日とても奇妙な出来事が続いているから、この鈴の音もその続きなんじゃないかと思えて確かめずにはいられない。

別室の親を起こさないようにそっと階段を降り、靴を履きドアを解錠して、恐る恐る外を覗いた。覗いた途端に、あっと声を上げそうになった。
光の玉がゆらゆらと3つ4つ、家の前の通りを漂っている。
外に出て静かにドアを閉め、猫じゃらしの庭をかき分けて門柱のところまで行った。光を間近で見て、私は初めてそれが金魚だと気が付いた。光る金魚。電球を飲み込んでしまったみたいに内側から光って、鱗の一枚一枚を透かしている。
ゆったりと通りを泳いできた金魚は私の前に来ると進むのをやめて、その場で行ったり来たりするようになった。

「やぁ」

突然の声に、もう少しで悲鳴を上げるところだった。ひゅうっと鋭い呼吸の音が自分の喉元で鳴った。
私の傍に、ひとりの男の人が立っていた。
とてもとても背が高くって、髪の毛は真白、金魚の明かりを受けてオレンジ色に光って見えた。目はサングラスで見えない…と思っていたらその人はサングラスを外して、青い青い目があらわになった。恐ろしいくらいに綺麗なひとだった。
その人が跪いて私の手を取った。

「会いたかった…本当に」

これは夢だ。きっと、間違いなく、夢。
気付けば鈴の音は止んでいた。





自室の窓を外からかりかりと掻く音がして、振り向くとそこには友達の姿があった。

「ショーコちゃん」

ハチワレ模様の顔をした、美しい猫。私が6歳の頃に交通事故に遭いかけていたショーコちゃんを助けて、それからずっと親交が続いている。
窓を開けるとショーコちゃんはするりと部屋に滑り込んで、音もなくクッションの上に着地した。

「久しぶり、元気にしてた?」

これを言ったのはショーコちゃんの方。私は、猫の言葉が分かる。分かるというよりも人間が話すのと同じように聞こえるものだから、小さい頃には人前で猫と話したりして訝られることもあった。

「元気だよ。ショーコちゃんも元気そうで良かった」

いつものスルメと焼酎出す?と尋ねると(ショーコちゃんは酒豪である)、時間が無いのを理由に断られた。

「今回は顔見にきただけ。だからさ、浮かない顔してる理由、私に話してみたらって思うんだけど」

ショーコちゃんはとても気遣いの出来る優しい猫なのだ。加えて、とても感情に敏感。彼女に対して隠し事は成功した試しがない。
それで私は、今日学校であったことを手短に説明した。先輩から告白されたことと、それが全く嬉しくなくて気が滅入ってしまったことを。

「何だ求愛か。気安く交尾させるなよ、世の中にはクズが多い」
「ショーコちゃん、言い方ね」
「クズが多いのは事実だよ。人間でも猫でも」

そこじゃないんだよなぁ。
でも、この少々不適切な言い回しはきっとショーコちゃんの優しさなのだ。打ち明けたこととひと笑いしたことで、ほんのり気分が浮上した。

「人間の好きって、何だか打算がありそうで素直に喜べないの」
「まぁね、食指が動くなら遊べばいいと思うけど。飽くまでクズじゃない奴と」
「そここだわるね」
「半端な輩にミズキはやれない」
「もうショーコちゃん好き」
「私も好き」

また来るからと言い残して、ショーコちゃんは窓から出ていった。
忙しいのに顔を見せてくれたショーコちゃん。人間も猫も引っくるめて一番親しい私の友達。

窓から身を乗り出してショーコちゃんの後ろ姿を見送ってから室内に戻ると、さっきまで彼女の座っていたクッションの傍に何か落ちているのに気が付いた。
拾い上げてみるとそれは鈴だった。白い艶々としたリボンの中頃に水色の鈴が付いていて、猫の首輪代わりにする人のいそうなそれ。不思議なことに、揺すってみても音がしなかった。鈴の中で玉が転がる感触はあるのに。
とにかくきっとこれはショーコちゃんの落とし物で、次会った時に返そうと抽斗に大切に仕舞ったのだった。

