逸脱の作法


ネタポストより『五条悟の幼少期からの使用人夢主(五条より一回り近く年上)が五条から押されまくってくっつく話』
※中学生五条さん



私はエスカレーターに乗ってここまで来た。
それは電動階段の話でも学歴の話でもなくて、人生そのものについての話。
曽祖母の代から私の家は五条家の使用人をしてきたから、祖母も母もそう、私も疑いなくそのレールの上を歩いていた。高校を卒業したら使用人として五条家に住み込むことに決まっていた。

私が小学校高学年の時に悟さまがお生まれになって、六眼をお持ちだと呪術界が大いにざわめいたのを子どもながらに覚えている。さらに悟さまが4歳の頃に術式を自覚されて、それが無下限呪術だったものだから呪術界に激震が走った。数百年ぶりの六眼と無下限の抱き合わせ、呪術界の至宝。
私は反転術式を他者に施すことが出来るというのもあって、急遽高校進学を取りやめて五条家への住み込みを早めることになった。要は、悟さまの薬箱として。

14歳の私が初めてお目にかかった時、悟さまは4歳。この世の美しさをすべて集めてきたかのような、美しいお子様でいらっしゃった。
当時の私は恐れ多くも『悟くん』と呼んで仲良く遊ぶ日々で、悟さまも接する時間の長い私によく懐いてくださった。
私以外の使用人たちは皆きちんと『弁えて』いて決して悟さまと同じ高さに立つことなどしなかったから、幼い悟さまにとっては私の無遠慮さが丁度良かったのかも知れない。


「俺結婚すんならミズキとって決めてんだけど」

これを言われたのは、中学3年生になられた悟さまに、たくさんのお見合い写真をお見せしている時のことだった。
高級な作りのアルバムを見た途端に悟さまは中身の見当がついたご様子で、「げぇ」という顔をなさったし口でもそう仰った。
悟さまがお見合いに乗り気になるはずもない、というのは、このアルバム達を託された時点で私にだって分かっていた。だってまだ14歳ですもの。あら、ということは私が悟さまに初めてお会いした年齢と一緒。つまり悟さまにお仕えするようになってから10年ということになる。感慨深いわぁなんて呑気に考えていたところへ、先程の一言だった。
私のポカンとした表情が悟さまにはお気に召さなかったようで、そのお美しい目元を苦々しく細めてしまわれた。

「何か言えよ、はいとか嬉しいとか」
「ご冗談を」

だって私は使用人で、10も歳上なのだ。
悟さまはお見合い写真のアルバムを私から取り上げて雑に放り投げると、その手で私の腕を掴んで強くお引き寄せになった。
眼前数センチという至近距離に、宝石のような悟さまの目。

「冗談に見えんのかよ」
「ご冗談でなければいけません。私は使用人で、10も歳上です」
「俺が選んだ、周りは黙らす。つーか今までだって散々言ってきたのに全部冗談と思ってたワケ?」

思えば悟さまはもう何年もの間、日に何度も『好き』だとか『俺はお前がいい』と言ってくださってきたけれど、私は親愛の情だと思い微笑ましく受け取ってきたのだった。

「ハァァァー…お前に合わせて緩く構えすぎだったって今分かった。これから遠慮なく攻めてくから」

悟さまはこの時、その触れたら冷たいんじゃないかしらと思うようなキリリと青い目の奥に、炎がゆらめくような光をお持ちだったこと、今でも私はよく覚えている。
そして悟さまは有言実行の御人だった。
この宣言以後、悟さまはご在宅の間は絶えず私を傍に置かれ、食事の時には私がいないと箸を持とうともされず、隙あらば私の頬や額や手にキスをなさって、「ここ(と仰って唇に人差し指を置き)は、ミズキから強請るまでしねぇから」…という具合だった。
本当に14歳かしらと何度か悟さまの学生証を確認したほどだ。
悟さまはとても恵まれた体躯をお持ちで、中学3年生にして既に180pに迫る長身でいらっしゃる。幼い頃から手足が大きくて、よく「悟くんはきっと将来背が高くなるよ」なんて言っていたものだ。…少し話が逸れた。
要は、その長身の悟さまに壁まで追い詰められて、覆うように迫られたりしてしまうと、何というか不謹慎にも年齢差や身分を忘れてしまいそうになるのだ。
悟さまはお美しい。例えば私が呪術界のことを何も知らない同級生の女の子だったりしたら、恋をせずにはいられなかったに違いない。
だめ、だめ。
単純な算数の問題で、悟さまが20歳の時私は30歳。有り得ない。あと私、使用人ですしね。
だからどうか、私の唇を触りながら、『本当はキスしたくて堪らない』というような顔を、なさらないでほしい。いつもそう思っていた。

