Killing me softly


※特に話には関係ないけどnot離反ifです


任務を終えて補助監督にピックアップを頼んだはずが、何故か迎えにきたのは同期の五条だった。

「仕方ないじゃん補助監督だって忙しいんだよ。僕がたまたま近場にいただけ」

補助監督が特級術師より忙しいってある?
と思った後で、そういえば五条による現場破壊の事後処理をしてる時は伊地知くん死んでるかもと思い直した。私の顔を見た五条は「何か失礼なこと考えてんだろ」と言った。

「それよりお前、熱心に何見てたの」
「…それ聞くかなぁ」

花嫁を見ていた。
ピックアップまで少しかかると言われたから近くの海浜公園を歩いてて、その一角で結婚式が行われていたのだ。白いドレス、花びらが舞って、幸せそうににこにこしていた。
暗い廃墟の奥で化け物を始末してきた黒服の私とは何もかも対照的だった。

「綺麗だなぁって思って見てただけだよ」
「羨ましいなぁじゃなくて?」
「はは喧嘩売ってる?」
「違うよ」

おや。もう一歩煽ってくると思ったけど、意外にも五条は私の見ていた結婚式の名残を、真剣に(…多分?)見ていた。
今はもうその一団は室内へ移動して、花嫁に降り注いだ花びらだけが残っている。

「ミズキ」
「うん?」
「ちょっと散歩に付き合ってよ」

今の今までこの辺を散歩してたんだけどな私。
まぁいいかと五条の隣に並んだ。特級術師にだってちょっとサボりたいタイミングがあるんだろう。特に五条は他人より移動が格段に速いから、詰め込もうと思えば分刻みで任務を入れられちゃうわけで。

五条の横顔を見た。
私の周りには美男美女が多くて、中でも五条はその筆頭を行く。白髪碧眼で美術品みたいに整った顔立ちで、学生の頃は学外の女の子やらお姉様やら少なくない人数に告白されていたのを知っている。
私には縁遠い世界だった。

その五条と並んで海浜公園を歩くのは、ドラマの画面の中に間違って入ってしまったみたいな気分に私をさせた。五条がいつもの目隠しじゃなくサングラスをしていることが、それを増長している。
五条はしばらく無言で歩いて、海風に髪を揺らしていた。これだけで恐ろしく絵になる男である。

一定のリズムで足を運びながら、ある時五条がぽつりと切り出した。

「…お前さ、結婚に憧れたりすんの?」
「え…その話?」

結構長い溜めの後でまさか五条が恋話を切り出すとは思わなかった。私が面食らっていると五条は「いいから」と少し苛ついた声で急かした。

「んー…憧れ…ってほどじゃないかなぁ。学生の頃は何となく自分が25くらいで死ぬんだろうなって、根拠のない思い込みがあったんだよ」

だから恋愛とか、相手のあることはなるべく避けて通ってきた。自分には関係ないと思っていた。

「でも実際のらりくらり25は過ぎたし、頑なに避ける必要なかったかもって思った後の祭り」

今更始め方も分からない。
五条は歩き続けている。無難に『そっか』くらい言ってほしいところだけど、まぁ五条だしね。

「ミズキ」
「うん?」
「僕の長い初恋の話、聞きたいでしょ。聞いて」
「え、えー………うん…?」

何だろこれ。まぁ聞いてほしいみたいだし聞くけどさ。ていうか五条恋したことあったんだね何か意外。

「えっとじゃあ…どんな人?私知ってる?」
「よく知ってる」
「おぉ…」

じゃあ高専関係者か。五条に恋された女性(…女性だよね?)って誰なんだろうと普通に興味が湧いた。

「どうして好きになったの?」
「一目惚れ」
「わぁ美人なんだ?」
「まぁね」

五条がそこまで言うとは。普通に考えて硝子かな、それとも冥さん?歌姫先輩?

