青い雨の後E


窓の外に雨の気配がする。

僕の恋人は僕の胸に頬を預けて眠っている。僕はミズキの髪を撫でて、温かい毛布の下、服越しに、彼女の脚の傷にそっと触れた。
雨の時には古傷が痛むというのは、硝子から聞いた。それなのにミズキはそんな時に限って、「外の仕事を他の人に任せちゃう埋め合わせ」とか言って事務仕事を背負い込む癖がある。
痛み止めを飲ませて膝の上で温めてやる口実になるからまぁ、僕は嫌いなイベントじゃないけど。

恵がドアから休憩室を覗いて、ミズキを膝に抱く僕を発見して舌打ちをした。

「チッ」
「会うなり舌打ちしないの。お行儀悪いよ恵ちゃん」

急いで任務を片付けてきたんだろうけど、こういうのは事前の根回しがものを言うんだよ。遠方の任務を断るとかゴネるとか嫌だって伝えるとか。

恵は近寄ってきてミズキの顔を心配そうに覗き込んだ。優しい顔しちゃってまぁ。

3人での付き合いを始めて、もう少し摩擦があるかと思ったけど意外にこの生活はすんなり馴染んでくれた。ミズキに言った通り僕も恵も執着心が強いのは自覚するところだから(何せ2人とも年単位の片想いを拗らせてたわけで)、自分といない時のミズキを想像したらもっと掻き乱されるものかと思っていた。実際は、まぁ恵だしいいんじゃない?って感じ。

「そういえば聞きたいことあんだよね」
「何ですか、ミズキさんが起きるんで静かにしてください」
「セックスの時ミズキの脚の傷舐めた?」

恵が即座に『何言ってんだ』と『何で知ってんだ』を足して2で割った感じの顔をした。

「マジかよ図星?なに同じことやってんのぉ?」

やってらんねー。
ソファの背凭れに頭を預けて天井を仰いだ。
数日前、僕は初めてミズキを抱いた。その前日には恵が。初めてを恵に譲ってやった僕偉くない?
で、服を脱がせたミズキの脚を見たら、その傷を慰めてやらずにはいられなくなった。膝上に走る傷を僕がべろりと舐め上げたらミズキは目を丸くして、「どうして2人とも、」と口を滑らせた。

「無いわー師弟で前戯が被るとかさぁ、そんなん教えた覚えないんだけど?」
「気分は悪いですけどそれより静かにしてください。ミズキさんが起きる」

膝の上のミズキは変わらず僕に体温を預けてくれている。恵がミズキに渡し損なった袋を静かにテーブルに置いた。痛み止めと、服薬前の軽食。

「恵はさ、どう?3ヶ月経つけど」
「別に何も」
「思春期のテンプレ回答はいいからさぁ、もうちょい言い方あんでしょ?思ったより抵抗ないとか反対にぶっちゃけ腹立つとか」
「その上で『別に何も』なんですよ」

恵の答えはいかにも素っ気ないけど、ミズキの寝顔を見る表情は優しさを隠せていない。
何となく僕の肌感覚で大体同じことを考えてそうだとは思うけど、少し突いてみたくなった。

「年来の初恋実らせてそのお姉さんを初めて抱いて、独り占めしたいって思うのは別に悪いことじゃないでしょ。ほーらほら、先生に言ってごらん?」
「ウザ…」

辛辣。

「…俺はミズキさんが好きなだけです。ミズキさんと五条先生にお互い失恋させたいわけじゃなかったんで」

じゃない、優しかった。
ねぇミズキ、お前のもう1人の彼氏はさ、ちゃんと優しい男だよ。僕らはきっと上手くやっていける。
恵のおかげで僕もお前も恵自身も、失恋せずに済んだんだから。