悟さまの中学卒業が行く手に見え始めた頃のことだった。悟さまの学校の先生から五条家へ電話が入り、応答したのは私だった。
曰く、悟さまがご学友に暴力を振るい、先生がお尋ねになっても理由を話すどころか一切口を開こうとなさらないというのだ。
私は電話を終えてその内容を当主様や御母堂様にご報告して指示を仰いだけれど、当主様は実に淡々と「お前が迎えに行ってこい。どうせ大したことはない」と仰っただけだった。

学校へ走ると私は応接室へ案内され、中で待っている悟さまを連れ帰ってほしいと告げられた。
私の少ない人生経験なりに思うに、普通こんな時生徒が待機するのは生活指導室ではないかしら。
先生方の態度を拝見しても分かる、呪術界と無縁の人達ですら、悟さまを持て余して扱いかねているのだ。
そそくさと先生が去ってしまった後、応接室の扉をノックして「悟さま、入らせていただきますね」、扉は滑らかに開いた。

悟さまは3人掛けのソファに、座るというよりは身体を沈めるという様子でいらっしゃった。私の方を見ようとはなさらなかった。
私は悟さまの足元に膝をつき、下から覗き込んだ。

「悟さま、暴力を振るわれた理由をお話しになってください」
「…」
「悟さま」
「…」

話すつもりは無いと言外に主張する口元の固さだった。しかし話していただかなくてはいけない。

「悟くん」

懐かしい呼び方に、悟さまの表情が僅かに動いた。それから青い目がちらと私を見た。

「…あのクソカス、金払うからミズキの下着とか裸の写真撮ってこいってさ」
「…私?ですか?どうして?」
「前に俺と歩いてんの見たって。家の連中には黙っとけよ、奴等どーせ俺が非術師の1人や2人殺したって何とも思わねぇんだ。ミズキが多少叱られて終わり」

否定は出来なかった。電話の内容を報告した時の当主様のご様子からして、悟さまの仰る通りだろう。
悟さまの目が、逸らされていたところから私に戻ってきた。

「何で殴っちゃいけねぇの?クソが、ミズキの裸なら俺が見てぇっつの。何回想像したと思ってんの?夢精したこともあるし、何なら精通もそれだし。それをポッと出のクソが金払うから寄越せってさ、殺していいレベルじゃねぇの?」

悟さまの身体の横で手のひらを上にして置かれていた右手が、話す内に反転して手の甲が見えた。
関節のところに血が滲んでいた。殴った時に痛めたのだろう。つまり悟さまは呪力を解いて拳を振るわれたのだ。悟さまが呪力を纏わせた拳で非術師を殴ったら、きっと死なせてしまうから。
私は悟さまの手を取って手のひらに頬を寄せた。

「殴っちゃいけないのは、このお優しい手に傷付いてほしくないからです」

あまり使う機会のない反転術式を悟さまの手に巡らせた。手が温かいと思っていたら熱いのは私の方で、溶けそうに熱い目からぼろぼろと涙が落ちた。
悟さまの手。大きな手。『きっと将来背が高くなるよ』、その通りになった。私に触れる時にだけ、甘いほど優しい。

「ミズキ、キスしたい」

頬を当てていた手が動いて、悟さまの親指が私の唇に触れた。
目を閉じた。


手を繋いで帰路を歩きながら、私ははぐらかしようのなくなった自身の心持ちについて、悟さまに吐露した。つまり、許される範囲を超えてお慕いしております、と。
悟さまはそれはもう嬉しそうに笑って、往来だというのにまた私にキスをなさった。
それで、許されざる関係を持つにあたって恐れながら私から条件を示した。
1.人の目のある場所で過度の接触をしないこと。
2.悟さまが18歳になられるまで性行為はしないこと。
3.当主様や家の人達に露見して別れるよう言われたら従うこと。
悟さまは不満そうに、口元を曲げてしまわれた。

「人目のあるとこで接触禁止なのはまぁ分かるけどさ、18までセックス禁止って正気じゃないね。根拠なに?」
「都条例です」
「それなら『婚約中の青少年又はこれに準ずる真摯な交際関係にある場合は除かれる』って添えてあるの知らねーの?」
「えっうそ」
「マジ。あと俺誰に言われても別れる気ねぇから」

10も歳下の方から、いとも簡単に論破されてしまった。
つまり私の出した条件は1/3しか承認されなかったし、過度な接触禁止も次第になし崩しになっていったというのも、考えてみれば予見出来たことだろうに。

この頃の私は、今思えば悟さまについての理解がまだまだ浅かったと言う他ない。悟さまが一度執着したものを手放されるだなんて有り得ないことだったのだ。
あなたは手放されることのないまま大切に愛されて妻となって嘘みたいに幸せになるのだから、さっさと腹を括ってしまいなさいと、この頃の自分に会う機会があれば言ってやりたい。
私はエスカレーターに乗ってここまで来たようなもので、たくさんの選択肢の中から選び取った道ではないけれど、この先何か苦労があったとしてもこの道を逸れることは嫌だと、今ではそう思っている。

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