「仲は良かった?」
「僕はそう思ってる」
「告白しなかったの?」
「出来なかった」

驚いた。五条の口から不可能が出るなんて。どこかで、五条に出来ないことなんて無いだろうと思っていた。
五条と一定の速度で歩き続けている。どこか、散歩というよりは止まり方が分からなくなったような雰囲気がある。

「当時から仲は良いよ、高専の頃はいつもつるんでた。他も交えてだけどゲーセン行ったり買い食いしたり」

確かに五条はよくそれをやっていたし、私も何度も参加した。

「アーケードゲームで傑に勝ってマック山ほど奢らせて、ひとつ分けてやったの。僕が1分かからずに食べるバーガーをちびちび齧ってた。『も1個いる?』って聞いたら断られた」

や私もそれ経験あるけど、断る女性が多数派でしょ。むしろ夏油、あんなえげつない奢らされ方他でもしたの?可哀想に。

「アイス食う時は齧らないでずーっとちっちゃく舐めてんの。当時こちとら健全な男子高校生だよ?うっかり新しい扉開いちゃった」
「開いちゃったんだ…」

開きかけた、じゃなくて。
その人無事かな。特級術師の新しい扉開いちゃったみたいだけど。
食の好みとかペースが合いそうだから語らってみたいけど、本当に誰だろう。冥さんではなさそうになってきたな。

「こんだけ綺麗なのに女って自覚薄くてさ、談話室のソファでよく寝てたよ。手出さなかった僕偉くない?褒めていいよ」
「あうん偉い偉い」
「やる気あんのかコラ」
「褒めカツアゲやめようね五条。でもさ誰だって寝ちゃうよ、夜遅くに任務から帰って安心したらバタンじゃない?」

確かに楽しくて忙しない学生時代だった。術師としての人生には辛いことが多いけど、あの頃の思い出は褪せずに残っている。
私の知らないところで、他にもあの頃の悪ガキだった五条を見て特別な想いを寄せられてた女の子がいたんだと思うと、どこか寂しい。

「五条はその人のこと、すごく好きだったんだね」

言って自分で胸がちくちくと痛むような気がして驚いた。痛みを感じる権利なんて私には無い、せめて数少ない同期の幸せを願うくらいの度量は備えていたかったのに。

五条は深々と溜息を吐いた。

「違うけど」
「え、これだけ言っといて違うの?」
「時制が間違ってんの。僕は一度も過去形で話してない」

じゃあ、今もなんだ。余計痛い。でも幸い私は(というか術師は)痛みを隠すことに長けているはずだ。へらっと笑った。

「それなら告白してみれば?言わずに終わるより悔いは無いよきっと」
「そのつもりだよ馬鹿」

馬鹿とは何かな人が必死に背中押してるのに。

気付けば随分長い距離を歩いてきて、公園の終わりが見えた。煉瓦敷が途切れて素っ気ないコンクリに、道の色が変わっている。
その手前で五条が道を折れて、植栽の間にひっそりと建つ東屋に向かう。何となく従って歩いた。
少し座って休憩でもするのかと思っていたけど、東屋に踏み入る手前で五条は一歩脇へ避け、釣られて私も止まる。東屋の柱を背にして五条と向かい合う形になった。

「今更お前が察してくれるなんて期待するほど僕も馬鹿じゃないけどさ」
「やっぱり喧嘩売ってる?」
「違うっつってんだろ」

確かに今日の私の予想は外れてばっかりだ。
五条は何だか、とても怒っているように見えた。

「考えてみなよ。学生の頃から僕忙しかったでしょ?」
「そうだね」
「暇さえあれば同期や後輩とつるんでた」
「うん」
「他に女作ってる時間なんか無かったわけ」
「まぁ、そう…?」
「僕と一緒にゲーセン行ってマック行ってアイス食べて寮の談話室で寝こけてた女がこの世に何人いんの」
「………しょ「硝子って言ったらこのままブチ犯す」

脅迫である。
五条のやたら長い脚、その膝が私の脚を割った。靴のヒールがあってもまだ五条の頭は私より遥か高い位置にあって、ぐっと迫られるとほとんど真上になった。

「ねぇ」
「…」
「誰だと思う」
「………ま、待って…なんか、追い付けなくて、」
「お前のペースに合わせてたらジジイになるね」

眼前すぐのところに五条の胸がある。とても顔を見られる状態じゃなくて今はこの身長差がありがたい…と思っていたら、五条の手が私の顎を持ち上げて否応なしに目が合った。
五条が今日会ってから初めて笑った。

「いい眺めだね」
「…なにがよ」
「お前が女の顔してる」

「なにそれ」と返すのが精一杯だった。顔が熱くて堪らない。私の顎を持ち上げた五条の指が今度は頬に触れた。

「悪いけどこっちは仕留める気で来てんの。学生の頃から10年以上囲ってさ、今更逃すわけねぇだろ」
「しとめ…」

肉食獣に頸を噛まれてくったりとする草食獣の映像が頭を過ぎった。
10年以上、そうだ。五条は一目惚れだって言ってたから、高専入学の初対面から今まで、短くない経過がある。ここに来てもまだ、私には何だかこれが自分のことだという実感が湧かないでいた。混乱しすぎてどこにもピントが合ってない。私は相変わらず、迷い込んだドラマの画面の中にいる。

