拍手再録》五条先生にバレンタインしたい話
愛しい子の姿を求めて寮の談話室にお邪魔もとい侵入すると、ソファに可愛い後ろ姿があった。隣には野薔薇。ページを捲る音がするから、雑誌でも見てるんだろう。
気配を消してるから当然だけど、2人とも僕には気付かない。
「もう本当、先生が喜ぶチョコレートってなに…手作りで痛いって思われたら私立ち直れない」
「裸にリボンでも巻けば」
「野薔薇ちゃんそれ誕生日のときにも言ったよね」
ウン、その動画定期的に見直してるからよく分かるよ。あれ癒されるんだよね。
「だってチロルチョコの感覚でゴディバ食べてそうな人に何あげたらいいの…?」
「アンタが渡せばスティックシュガーだって喜ぶわよ。『金で買えるものはどうでもいい』って言われたんでしょ、それが全て」
そうなんだよ野薔薇。もっと言ってあげて。
面倒臭そうにしてる割にちゃんと考えたアドバイスをくれる辺り、野薔薇も優しいよね。
可愛い生徒たちが仲良ししてる様はアレだね、ペット動画的な癒し。正義。
「じゃぁ…作るなら無難にガトーショコラかなぁ、練習で作ったらみんな一緒に食べてくれる?でも伏黒くん甘いの嫌いそう」
「あー…アンタそれは辞めた方がいいわよ」
「そうそう、僕より先に恵や悠仁が食べるってことでしょ?あり得ないよね」
背後から細い肩の上にずいっと顔を出すと、愛しい子は相変わらず初々しい悲鳴を上げた。野薔薇は脊髄反射で死んだ魚の目になってるね、ウケる。
「せっ先生いつから?!」
「どうせ最初からでしょ」
「どこが最初か分かんないけど『先生の喜ぶチョコレートって何』から聞いたよ」
「あっ本当に最初」
「そっかラッキー」
白くてちっちゃな手が、膝の上に開いていた雑誌(のバレンタイン特集ページ)をそっと閉じた。手遅れなの可愛い。
もう何してても可愛いってどういうこと?食べられたいの?食べちゃっていいの?
「ってワケでこの可愛い子テイクアウトで」
「貸し出し1時間5万よ」
「オッケーとりあえず2時間よろしく」
「私自分がレンタル品だったとは」
なんだか判然としない顔(それも可愛い)の恋人を抱っこしてこの子の部屋へ足取り軽く駆けた。
ベッドにそーっと降ろすと、僕お気に入りの、さくらんぼみたいな唇は軽く尖っていた。
「内緒で準備したかったのに」
「フフッごめんね?でも恵や悠仁が僕より先に君からチョコレート貰うのはダメだよ、ぜぇーーったいダメ、後でもダメ」
我ながら子どもみたいに駄々をこねると、ツンと尖ってた唇は小さく笑ってくれた。
…ダメだ、美味しそう、食べたい。
かぷ、と食い付いて念入りに味わってから離すと、可愛くてちっちゃな頭が僕の胸にうずまってきた。照れ顔を隠したいんだろうけど、キスしてる最中からいっぱいいっぱいだったのはバッチリ見ちゃってんだよなぁ。
「…せんせ、今まで貰った中でいちばん嬉しかったチョコレートってどんなの?」
「んー?」
胸板にくっついた位置から声がして少しくすぐったい。
「他のは参考にならないよ?君は特別だからねぇ、本当にスティックシュガーでも嬉しいし」
「それはやだ…。だって硝子さんが、先生は学生の頃毎年いっぱい貰ってたって」
畜生、硝子め。僕の恋人が可愛いからって揶揄って遊んだな。
「そんなの食べてないよ。何が入ってるか分からないしね」
「え…っそうなの?」
びっくりした拍子に照れてたのを忘れたのか、まんまるで大きな目が間近から僕を見てくれた。
「高専の頃の五条先生、見てみたいな。でも私のこと相手にしてくれないかなぁ」
「僕が17、8の頃っていうと君はランドセルもまだだね」
さすがに法に触れる…イヤ今もだけど。
でも可愛いんだろうな、世界を救うぐらいに。
「でも私ね、その頃に会ってもきっと先生のこと好きになったよ」
可愛い笑顔がそう言ってくれた。
僕はというと、幸せすぎて言葉が出ないなんていう初体験の真っ最中で、心臓がキュウキュウ苦しくて、気を抜いたら涙まで出そうだった。
もう何もいらないよ。
僕は幸せすぎて、もう何もいらない。