その夜、昼間と同じに窓を掻く音がして、私は咄嗟にショーコちゃんが鈴を取りにきたと思ってカーテンを開けた。
ショーコちゃんは暗がりに立つとハチワレ模様の黒いところが闇に紛れて、ピンクの鼻や白い口元が浮かび上がって見える。だから私はそれを想定していて、真っ黒なその猫に気付くのが一瞬遅れてしまった。
大きな黒猫だった。左目上の毛が一房だけ長くて、目に掛かっている。
窓を開けた。

「こんばんは。他の猫さんだと思ってたから、気付くの遅れちゃってごめんね」
「構わないよ。良い夜だね」
「そうだね」

その黒猫は多くの猫が喉を撫でられた時にするみたいに目を細めていて、鼻も真っ黒、一度目を逸らしたら闇の中に見付け直すのが一苦労というくらい夜に馴染んでいた。

「突然訪ねてしまってすまないね。私はスグル。君に伝えておきたいことがあって来たんだ」

スグルくんが話すとその間だけ白い歯やピンクの舌が覗いて、チェシャ猫の三日月型の口がぽっかり浮かぶアニメの映像と同じように見えた。

「君のことが大好きな猫がいてね、贈り物をしたがっているんだ。だけど人間と猫ではほら、プレゼントの定番も違うし。驚かせちゃいけないと思ってね」
「ありがとう。慣れてるから大丈夫だよ」
「…猫の求愛は今までに何度も?」

機嫌良さそうに細められたままだったスグルくんの目が、少しギョッとした風に開かれて私を見た。頷いて、ネズミやなんかを猫が運んできたことがあると話すと、彼は少し深刻な様子で考え込んだ。

「…そのことは、今から君に贈り物をする猫には伏せておいてほしいな。ちょっと嫉妬深いタイプの奴なんだ」
「分かった、言わないよ」
「助かる」

スグルくんは元の通り目を細めてにっこりと笑って、「じゃあ、私はお暇するよ。おやすみミズキちゃん」と言い残して大きな体躯に似合わず軽やかに去っていった。ほとんど音もしなかった。
スグルくんがすっかり去ってしまってから気付く。そういえば私、名乗ったかしら。

とにかく不思議な夜だった。

…と思っていたら、翌日になってそれが序の口だったと明らかになった。
まず朝イチに動揺した親から庭を見るように促されて窓から覗くと、庭が一面猫じゃらし畑になっていた。風に揺られてさわさわと麦畑のよう。
猫じゃらしを掻き分けて学校に行くと通学路で近所中の猫に擦り寄られた。その中にいた顔見知りの猫が言うに、「ミズキちゃんいつも良い匂いだけど、今日はマタタビの匂いもするね」と。道理で。
学校に着いてホッと胸を撫で下ろしたところで靴箱を開けると手のひらサイズの箱がゴロゴロ大量にこぼれ落ちてきて、中身がカサカサ動いたと思ったら蓋が浮いてネズミが顔を出した。私を追ってきた猫たちがそのネズミに飛び掛かって、とにかく大変な騒ぎになってしまった。

ハイ皆さん、ネズミさんをひとり1匹ずつ捕まえたらお外にどうぞ。ネズミさんが足りなかったらお外で探してくださーい。うんマタタビね、ありがとう、今度時間のある時にゆっくりお話しましょう。ハイ出口はあちらですよー。
…とまぁ、こんな具合。
普段人前で猫に話すことはしないけど、状況が状況なだけに気にする人はいなかった。

それで一応『贈り物』は終わりだったらしく以後何も無かったけど、結局普段の倍ほど疲れて家に帰ったのだった。
食事入浴宿題のルーティンをこなしてベッドに入って、昨日から始まった一連の不思議な出来事を思い返してみた。黒猫のスグルくん、そのチェシャ猫みたいな口元、『贈り物をしたい猫がいる』、猫じゃらしの庭(帰りも掻き分けて通った)、マタタビの匂い、猫とネズミ。
目まぐるしかった。だけど少し、楽しかったしワクワクした。

明日になったら猫じゃらしの庭にちゃんと道を作らなくちゃ…と思っている内に眠気がきて、ゆっくり目を閉じた。
その時だった。
遥か遠いところで鳴っているようでいてすぐ耳元で鳴っているようでもある、不思議な鈴の音が静かな夜に落ちたのは。

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