少女と白豹@


※美女と野獣パロ



俺は呪われている。それは比喩的な意味じゃなく極めて具体的に。
毎朝目を開けた瞬間に、天井と一緒に自分の鼻が視界に入る。白い毛に覆われて先端に黒い鼻がついた、獣のマズル。もう見慣れた。
起き上がってカーテンを開けるのにも気を使う。寝惚けたまま適当にカーテンを掴むと鉤爪で破ってしまう。手のひらには肉球、笑える。
身の丈2mの二足歩行の白い豹、それが今の俺。

俺が呪われた経緯は、まぁいい。自業自得ってのは分からんでもないし、死期が近いのは視覚的に示されてるし。俺を呪った魔女が残していった青い薔薇が散るまでに本当の愛を知らなければ死ぬ呪い、無理ゲーかよ。

「おはよう、悟」
「はよ」

家臣兼親友の傑がトコトコ歩いて入ってきた。ノックぐらいしろよって前なら言うとこだけど、体格的に厳しいだろうからもう言うのは辞めた。被呪前なら俺とあんまり変わらない背丈だった傑は、今俺の手のひらに乗るサイズだ。置き時計と一体化させられて、腹で時計の針を回してる様は悪いけどちょっとウケる。
硝子も灰原も七海もいる。皆んな城の調度品と混ぜ合わされた異形の姿で。

俺が死んだら皆んなの呪いは解けんのかな。一生固定だったら救いがねぇな。
これだけは、ちょっと悪かったと思わんでもない。

「そういえば昨晩侵入者があってね、一応捕らえて地下牢に入れてあるけどどうする?」
「賊なら殺せば?」
「いや、道に迷ったらしい。見るからに一般人だよ」
「毛ほどもキョーミねぇわ。任せる」

ひらひら手を振って洗面所に入った。洗面っても毛むくじゃらの顔面を見るのが嫌で鏡は外したし、毛を濡らすと朝から大変だし、ソフトタッチ出来る指でもないから濡れタオルで顔を拭くだけ。ネコ科なら爪の出し入れ出来りゃいいのに、指の配置や長さが人間寄りだからか鉤爪が出しっぱなしなのだ。

その夜には侵入者のことなんて忘れてたけど、静かで暗い城の中をコソコソ進む気配を感じて思い出した。侵入者とやらの仲間が助けに来たんだろうと踏んで、多分殺すことになんだろうなぁと思いながら後をつけた。
案の定、外套にくるまるようにして歩いてたソイツは、暗い方へ暗い方へ進んで地下牢を探し当てた。

「ねぇ、何してんの?」

背後からいきなり声を掛けたもんで、ソイツは縮み上がって牢を背に振り返った。差し込む月明かりに照らされた顔を見て、あぁやっぱり。若い女だった。この身体になってからというものやたら鼻が効く。めちゃくちゃ怯えてるにおいがする。

「…断りなく、入ったことは…お詫びします。ただこの人は私の父です。病気です。連れて帰らせてください」
「過去にも似たような言い訳した賊がいたね」

まぁ嘘じゃないことなんてにおいで分かんだけど。

「それなら、私が残りますから父を解放してください」

…ヘェ。
こんな怯えたにおいさせながら、でもこれが本気だと分かる。目にも強い意志がある。
少し面白い気分になってきたところへ灰原が駆けてきて(燭台と混ざった姿だ)、この父娘を必死に庇った。灰原は懐っこいから、昨日の今日でもう情が移ったんだろう。

「ま、いーよ。父親の方は七海に送らせて」
「ありがとうございます!」

灰原が笑うとパァッと蝋燭の火が大きくなった。そこ感情と連動してんだよなぁ。


驚いたことに、娘は俺の顔を見てもあまり取り乱さなかった。人間の顔に怯え以外の色で見つめられたのは、もう何年振りか分からない。

「アンタ、名前は?」
「ミズキといいます。貴方は?」

これにも面食らった。普通さ、自分を監禁しようって相手に名前なんて聞く?驚いたまま何となくファーストネームを答えていた。普段の俺なら苗字を言うだろうにな、なんて他人事みたいに後から思った。

「…じゃ、お前の部屋コッチ。来て」
「部屋?」
「牢屋が好きならそうするけど」
「いえ…」

ミズキは父親が入ってた牢に入るのを想定してたようで、戸惑いがちに俺の後をついてきた。
石階段を登って絨毯敷きの廊下に出て、さらに階段を上がって居室のあるフロアへ。
俺の背丈の倍ほどもある扉を開けてミズキを中に促した。

「ここ、好きに使えば。要るものがあれば用意させるし」
「綺麗なお部屋…」
「まぁね」
「あの…、ありがとう」

その言葉を向けられたのは、果たして何年振りか。どうにもむず痒くて、何か無意味に怒りたいような気分になって、表面上はただ一言「別に」とだけ返した。

「そういやお前、メシは?」
「…まだです」
「じゃ食堂な。食えないもんあんの?」

ミズキは首を振ってそれからまた「ありがとう」と言って、俺はまた「別に」と返した。


食事を終えて部屋に戻ると傑の足音が近付いてきて、部屋に入ってくると何も言わずに細い目をさらに細めてニヤニヤと俺を見た。

「…何が言いてぇんだよ」
「いや?喜ばしいなと思ってるだけさ」
「妙な期待すんなよ、相手捕虜だぞ」
「おや、私はミズキちゃんのこととは言ってないよ」

狐野郎め。いや、時計なんだけど。

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