QED


あいつを一目見た瞬間からずっと居心地が悪い。
俺は誰とでも仲良くなれる根明じゃないが会う全員に噛み付く野良犬でもない。現に傑と硝子に対しては(たまにムカつくことはあるけど)それなりに楽しくやれてる。
それなら原因は相手にあって然るべきだ。つまり同級生のソウマミズキという女に。

あいつが礼を言うと特に腹が立った。世話焼きフェミニストの傑はいつも何かと気付いて手を差し出して、その度あいつは「夏油くんありがとう」と申し訳なさそうに笑う。申し訳ないなら助けが要らないように自立すればいいだけの話、傑だって硝子にはしないくせに何をそこまで気に掛けてやるんだか。

…というのを傑に言ったら、マジな態度で驚かれた。

「悟それ、本気で言ってるのか?」
「本気以外の何だっつーの」

傑は頭痛がするような苦い顔をして、親指を額に立てた。その仕草「煙草吸う奴の癖」って硝子が言ってたぞ不良め。

「あのなぁ悟、自分の感情の根本はきちんと紐解いておいた方がいい。相手を傷付けてからじゃ取り返しがつかないよ」
「紐解くも何もシンプルだろ、ムカつく、以上、QED」
「はぁ…だからそれが、…いや、もういい」

何で俺が『分かってねぇなコイツ』みたいな顔されなきゃなんねーの?アホらし。
横一列の机、俺の隣で傑は頬杖をついた。

「ミズキは以前に男子から虐められてたことがあって、恐怖心があるそうだよ」
「ハッ人間が怖くて呪術師やれんのかねぇ」
「今私は術師じゃなく女の子の話をしてるんだよ。話を聞くに、あの子を虐めてた男子の物言いは悟にそっくりだ」
「お、気が合うかもね」
「ふざけるな」

傑は眉間に皺を作って苛ついた態度で机を叩いた。
その直後、教室の戸が開いて話題にしてた当人と硝子が入ってきた。傑は机に乗せたままだった拳をパッと解いた。

「夏油くん、おはよう」
「あぁ、おはよう」

もう昼過ぎだけどな。
ニコ、に対してニコ、みたいな社交辞令の応酬。
それからあいつの目が俺に向く。傑を見る時とは違う、俺の出方を窺うような一歩引いた目。ムカつく。

「…五条くんも、おはよう」

返事はしなかった。

「ミズキは任務だったんだろう?お疲れ様だったね」
「近かったし低級だからそんなに」

それでも硝子と一緒に来たってことは全くの無傷じゃないだろう。弱い奴に気を遣うのは疲れる。
俺や傑が欠伸しながら祓う低級呪霊に、こいつは命懸けで挑む必要があるらしい。

「お前さ、術師辞めれば?」

気付いたらこれが口から出てて、さすがにマズったかと思ったけどまぁ事実だろ。無駄死にしなくても、俺や傑がいるわけだし。
さっき傑と社交辞令を交換してた目が俺を見た。何度か小刻みな瞬きがあって、あヤバ泣く感じ?と思ったけどそいつは不器用に笑った。今度はあっちが、俺に返事をしなかった。

そうしてる内に俺と傑に任務の呼び出しが掛かって教室を出て、案の定傑は怒った。

「悟いい加減にしろ、言って良いことと悪いことがあるだろう!」
「別にあいつ1人抜けた穴ぐらい俺とお前でカバー余裕だろ。弱い奴がわざわざ怪我しなくてもさぁ」
「それが事実か正論かは問題じゃない。…本当に言い方を改める気がないなら、せめてもうミズキに突っ掛かるのは辞めろ。嫌われても知らないからな」

廊下を歩いてる間に説教は終わったけど、補助監督の車に乗り込んだ後も傑は口を利かなかった。
窓から外を流し見してると、さっきのあいつの不器用な笑顔が思い浮かんだ。
ムカつく。
あいつのことを考えるといつも、肺の底がざわつく。
弱いくせに努力して怪我しに行って、傑にばかりニコニコして俺には一歩引いた態度、そのくせ頭から出ていかない。
だから俺はあいつのことが嫌いだ。これが、嫌い以外の何だってんだ。



数日後、自販機を目指して廊下を歩いてると角の向こうから傑の声が聞こえてきた。じゃんけんで賭けるか驚かしてやろうかと思いながら近付く内、話し相手が七海や灰原じゃないのに気付いた。声の調子がいやに優しいし、それにこれは、

「ミズキ、悟の言うことを真に受けちゃ駄目だ。私が言うと嫌味になりかねないけど…君は努力してるし実力も伴ってるじゃないか」

ウワーこれ俺が悪者のやつじゃん。立ち止まった。つーか傑も特級が2級に『頑張ってるね』の嫌味は自覚してんじゃねぇかよ。
そもそもどういう流れでこんな話してんの?傑はどういう顔でこれを言ってる?雰囲気的に手ぐらい握ってそうなんだけど?

