やさしいあのこ


※植物トリオと同級生
※なのに冬


五条は『怒るほどではない遅刻』の常習犯である。相手が目上であれ目下であれ担任する生徒であれそれは変わらない。
だから指定された時間に待ち合わせ場所で既に待っている生徒たちは、スマホの時計が約束の時間になったのを確認して「やっぱり」と溜息を揃えた。
「レディー待たすなんてあの変質者」と野薔薇は眉を寄せて、冷えた手を擦り合わせた。真冬に教え子を屋外に待たせて自分が遅刻とは、虎杖も伏黒も擁護を諦めざるを得ない。

「私探してくるよ、入れ違ったら電話ちょうだい」

ミズキが3人を残して駆け出した。寒空の下で待つ時間は短い方がいい。
大判のストールを口元まで引き上げて、呼気を囲った。

何となく五条は屋内だろうと踏んで心当たりの部屋をいくつか覗いた末、高級ソファのある休憩室に至ると、目当ての白い頭が背凭れの上にはみ出て見えた。
「五条せ、」まで言った口をミズキは抑えた。というのは、後頭部を見ただけで確信はないけれど、眠っているような気がしたのである。
ミズキが音を立てないようにそっとソファに近寄ると、やはり五条は眠っていた。広い胸が静かに上下している。
アイマスクのせいで表情は読み取りにくいけれど、何となく五条がくたびれているようにミズキには感じられた。特級術師で、教師で、名家の当主で、希少な六眼と無下限の持ち主で、と五条の負う意味と役割はあまりに多くて重いから、無理もないのかもしれない。
ミズキはストールを首から外すと、五条の膝にそっと掛けた。
その時、部屋の戸口に来た伏黒がミズキを呼びかかったので唇の前に人差し指を立てて制した。
伏黒はソファに視線を落とし、事情を察した。

「…叩き起こしていいんじゃねぇのか」
「でも何となく、先生疲れてそうなんだもん。虎杖くんと野薔薇ちゃんのとこ戻ってみんなでココア飲んでようよ」
「まぁ…予定が押してもこの人のせいだしな」

悪態を吐きながらもミズキに付き合って声を抑え気味に話してやるところが、伏黒の律儀なところである。笑って「じゃあ行こ」と部屋を出ようとするミズキを先に行かせて、彼女の足音が遠のいたところで伏黒はソファを振り返った。

「…ソウマの親切を無碍にはさせませんけど、既に遅刻なんで引っ張らないでくださいよ」

それだけ言うと、彼も部屋を後にしたのだった。

伏黒の足音も遠のいたところで、五条はのっそりと身体を起こした。膝に掛けられた大判のストールからは、温かくて柔らかく甘い匂いがした。

「…可愛いことしてくれちゃって」

ひとりの部屋で、アイマスクの下で、五条はひっそりとまなじりを下げた。
呪術界においては強すぎて逆差別されることも多い五条を、一般家庭出身のミズキは当たり前に人として心配する。それが五条にとっては新鮮で擽ったく、温かくもあった。
ゆっくりソファから立ち上がるとストールをぐるぐると首に巻き付け、軽い足取りで彼もまたその部屋を後にした。


「みんなお待たせーメンゴ!」

遅刻の申し訳なさを感じさせないノリで現れた五条に、野薔薇は自販機から取り出したばかりのホットココアの缶を危うく握り潰すところだった。

「やーまだ時間あるじゃん?と思ってちょーっとソファに座ったらさ、記憶飛んでんだよねウケる」
「ウケねーよ歩く非常識が」
「おっと辛辣、お詫びに僕行きつけの老舗鯛焼きをご馳走しようと思ったんだけどな」
「鯛焼き!」

虎杖と野薔薇が子どものように跳ね始めた横から、ミズキは五条のアイマスクを見透かすように彼の目を見ていた。

「先生、ちょっと元気になった?」
「優しい女の子がストールを掛けてくれたからね」

「ふぅん」と言ってミズキは目を細めて笑った。ストールを返そうと手を掛けたところで、五条はミズキの首元が黒いネックウォーマーに覆われていることに気付いた。これには見覚えがあった。

「首のそれは、恵のかな?」
「あ、そうです。寒いだろって伏黒くん貸してくれて」

ミズキがネックウォーマーを首から抜いてお礼と共に伏黒へ手渡すと、彼は無表情で受け取った後少し不満そうに五条を睨んだ。
五条の方はそれに気付かないふりをして、上機嫌にストールを自分の首からぐるぐると外し、逆の手順でミズキの首にぐるぐると巻き付けた。
巻き終えると最後にミズキの頭にその大きな手を乗せて髪を撫で下ろし、冷えた頬に軽く触れた。

「いい子だね、ありがとう」

普段のおちゃらけた様子とはかけ離れた低く落ち着いた声で言うものだから、ミズキは恥ずかしくなって巻かれたばかりのストールに口元を隠した。
伏黒がムッと口元を曲げると五条は愉快そうにケラケラと笑った。

「いやぁ、恵も隅に置けないね!」
「言っとくけど虎杖もですよ」
「エッまじで」
「せんせー鯛焼き早くー!ミズキも行こうぜー!」

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