詐病に偽薬


※もはや前提としてのnot離反if



五条は私に恋愛感情なんて持っていない。
同級生の1人で術式は下の中、家柄は大したこともない割に面倒だけ抱えてる、あとヒト科のメス、多分その程度の認識。

五条と私の数少ない共通点がこの家柄の面倒というやつで、親から『高専を卒業したらすぐにでも結婚だぞ』と、同じことを言われている。その代わりに私は在学中は比較的自由にさせてもらっているだけ、五条よりはマシだと思っている。五条は1・2ヶ月に1回くらいのペースで溜まった見合い写真をゴミに出しているから。可哀想に。

ちっともありがたくない共通点を持った五条と私は、お付き合いという枠に2人して収まっている。ただ五条は、私に恋愛感情なんて持っていない。五条本家の人達に『将来を考えてる恋人がいる』と言うための、言うなれば名義貸しみたいな。
『五条は』の時点で、私の方は違うのだけれど。

「次の日曜、お前ヒマだろ?」
「聞き方が可愛かったらヒマだったかも」
「ヒマだなOK」
「五条話聞いてた?」

夏油と硝子が不在の教室で、五条が片腕を枕に私を見て言った。可愛くない。顔は可愛いけど。
何の用事かと思って尋ねると、何とデートの誘いだと言う。

「さすがにデートの1回ぐらいしとかねぇと供述が不自然になってバレるだろ」
「ねぇ私達何か法に触れてる?むしろ五条家の人達デートの内容とか聞くんだ…?」
「面倒臭ぇんだよ。俺に見合いさせたくて揚げ足取ってくんの」
「じゃあ夢の国に日帰りしてきた設定でデートプラン立ててあげよう。台本読むだけでリアルな供述が可能」
「逆にそこまでして行きたくねぇのかよお前」

行きたいよ。五条も私のこと好きならね。
言えるはずのないことを飲み込むのには慣れた。曖昧に笑って流すことも。
私のことを好きじゃない五条と1日夢の国、多分夕方には虚しさに耐えかねてトイレで泣くことになる。

そうして私は本当に五条とのデートを断った。
後になって、虚しくても泣くことになっても行っておけば良かったと悔やむことも知らずに。


五条が誘ってくれた日曜日、実家の親から電話があった。早急に荷物をまとめるようにとのことだった。
無茶な話だ。
一方的な『指示』を聞きながら、それに一応反論しながら、心の仄暗い隅の方では『あぁ私の猶予期間が終わるのか』と諦めが始まっていた。私の預かり知らぬところで、私の婚約が決まったらしい。私はすぐに京都校へ転籍し卒業まで花嫁修行、何だか笑えてきた。電話を終えて本当に笑って、それから少し泣いた。デート、1回くらい行っておけば良かった。

荷物をまとめないといけない。可及的速やかに。明朝には業者が荷物を引き取りに来て、私自身は体ひとつで京都へ向かわなければいけないのだから。
とはいえ元々荷物は少なくて、最初に思い浮かんだのは共有冷凍庫のアイスだった。箱入り、あと2・3本だった。『ご自由にどうぞ』とか箱に書いておけばいっか、と思って油性ペン片手に部屋を出る。
冷蔵庫のある談話室に顔を出すと、タイミングが良いのか悪いのか、五条がいた。五条は私を見て軽く苛ついたみたいで、口元をへの字に曲げた。

「おいやっぱヒマなんじゃねーか」
「それがヒマじゃなくなったんだよ本当」
「どーだか」

事実、暇ではない。複数の大人が私の荷造りを待っている。
冷凍室を覗くと私の名前を書いたアイスの箱には残り2本だった。

「五条」
「ん?」
「パインとラムネどっちがいい?」

ラムネだろうなと思いながら尋ねるとやっぱりで、水色のアイスを五条に渡して自分は黄色、2人で共有キッチンに凭れて封を切った。油性ペンはポケットに仕舞う。

「…晩飯とか、行く?」

何のことか一瞬分からずに五条を見た。いつもの黒いサングラスで目線の向きは分からなかった。五条の口が水色のアイスを齧った。

「あ、あー…ごめん、用事、あるの」

五条なりに、偽装とはいえ恋人へのケアをしてくれようとしているらしい。こういう意外と律儀なところが好きだったんだなぁと思うと目元が熱くなってしまって、私は咄嗟に窓の外へ視線を逃した。五条はちょっとムスッとした声で「あっそ」と言った。ごめん。本当に。
そこからは無心でアイスを食べて、五条より早く食べ終わろうと頑張ったけど五条の方が早かった。木の棒をゴミ箱に放った。

