月夜、赤い糸B


カフェのオープンテラスに落ち着いて、歌姫さんと硝子さんを占うととても喜んでもらえた。
その間チタンは椅子の足元で丸まって寝ていて、たまに近寄ってくる小鳥に目を光らせていた。

歌姫さんは、会社の上司から五条さん宛の書状を預かってきたのだという。何でも、郵送したのでは無視されてしまうのだとか。あの親切な五条さんが…?と釈然としないでいると、歌姫さんから「悪いことは言わないわ、五条だけは辞めておきなさい!」と相当な剣幕で言われた。

「辞めておくも何も、五条さんには運命の人がいますから」
「運命?あのクズの占いもしたの?」
「クズ……はい、占いの結果もそうだし、本人も出会ったって言ってました」

それに、例え五条さんに運命の相手がいなくても、あんな素敵な男性に15歳の小娘が恋をするなんて無謀だ。それくらいは私にも分かる。
それを言うと、歌姫さんと硝子さんは何とも形容し難い微妙な表情で私を見たのだった。

とにかく、五条さんはご厚意で長居してもいいと言ってくださってるけれど、それに甘え続けてはダメだ。全く修行にならないし、五条さんと運命の人との恋の邪魔になってしまうし。
だからこれから頑張って仕事を探すのだと息巻いていると、硝子さんから天の助けのようなお言葉をいただいたのだった。

「そっか、じゃあ明日から硝子のとこで働くんだね」
「そうなんです!恵まれすぎて怖いくらい…これも硝子さんたちと会わせてくれた五条さんのおかげです」

五条さんのところに戻るなり報告すると、五条さんは書類を片付けながら聞いて嬉しそうにしてくれた。
そういえば私は、五条さんが何のお仕事をなさってるのかも知らない。尋ねてみると「会社をちょっとね」とだけ返ってきて、何となく詮索禁止の黄色い規制線を感じた。

それから、五条さんのお宅に厄介になりつつ硝子さんの診療所で働いて、硝子さんや歌姫さんの紹介してくれたお客さまに時々占いをする生活が始まった。

1週間、1ヶ月、2ヶ月とキリのいいところで独り立ちしようとは思ったものの、住むところを探そうとする度に何故か察知した五条さんから説得されてズルズルと、気付けば半年が過ぎていた。
五条さんはいつも日中に仕事を済ませて、夕方私が帰る頃には家にいてくれた。時々書類を触っているところを見かけたけれど、何のお仕事なのかは分からないまま。

ある時気になって、五条さんに「外食されたい時があったら、私に遠慮せず行ってきてくださいね」と言ったことがある。だって、ほとんど毎日五条さんは夕食を私と一緒にしてくれていて、恋人のことはいつケアしているんだろうというくらいなのだ。すると五条さんは私が外食したがっているのかと想像して話がズレ始めたから、すぐに否定しておいた。五条さんの手料理はとても美味しいです。そこらのレストランより余程です。



その日私がお風呂から上がると、チタンの姿が見えなかった。ソファの定位置、水とご飯の場所、ベッド、家の中を歩き回って探してもいない。
外へ散歩に出たのだろうかと思って庭に面した窓を見ると、五条さんの白い髪が窓の外に見えた。近付くと少し開いた隙間から夜風が吹き込んだ。
五条さんの後ろ姿が軒下のベンチにゆったりと座っていた。

「お前はいいねぇ」

五条さんの声が静かに言った。誰に向けてだろうと思ったら五条さんの視線は斜め下、ベンチの座面に注がれていた。背凭れで見えない。

「五条さん」
「ん、ミズキちゃんおかえり」
「チタンそこにいますか?」
「いるよ。ミズキちゃんもおいで」

誘われるまま外に回ると、五条さんはベンチの隣へ私を手招きした。
月の明るい夜だった。
五条さんの白い髪は月明かりに青く光っていて、対照的に隣のチタンは夜に溶けて両目だけがぽっかりと浮かんでいるみたいだった。チタンが場所を譲るように横へ退いて、私は真ん中に座った。

「仕事には慣れた?」
「はい、皆さんとっても優しくしてくれます」
「そりゃミズキちゃん可愛いからね。セクハラされそうになったら煙草を眉間に押し付けるんだよ、硝子みたいに」
「硝子さんはそんなことしないですよ」

私が笑うと五条さんも「あいつ猫被ってんな」と笑った。

「湯冷めするね、おいで」

言うと、五条さんは私の肩を抱き寄せた。五条さんの大きな手が私の肩を包んで、私は肩にまで動悸が伝わってしまうんじゃないかというくらいに緊張していた。
五条さんは綺麗だ。精巧に作られた最高傑作の人形みたいに。
その綺麗な人が、私に向かって静かに笑った。

「ミズキちゃん、月が綺麗だね」

五条さんは狡い。どんな意図があってこの言葉を使うのだろう。
私は耳の中で心臓が鳴っているみたいにドキドキしてしまって、返事もまともに出来ない。それで思わず逃げを打った。

「わっ私っ!今日はもう寝ます!明日早いので!」

チタンを抱いて逃げた。この時午後9時半、寝るにしたって早すぎる。
部屋に駆け込むと電気も点けずにそのままベッドに逃げ込んで布団を被った。チタンの艶々の毛を撫でながらどうにか気持ちを落ち着かせようとしてみた。あまり効果は無かったように思う。闇に浮かぶチタンの目が、『逃げるなよ』と私を咎めている気がした。
やめてよ。
私は『死んでもいいわ』って言ってしまいたいけど、五条さんはそんなつもりじゃないの。

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