その時ミズキの瞼が小さく震えてゆっくり持ち上がり、僕と恵を見て不思議そうに何度か瞬きをした。

「おはよ、ミズキ」
「ごじょうさん…」
「そだね」
「ミズキさん、痛みますか?」
「めぐみくん…」
「はい、いますよ」

起き抜けのふわふわした顔のまま僕らを発見したミズキは幸せそうに笑った。

「会えてうれしい」

本当、こういうとこなんだよね。僕も恵もヤラレちゃってんの。

「じゃ、目が覚めたところで僕の部屋行こっか」
「ぁ…でもまだ途中の書類…」
「そんなん明日。明日………の午後」

僕…と多分恵も今からミズキのこと抱きたいと思ってるし、明日の朝イチから働くつもりでいない方がいいと思うんだよね。

まだ眠気の抜け切らない頭でミズキが寝落ち前にどこまで作業出来てたか思い出そうとしてるところへ、遠いテーブルの上でミズキのスマホから着信音が上がった。平日の21時過ぎに補助監督の私用端末に電話?
ディスプレイを見に行った恵の背中が止まった。まだ着信は続いている。

「…ミズキさん」
「はっはい!」

声が低い。恵ちゃん何か怒ってるね。
ミズキが急に緊張した。

「この名前、見合い写真の男ですよね。断ってくれたものと思ってたんですけど」

恵が着信中のスマホをこっちに向けて見せた。不倫現場の写真でも見せるみたいにして。
僕はそれとなくミズキを確保。尤も、確保するまでもなくミズキは動揺した小動物みたいに動けなくなってるみたいだけど。
そこからミズキの必死の弁明を聞くに、見合いは結局相手に会わないまま仲人を通して断ったらしい。ミズキはオブラート表現で「何度も電話をくれる」とか「お断りしたのがあんまり伝わってないみたい」とか言ってたけど、要するにストーカーだ。まぁ大体そんなとこだろうと思ったけど。

「そもそも会う前に仲人経由で断られたのに相手方に直電ってマナー違反でしょ。着拒すれば?」

…ってもミズキの性格じゃ出来ないか。
着信音は一度途切れて、また鳴り出した。しつこい。

「恵」

僕が手を出すと恵は察しのいい執事みたいにすぐに煩いスマホを僕の手に乗せた。焦ってるミズキの顔には気付かないふり。
表示された苗字、この家系なら知ってる。

「もしもーし、ミズキの彼氏の五条悟と伏黒恵が承りまーす」

相手は冗談と思ったみたいで電話口の僕を口汚く罵り始めた。まぁ話したことないし信じないか。
長い話になりそうだから適当に切ってその場で着拒、ようやく静かになったスマホを返してやると受け取るミズキは呆然としていた。
状況に追い付けてない感じのミズキにニッコリ笑って、腰をぐっと引き寄せた。

「ストーカーに遭っちゃったのは可哀想だったね。でもさその手前で見合いの話になってたなんて、僕教えてもらってないなぁ?なのに恵は知ってたのも何で?」
「親御さんが娘の将来案じて手配したみたいで、ミズキさんの部屋に見合い写真がありました。ただ傷のことを『それでもいい』とかフザケたこと言ってやがったそうですけど」
「めっ恵くん?!」

へぇぇぇー?『それでもいい』ねぇ?ふぅん??

「歳は29、都内在住で総監部の書記官です。中肉中背より若干太め、趣味は読書ってあったけど好きなジャンルも作家も書いてませんでした。結婚相手には料理上手を希望、家庭に入ってほしいそうです」

確実にクソでしょそれ。恵も言いながら吐き気催してんじゃん。
ミズキは僕の膝の上ですっかり縮こまっている。

「恵、下の名前分かる?」
「勿論。本籍と生年月日血液型、学歴と保有資格も覚えてます」

よく覚えてたね、と褒めてやると恵は、

「いつか会う機会があったらコロ、…がしてやろうと思ってたんで」

うんうん、殺がしてやりたいよね分かる。
…部外者がフザケやがって。

でもそれは明日の午後にしてさ、今は僕らの大切な恋人に、僕らの愛情をたっぷり教えてやろうよ。こういう場合に初動で頼ってもらえないようじゃ駄目だ。

外はもう雨も上がったみたいだしさ。




***

ネタポストより
『五条さん伏黒くん夢主の△話読みたいです!あきらめそこないみたいに3人が一緒に付き合っていくような話が希望ですが、あきらめそこないみたいな円満な感じにはなかなかならずに常に取り合ってそう笑 でもなんだかんだで大好きだし大切だし認めてる、そんな話』

私も読みたい!と思って楽しく書かせていただきました。ネタ提供ありがとうございました!

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