そういえば、アイスより荷物より片付けないといけないことが、私にはある。

「五条」
「ん?」
「終わりにしよっか」

少し言葉が足らなさ過ぎて、五条が訝った顔で「待て何の話?」と言った。付き合ってるっていう嘘の話だよ、と私。

「…何かお前に不都合あんの?好きな男でも出来た?」
「違うよ」
「じゃ今のままで良くね?……、それか本当に付き合う、か」

正直五条がここまで言ってくれるなんて思ってなくて、嬉しかった。てっきりさっきみたいに『あっそ』の一言で終わるんだと思ってたから。
私は首を振った。
泣くな。同情を買うな。

「五条」
「んだよ」
「ありがと」

嬉しかった。嘘でも恋人だった。
本当に贅沢な、私には過ぎた偽薬だった。





夜、傑のドアを叩いた。
いかにも迷惑そうな顔が出てきて「今度は何だい」と言った。俺はそれに答えないまま傑の部屋に入ってベッドに倒れ込んだ。

「どうせまたミズキにフラれたんだろ」
「うっせぇな図星だわクソ」
「はいはい」

傑がベッドの端に座ってマットレスが少し沈んだ。

「あのなぁ悟…もう何度目になるか数えてもないけど、「分かってる」

分かってる。傑はこの後『結婚から逃れるために利用するなんてそもそも失礼だし、お前のことなんかどうでも良いって言ってるようなものだよ』と正論を吐く。その通りだってのも分かってる。
傑が溜息を吐いた。

「全く…今日は何があったんだい?」
「…デートに誘った」
「進歩じゃないか」
「断られた」
「だろうね。君のことだから『デートぐらいしとかないと供述が不自然になって家にバレる』とか言い訳したんだろ」
「お前実は教室の外で聞いてた?」
「正解だったことに今ガッカリしてるよ」

過去問の傾向から高精度で予想されてて笑える…いや笑えねぇわ。
でも断り方ってあるだろ、『夢の国に日帰りしてきた設定でデートプラン立ててあげる』ってさすがに可哀想だろうが俺が。…というのを傑に訴えたら、それもまるっと否決された。

「御三家の人がまさかテーマパークに詳しくないだろうし、バレ難いと思ったんじゃないか?あと本物の彼氏でもない男と一日夢の国なんて行きたくないに決まってるだろ」
「そこまでかよ…」

誰か俺の味方いねぇの?いねぇな見渡す限り。
その上ついさっき飯に誘ってこれも断られたし『付き合おう』に対して何故か感謝されてフラれたことを報告すると、傑は額に親指を立てて溜息を吐いた。『あーあ』みたいな顔すんなコラ。

「悟、ひとつ提案があるんだけど」
「嫌な予感しかしねぇ」
「キッパリ諦めるってどう?」
「嫌だわボケ」

卒業までまだ時間はある。
告白する、優しくする、好きになってもらうチャンスはまだあるはずだ。
ミズキが他の男に笑いかけるのを想像するだけで吐き気がする。諦める選択肢は無い。…と言うか、諦められりゃ苦労しない。



次の日、ミズキがいなくなった。

朝教室に顔を出すとミズキの場所だけが空席で、つかつか詰めてきた硝子にいきなり脛を蹴られ、ミズキがいない理由を聞く。愕然。直後、俺は教室を飛び出した。

ミズキが手の届く範囲にいてくれることが当然だと思ってた。時間はまだあると。
ずっと詐病でミズキを囲ってきた。同情させて、俺から離れて行かないように。

でももう終わりだ。


「なんでいるの」とミズキは言った。
そりゃ、婚約者との顔合わせを翌日に控えたビジネスホテルで偽恋人の顔を見るとは思わないだろう。しかも京都の。
薄く開けたドアから覗いたミズキは、俺を怖がるみたいにドアに身体を寄せた。

「順追って説明するから、とりあえず部屋入れて」

俺が言うと、ミズキは一歩引いて招き入れてくれた。

「じゃまず、俺とお前、婚約したから」

言ってから、これじゃ順は追ってねぇなと気付く。ポカンとして俺を見るミズキをベッドに座らせて、俺は化粧台からスツールを引っ張ってきてミズキの正面に座った。

教室を飛び出した後はまず寮に駆け込んで、引っ越し業者をミズキの部屋から蹴り出した。
それから直談判、俺はミズキの実家を訪ねて親御さんに婚約を申し出た。その時に親御さんは腰を抜かすほど驚いてて、それで俺はミズキが俺とのことを家に話していなかったと知った。
ミズキの両親は有頂天になってすぐに今回の相手方に断りを入れてたから、ミズキが話さなかった理由はまぁ納得だった。うるさく浴びせられる『結婚しろ』の頭に『五条悟と』が追加されるだけだ。
俺の家の方は、どこの誰連れてったって何かしら文句は言うだろうけど、最終的には俺が言えば黙るから問題ない。
つまりミズキは京都校に転籍する必要も婚約者のオッサンに会う必要もない。

