こういうこと


「で、どうなの」

野薔薇の目は確信に満ちていて、『どうなの』の後ろには疑問符よりも『ネタはあがってんのよ』が続きそうだった。
ミズキは小さい頃に見かけた刑事ドラマを思い出して苦笑した。

「どう、かぁ…」
「好きなんでしょ伏黒のこと」

ズバリ核心である。オブラートも何もあったものではない。

「いつ告白するのよ、今日?」
「しないよ」

同級生の伏黒に恋をしてしまったことは否定出来ないけれど、ミズキの言い方はきっぱりとしていた。野薔薇は絵に描いたような不服を見せた。

「呪術師なんて明日死ぬかもしんないのよ、黙ったままでどうすんの!」
「私が今日告白して明日死んだら伏黒くんしんどくない?」
「揚げ足取んじゃないわよ、みすみす後悔すんなって言ってんの」

野薔薇の意図は勿論、ミズキに伝わっている。それでもやはり、ミズキには伏黒に告白するつもりはなかった。彼女は困ったように笑って見せた。

「もし伏黒くんに告白して、無さそうだけど…もし実ったとして、きっと私、耐えられないよ」
「まぁムカつくわよねあのムッツリ野郎」
「いや片想いの相手ね?…違くて、釣り合い的な話」

このミズキの主張について野薔薇は最後まで納得しなかったけれども、とにかくミズキは告白をする意志がないのだという一点についてのみ、守り通した。
最終的に野薔薇は溜息を吐いて、自分の髪に手櫛をした。彼女の厳選したヘアトリートメントの香りが立つ。

「…ま、無理強いすることじゃないわね。悪かったわ」
「野薔薇ちゃんのそういうとこ好きだよ」
「それを伏黒に言えってのよ…まぁいいけど」

例えば自分が野薔薇のように自信に満ちて美しく強くあれたなら、伏黒に告白するだろうかとミズキは思いを巡らせてみたけれど、思い浮かんだのは恋を実らせる自分ではなかった。ものの言い方は強くても優しく芯の通った野薔薇と、仕方ないという態度でそれを見守ってやる伏黒、この方がいい組み合わせのように思えたのである。野薔薇は激昂するだろうから伝えないけれど。

野薔薇がひらひらと手を振って去ってから少しして、ミズキのいる教室に虎杖と伏黒が任務から戻ってきた。つい今し方話題にしていた片想いの相手にミズキは目を泳がせて、「おかえり」の言葉の頭を少し詰まらせてしまった。
いつも通り人懐っこい虎杖はにこにことして教室に踏み入って、伏黒がゆったりとそれに続く。

「ソウマ1人?釘崎は?」
「ついさっきまでいたよ。私ももう寮に戻るとこ」
「そっか、お疲れ!俺らも報告書終わったら戻るな!」

ミズキは席を立ち、虎杖と伏黒に視線を巡らせて無傷を確認した。

「2人ともちゃんと無事?かすり傷だから平気とか言わないでね」
「言わん言わん。伏黒と一緒だったし、な!」

「な」のところで虎杖が伏黒を振り返り、伏黒はほとんど表情を動かさずに「あぁ」みたいな、おそらく肯定と思われる声を漏らした。
それでもミズキには充分な答えだったようで、彼女はふんわり表情を緩めると「よかった」と多少の挨拶を残して去っていった。

「…で、どうなん?」
「何がだ」

ミズキの去った教室で虎杖が伏黒を覗き込み、伏黒は顔を逸らした。逃げを打つということはつまり、伏黒も何について問われているか自覚している。虎杖は付近に人の気配が無いのを一瞬確認し、ほんのり声を落として「ソウマのこと」と言った。

「好きなんだろ?告白しねぇの?」
「しねぇよ」

伏黒は誤魔化すのを諦めて、きっぱりと断言した。

「何で?そりゃ行動起こすのは勇気いるけどさ、もうちょい攻めても良くね?」
「そうじゃない、迷惑になるだろうが」

伏黒恵に好かれて迷惑がる女子というのを、虎杖は上手く想像出来なかった。彼にしてみれば仲の良い級友2人が結ばれたらとても喜ばしい、しかも美男美女と言って差し支えない…という純粋な気持ちからのお節介である。
見るからに不服そうな虎杖を一瞥して、伏黒はがしがしと首の後ろを掻いた。

「4人のクラスでそれやったらどう転んでも迷惑だ。そもそも呪術師なんていつ死ぬか分かんねぇ」
「まぁ無理強いすることじゃねぇけど…伏黒には世話んなってるし、後悔してほしくないと思ってるよ」
「後悔しない」

告白も後悔もしないという。虎杖は『無理強いすることじゃない』と自分で言いながら、やっぱり納得はいかなかった。それで少しだけ、余計なことを言ってみようと思った。

「前から思ってたけど、」
「何だ」
「ソウマっていい匂いするよな」

伏黒の拳が虎杖の脳天を強かに殴った。
告白も後悔もしない、しかし諦めもしないらしい。





4人での任務を終え、夕食を済ませて帰ろうとしていた夕方だった。流行に敏感な野薔薇と楽しいことに積極的な虎杖が一緒にスマホを覗き込んで店を探して、伏黒とミズキは一歩離れて話がまとまるのを待っていた。
雑踏の中から急にミズキを呼ぶ声がして、見ると同年代の少年が1人近寄ってきた。彼の顔を見たミズキが表情を曇らせたその僅かな変化に、伏黒は気が付いた。

「お前高校、なんてとこ行ったんだっけ?そいつら同級?」
「…まぁ、」

中学での同級生だったらしい。
ミズキの態度から親しい間柄でないのは明らかで、土足で踏み込んでくる態度を見るに無理もない話だと3人は思った。さっさと去ってくれればいいものを、下手をして今から食事に行くところだとバレたら一緒にと言い出しかねない雰囲気すらある。
野薔薇の直感が冴えた。この男、ミズキに気があるのだ。
野薔薇は伏黒の腕を強く引き、小声で彼を叱り飛ばした。

「何ボーッと突っ立ってんのよ寝てんの?!あのいけ好かないダサ男を追っ払いなさい!!」
「…毎秒揉め事起こすな。相手は非術師だぞ」
「チャンスだって言ってんのよ間抜け!元埼玉一の不良の名が泣くわよ!」
「一度たりとも名乗ったことねぇよ」
「釘崎、挨拶がわりに喧嘩売るのやめな?でもさ伏黒、実際ソウマ困ってんじゃん。助けると思って、な?なっ?」

結果、虎杖と野薔薇に(物理的に)背中を押される形で伏黒はミズキに歩み寄った。伏黒が呼ぶと、同級生の男の話を聞き流すことに専念していたミズキの顔にパッと表情が戻る。

「ソウマ、…時間が押してる」
「あっうん!ごめんねすぐ、」
「ふーんでもさぁ、さっきあっちの2人がメシどこ行くって話してたじゃん。時間あんだろ」

この男意外に場を把握している。
適当な誤魔化しで穏便に運ぼうしていた伏黒は面倒になって、男をじろりと睨み付けた。

「それは分かるのにソウマが迷惑がってんのは分かんねぇのか?お前に構う時間はねぇっつってんだよ」
「はぁ?筋合いねぇし。何、コイツに気があるわけ?お前ソウマの中学の頃のこと知らねぇだろ。コイツさぁすげぇ根暗女だったんだぜ、図書館でオカルト記事読んで暗い裏路地歩いたりとか」
「だから何だ」

伏黒の表情は少しも動かない。
男が言ったのは術師にはありふれた行動で、ルーティン的な巡視といったところである。ミズキのその行動に日常を守られていたことも知らずに嗤う男は、伏黒のことを二重に不快にさせた。
それで、男が馴れ馴れしい様子でミズキの肩に触れようとしたのを見た瞬間、伏黒は男を思い切り殴り飛ばしていた。

「汚い手で触んな」

冷たく吐き捨てた伏黒の言葉は、地面で伸びている男には聞こえていなかったに違いない。


それから、結構大変なことになった。

まずは完全に伸びてしまった男を呆然と見ていたミズキが「…伏黒くん、呪力、そのまま?」とぽつり。虎杖が覚えたての『残穢を見る』という技を実践してみると、成程確かに男の頬には伏黒の残穢がクッキリ残っていた。あと拳の痕も。
とりあえず騒ぎにならないよう男をベンチに移動させ、野薔薇が電話で五条を呼んだ。最初「えー僕忙しいんだけど」と言っていた五条だったけれど、野薔薇が経緯を掻い摘んで説明する内に「待ってすぐ行く」と言い出し、本当にすぐに現着した。
現着した五条は男の頬に付いた伏黒の残穢を、わざわざ目隠しを取りまでして見て、腹を抱えて笑った。当の伏黒は額に手を当てて『やっちまった』感全開である。

「ウケる今年イチ面白いハプニングもう起きちゃったじゃん無理」
「とりあえずこのダサ男、足が付かないように始末してほしいのよ」
「釘崎、言い方」
「事実でしょ」

そこそこ呑気に話しているけれど、2級術師が呪力を込めて非術師を殴ったとなると問題になる。
自分を原因にして伏黒に面倒をかけてしまったと悩んだミズキは、五条に詰め寄った。

「先生、」
「うん?」
「私っ…私が、殴りました!」

無理がある。
残穢から見ても、膂力の面でも。五条は数秒間ポカンとしていて、またゲラゲラ笑った。

「そっか、そっかぁ!ミズキも随分鍛え…ブフッアハハハ!」

道行く人が五条の大笑をちらちらと見て行く。ミズキは恥ずかしくなって顔を覆った。
五条は気の済むまで笑うと呼吸を整えながら、まだ笑おうとする口元で「恵」と呼んだ。

「ミズキはこう言ってるけど、お前はどう?」
「俺が殴りました。そいつがソウマに触ろうとして腹が立ったんで」
「へぇ、そう」
「減俸でも謹慎でも受けますけどそいつに謝ることはしません」

五条は今度はニヤニヤと笑い出し、完全に伸びている男を小脇に抱えると逆の手の親指を立てた。

「ふっふっふGTGにまっかせなさーい!完璧に隠蔽してあげよう!」
「さすが呪術師よね、仄暗い方向に頼もしいわ」

虎杖も今度は野薔薇の物言いを咎めることはなく、五条に軽々と待たれて小さく見える男がそれなりに社会復帰出来ますようにと祈っておいた。
それからその男がどうなったのか、4人は知らない。少なくとも伏黒が謹慎を言い渡されることはなかったし、ミズキの耳に同窓生が行方不明だとか不穏な知らせは届いていない。

ただこの出来事の後伏黒とミズキが一緒に出掛けたり、休日を2人で過ごすようになったことについて、周囲は喜ばしく思うばかりである。





***

ネタポストより『伏黒くんと夢主の同級生両片思い話。1年生たちのわちゃわちゃ楽しそうな話』

本誌が辛くて(もうずっと)こういうの書きたい!と思って書いたのですが、わちゃわちゃする1年生達と先生してる五条さんを見て何か泣きたくなるという矛盾…

ネタ提供ありがとうございました!

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