だけど、私がさっき想像した『特別な想いを寄せられてた女の子』というのは、いなかったらしい。それだけ分かる。そのことが自分でもびっくりするくらい私を安心させた。

「…じゃあ五条は、離れて行ったりしないんだね」
「逃がさないって言ってんでしょ」
「よかったぁ…」

ふへ、みたいな笑い方を、私はしたと思う。
五条は呆気に取られたような顔をして、その後ふと目の前が暗くなったと思ったら五条と唇が重なっていた。私は目を閉じる暇もなくて、離れていく綺麗な顔をぼんやりと見ていた。

「………五条いま、」
「舌入れなかっただけ我慢したと思わない?褒めて」
「いや私初めてだったんですけど」
「初めてじゃなかったら殺すけど」
「初恋の末の凶行やめて?」

五条悟の『殺す』はシャレにならないんだよ。

ただ、少し違和感があった。今より尖ってた学生の頃ならまだしも、大人になってからは『殺す』なんてそう口にすることもなかったのに。いや普通ないけど。

「…もしかして五条、照れてる?」

これを言うと五条はパッと顔を逸らした。それから何だか濁った声を上げて、がしがしと髪を掻き乱す。大人になってからはあまり見ることのなかった、学生の頃の五条の仕草だ。
逸らしていた視線を戻すと五条はやおら私の腕を掴んだ。結構ガッシリと。

「2秒あげる。今からこの近くにある僕のセーフハウスに行くか高専に戻って僕の私室に来るか、はい選んで」

実質一択じゃんと思ってる内に時間切れ、五条は私の腕を掴んだまま歩き出した。

「ごっ五条!」
「何」
「どこ行くの、」
「セーフハウスの方。定期的に清掃業者入れてるから安心していいよ」
「じゃなくて!なに、するの、そこで」
「何されると思う?」

五条は急に、ともすると冷笑にすら見えるような、薄い笑顔を作った。私が何も言えないでいると、五条はその笑顔のまま首を傾けた。

「談話室で寝てるお前を見て、俺が何を我慢してたと思う?」

ぴしゃんと頬を打たれたような気分がした。
そうだ、我慢を、五条はしていたんだ。10年以上ずっと。
どうしてそんなことをしてきたんだろう。その何でも掴める手をずっと、呑気に眠る草食獣の頸に掛けないでいたのは。

私の腕を掴む五条の大きな手を外して、両手で握った。それから五条の肩に額を預けた。

「…どういうつもり?悪いけど同情でも流されただけでも構わず食うつもりだから」

五条、いつもそうだね。憎まれ口で反発しやすくして様子を見るの。こんなこと言ってるけど私が嫌がったら何もしない。

「違うよ。連れてって」

五条は何も言わなかった。無言のまま私の肩を抱き歩いて、途中パッと景色が切り替わったりしながらいくらもしない内に分厚い扉の前に立っていた。

五条に服を脱がされるのは何だか不思議な気分だった。「五条も脱いでよ」と言ったら上をバサッと脱いでくれて、高専の中庭で夏油と水を掛け合って遊んでいた頃から随分逞しくなってて何だかドキドキした。
まさか今日、五条と、こんなことになるなんて思ってなかった。だけど少しも嫌じゃなかった。
初めては痛いのかなって思ってたけどそれはほんの少しで、後は何も考えられなくなってしまってあまり覚えてない。

調子のいいことを言うようだけど、私も昔から五条のことが好きだったのかもしれない。
だって任務から帰って談話室で寝ちゃって、起きると必ず五条がいて叱ってくれるのが、自分の部屋よりも好きだったんだよ。




***

ネタポストより
@高専時代に五条に惹かれつつも恋愛ごとは自分には縁が無いと割り切って生きてきた夢主、成人して数年後ふと「相手(誰か)から愛され(相手(誰か)を愛し)て生きていきたい」という気持ちを持つようになり、行動を起こそうとしたところへ待ってましたと言わんばかりに名乗りを上げた五条にこの上なく愛されるお話
A五条と同期の夢主ちゃんが元々五条に「顔良すぎやろ」ぐらいしか思ってなかったけど、ふとした瞬間恋に落ちるお話

…両方違いますねすみません!
いつもネタ提供いただいて『これ書きたい!』から始まったはずが、何故か『結果的にこうなった』の塊が残る不思議。
fallen dancerの色違いみたいになりましたね…

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