拍手再録》五条先生とアフタヌーンティー



「公私混同はよくないです先生」
「君のそういう真面目なとこも好きだよ」

僕がヘラヘラ笑うと、愛しい子はその小動物みたいな小さな鼻にムッと皺を寄せた。

「三つ星ホテルのアフタヌーンティーはお気に召さなかった?」
「…そうは言ってません」
「そうだよね、出てくるものぜぇんぶ一口食べる度お目目がキラキラしてるもんね」
「本当そういうとこです」

その子はこれまた小さな唇を真一文字に結んで、居心地悪そうに目を逸らした。この唇を見る度僕はさくらんぼを連想して、口に入れたら甘いんじゃないかという思いに駆られる。
駆られて、実行して、怒られる。ここまでがワンセット。
ちゅうっと吸い付いて、目の前でそのキラキラのお目目がまぁるくなるのを見物して、離れた途端に周囲の目を気にして真っ赤な顔で忙しなく見回すのをニコニコ眺めるのがいつもの流れ。

「外じゃだめって何回言ったら分かるんですかっ!」
「だぁって美味しそうだったからさぁ」
「『からさぁ』じゃない!」
「外じゃなきゃしていいんだ?」

アイマスクを首に下ろしてニィッと笑ったら、愛しい子はまた頬を赤くして目を逸らした。図星だから否定出来なくて、でも恥ずかしいから肯定も出来ない時のこの子の癖。これが何とも可愛くて、つい恥ずかしがらせたくなっちゃうってことに、可愛い本人は気付いていない。

「でも残念、外じゃなかったらこんな可愛いキスじゃ済まないよ」

ほらまた可愛いほっぺが赤くなった。食べちゃいたいってのはこのことだよね。

この子が初めて高専に来たのを見た時、一目で『向いてない』って思った。だって人間の負の感情の塊と対峙しようってんだから、どっか狂ってなきゃ務まらない。それなのにこの子ときたら少しも汚れてなくて、澄んだ目をしてて、そんな子を呪いの群れに放り込むとか正気じゃないよね。
なんっで夜蛾先生こんなイイ子入れちゃうかな?良心どこいったの?ってマジで思った。

だからせめて自分の身を守れるだけの力をつけさせてから、何か理由を付けて辞めさせるつもりだったんだ。日の当たる野原へお帰り、って。
それがまぁ接してる内に惚れて手放せなくなっちゃって手ぇ出しちゃう僕も僕なんだけど。
だって可愛いんだよね。エグい日常にこれぐらいの癒しあっても良くない?

可愛いこの子のことを思うなら、野原へお帰りコースがベターだったことは間違いない。だからこの子が今も高専にいるのは、自分の欲を優先した僕のエゴの結果だ。
だから「ごめんね」と、出張帰りのホテルラウンジで日の光を浴びる教え子に言った。
愛しい子はきょとんとまた可愛い顔をして、「何がですか?」と首を傾げる。

「まぁ色々かな」
「やめてって言ってるのに見える位置にキスマーク付けること?それとも出張にマイ枕持ってくみたいに私を連れてくことかな、恥ずかしいのに人前でキスしちゃうことかな、まだたくさんあるけど聞きます?」
「ハハッごめーん大好きだからつい」
「28歳と15歳っていうとこかな」
「それ刺さるー」
「刺さってるように見えませんけど」
「あとは年下の恋人にベッドでつい意地悪しちゃうとこかな」

僕が揶揄うとまた可愛いほっぺは赤くなって、あぁ、これだからやめられない。

日の当たる場所に帰してあげなかった責任は取るよ。じゃなきゃさすがに僕も教え子に手は出さないさ。

「好きだよ」

もう一段照れさせちゃえ、と口説いたら案の定、ほとんど泣きそうに赤くなっちゃってもはや可愛いの塊だ。でも珍しくごにょごにょと何か言った様子なのを聞き返すと、消え入りそうな声で教えてくれた。

「わたしもすき」

好きな子に好きって言われただけで赤面しちゃうなんてまさか思わないよね、28にもなって。

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