ここまでを聞いたミズキが目を伏せた。

「…ひとまず……ありがとう。でも良くないよ、五条にとっては望まない結婚の相手が知らない誰かから私に変わっただけでしょ…?」
「あー…それなんだけどさ」

全く、格好付かねぇな。

「俺が、ミズキに一目惚れしてそれからずっと好きだって言ったら、どうする」

こんな流されたみたいな告白するはずじゃなかったのに。
ミズキの手を握った。

「俺のこと本当の彼氏にしてよ」

ミズキがまだ俺のこと好きじゃなくてもいい、とりあえず望まない結婚から逃げるためでいい、今度はちゃんと優しくするから、だからいつか。
ミズキは大きい目をまんまるにして驚いてて、それから徐々にしゃくり上げて泣き始めた。
俺はギョッとして「泣くほど嫌だったか?」とか「ごめんな、何かもっと段階?とかあるんだよな」とかどうにか泣き止ませようと努力したけど、ミズキは弱く首を振った。

「ずっと、私の片想いだと思ってた…」

「は?」って、自分からこんな声が出んのかと思うような、間抜けな声が出た。

聞けば、傑と硝子はミズキが俺を好きだってこともずっと知ってたらしい。教えろよ…と文句を垂れると「私の口から聞きたかったのかい?」と笑われた。確かに聞きたくねぇな。
というのが、ビジホを出る前の電話の話。

俺はミズキを連れて京都駅から新幹線に乗った。
人の多い駅の中、混み合う新幹線の中を、ミズキの手を引いて歩いた。口がまた勝手に『はぐれると面倒臭ぇから』とか言いそうになったのを堪えて、せめて無言だったことを褒めてほしい。ミズキは黙って俺に手を引かれてくれた。

新幹線の席に着くと俺が放そうとした手を今度はミズキが握ってくれて、しばらく無言で手を繋いで隣り合っていた。窓側のミズキは、忙しなく切り替わる景色を眺めている。
俺はその横顔を見た。柔らかい頬のライン、小さい鼻、睫毛が小鳥みたいに動く。不安を口に含んだような顔に思えた。

ミズキの肩を軽く叩いて振り向いた顔にキスをした。またミズキの目が丸くなる。

「ごめん、嫌だった?」
「ぇ、や…嫌じゃない、けど、なに…?」
「そういや俺返事もらってねぇなと思って」

『本当の彼氏にして』の後ミズキは泣き出して、それっきりだ。や、『私の片想い』って言われたから、一応そういうことなんだろうとは思うけど。
ミズキは気が抜けたように笑った。

「返事もらう前に行動しちゃうの?」
「悪かったって」
「いいよ」
「…それって返事?」
「うん」

マジか。何か心臓とかふわふわする。

「夢の国で一緒にデートしてくれたらね」
「行く行く」
「五条は知らないだろうけど、入園する人は可愛いカチューシャ着ける義務があるんだよ」
「お前が選んでいーよ」
「言ったな?」
「おう。ずっとデートしたかったし、そんぐらいやるって」

俺が言うとミズキはまた大きな目を丸くして、それから泣きそうに笑った。

「本当なんだぁ…」

可愛いな畜生。
言っとくけど俺の方が歴が長いからな。

もう嘘じゃない。



***

ネタポストより
『高専時代のお話。 夢主は同期か1コ下。京都では有名なそこそこの術師家系 卒業後には親が決めた婚約者と結婚予定だけど、その代わり。高専の間は自由にさせてもらえる。という条件と実家から離れたくて東京校に入学。 お互い自覚していないけど五条さんと夢主はほんのり恋心ある感じ。 卒業まで東京校にいられる予定だったが結婚話が早まり、急遽、高専を辞めて京都に戻ることに。 内緒で去ったけど、ひとり(お任せします)その話を知っていて、口止めされていたけど、五条さんに話す それを知った五条さんは五条家パワーで自分と婚約。元の婚約話をハキさせ東京校へ連れ戻してくれる そんな妄想をしてみました』

『詐病に偽薬』というタイトルだけ先に思い浮かんで肝心の内容が決まらずにいたのですが、ネタ提供いただいた時にやっとタイトルがハマりました。いつも通り多少のネタ改変はありますが、ありがとうございました!

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