「…どうして悟なんだい?正直、君に対する悟の言動は目に余るよ」

小さな声であいつが何か言った。

「…私にしなよ。優しくする、私なら…」

何を言うか考える前に壁の陰から出て傑の後ろ襟を掴んでミズキから引き離していた。俺を咎める傑の声が遠く聞こえる。
ミズキの腕を掴んで強引に歩いた。どんな表情で俺に引っ張られてるのかは見なかった…と言うより、見られなかった。

傑の声から充分遠ざかって、人のいない中庭に出たところで足を止めた。

「…お前、何さっきの」

違う、こんなのが言いたいんじゃない。

「…ごめんなさい」
「何が」
「迷惑はかけない、ちゃんと諦めるから」
「誰が迷惑っつったよ」
「言われてはないけど…そうでしょ?」

確かに自分の言動を見直せばそう思うのが自然だろう。じゃあ何で諦めると言われてこんなに焦ってるのか、情けねぇ、今気付いた。
肺の底がざわつくこの感じ、傑にばっか笑顔を向けるのが腹立たしくて、用もないのに目で追う。

「…好きだっつってんだろ」

腕を掴んでからずっと顔を背けたまま来て、ここで始めて振り向いて見た。目の合ったミズキは顔を真っ赤にしてて、口をはくはくさせてから、「…え……?」と声を上げた。
それが、本当に、心地良かった。
そうかずっと、一番に俺を見て、俺だけに笑ってほしかったのか。





「恋だって気付くのに入学から今までかかったって何、渾身のギャグ?」
「うっせ」

硝子がからからと笑った。
何でも、傑と硝子は俺がミズキに惚れてるのを最初から分かっていたらしい。

「初対面の場で『うわ人が恋に落ちる瞬間て初めて見た』って思ったもん」
「まさかあれで自覚がないとは信じられなかったね」
「お前らそろそろマジで黙れ300円やるから」

もう充分揶揄っただろ。
他人事をネタにして笑う奴等は放っといて、ミズキの手を愛でる作業に戻った。白くて柔くて小さい手を、俺はずっと握ったり撫でたり指を絡めたりしている。これすげー癒される。

「で何で五条はミズキに手限定のセクハラしてんの」
「言い方に悪意あんぞコラ。ミズキが手なら触っていいって言うんだよ」
「五条くん、ちょっと違うよ…?」

ニアリーイコールだ。
両想いと分かってすぐ、俺は今までの態度を謝った。それから「ちょっと抱き締めてみていい?」と聞いたけど、ミズキはぶんぶん首を振った。「心臓が壊れるからだめ」なんだそうだ。可愛いが服着て歩いてる。
それでミズキから出た妥協案が「握手なら」だったわけだ。だから手は触っていい。合意。

ミズキ本人と同じように照れて縮こまって逃げようとする手を捕まえて指を交互に絡ませると、ピンク色の小さい爪が恐る恐る俺の手を握り返してくれた。人の手ってこんな柔らかいか?

「ハーーー今なら徹夜任務押し付けられても笑って許す…」
「五条くん身体壊すよ…?ちゃんと寝てね」
「優しい…又聞きだけどこんな優しいお前のこと虐めてたクソ野郎がいたんだよな…そいつの背格好と人相だけ念のため聞いといていい?」
「お前だよ馬鹿」

うるせーぞ硝子、俺は改心したんだよ。
隣の傑は頬杖をついたまま肩を竦めた。

「ところで、ミズキはこれで良かったのかい?悟の手のひら返しに反感持ったりは?」

ミズキは首を振った。

「五条くん、言い方は厳しかったけど正論だし、謝ってくれたし」
「ミズキは甘すぎ。『舐めんなクソカス』くらい言ってやんなよ」

ミズキは困り顔で笑った。この笑い方に前は一々腹を立ててたけど、今はもう可愛いとしか思わない。

「夏油くんもごめんね。自販機の向こうに五条くんがいるの分かってて、あんな嘘まで」
「あれ、私は嘘だなんて言った覚えはないけど」
「ぇ、…え?」
「傑テメェ…表出ろよ」
「寂しんぼかい?1人で行きな」

俺が涼しい顔をしてる傑の胸倉を掴むと、硝子がミズキの手を引いてサッサと避難していった。
そこから夜蛾先生の拳骨が介入するまで俺と傑はガチめの喧嘩をして教室を半壊させた。
まぁそれでその夜、硝子に治療放棄された傷をミズキが消毒して絆創膏を貼ってくれたから、結論俺に不満は無いわけだ。



***


ネタポストより『高専の同級で悟と両片想い。 しかし過去に不遜な性格の男子から陰口を言われた経験が小さなトラウマとなり異性と関わることが苦手なヒロイン、好きな悟とさえも上手く接することができずにいたが悟の方から歩み寄ってくれて結ばれる。 (実は朗らかな傑とは比較的接することができていたヒロインを見て行動を起こした悟)』

書きながら『何かこれリクエストと違くないか?』と思ったのですがそのまま走りました。すみません。書いてる内に楽しくなって脱線して帰れなくなりがちです。

×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -