拍手再録》give it backの浜辺と叶えられた祈り


元日、夜明け前に皆で集まって初詣に行って、神社近くの海岸で朝日を見る…なんていう、いかにも青春な計画を、愛しい子は嬉々として教えてくれた。
早朝っていうより未明、真っ暗な中でアラームが鳴ると、いつもはお寝坊さんな恋人が跳ねるようにベッドから起き出して身支度を始める。
いつもなら「朝だよ」って起こしたら「やだ…あと5分、せんせ、抱っこぉ…」って、しっかり者の昼間からは想像出来ない可愛い甘え方をしてくれるこの子が。
微笑ましくてベッドの中から身支度する様子を眺めてると、しっかり目覚めたキラキラのお顔が僕を起こしに来てくれた。

「先生、おきて。初詣いくの」
「んーあと5分抱っこして」

身に覚えのあるフレーズだったらしい。愛しい子が黙っちゃったのを楽しく眺めてると、僕の大好きな小さな唇が寄ってきて、頬にキスをくれた。

「ベッドから出てきてくれたら、好きなだけハグします」

僕より一枚上手ってやつ。
すっかりお出掛けモードになった可愛い姿は届かないところまで逃げちゃって、僕はデレデレしながらベッドを出た。

何やら御利益のあるらしい神社は真っ暗な中でも混み合ってて、隣で手を合わせる真剣な横顔を盗み見てたら、自分の願い事を考える前に願掛けの時間は終わってしまった。
真希、棘、パンダ、恵、悠仁、野薔薇、それから愛しい恋人と、僕。人混みでもまず逸れない、目立つパーティ。

「随分熱心だったけど、何を願ったの?」

焚き火の周り、紙コップで甘酒をちびちび飲む恋人に聞いてみると、紙コップに口元を隠すようにして「内緒です」って言われた。
僕に出来ることなら、神様より具体的に叶えてあげるのにな。

「人の願掛け聞き出そうとすんじゃないわよ」

隣から野薔薇の、新年初説教が飛んだ。

それから空が白んできた頃になって、日が昇る前に急いで海岸に移動した。どうにか間に合って水平線からの朝日を見る。

真希と野薔薇が素足になって波打ち際に立った。僕の恋人はタイツを脱ぐのをためらって辞めたらしい。
足を濡らさないで海水に触れようと、可愛いじゃれあいを始めた。
恵は近くでそれを見ている。野薔薇が海水を頭上に散らすとあの子は笑いながら悲鳴を上げた。
棘とパンダは追いかけっこでぐるぐる走り回っている。
悠仁がその全体を動画に撮っている。

七海が言うように、呪術師はクソだ。
予期せぬアクシデントで、血の因果で、特殊な生まれのせいで、劣悪な環境から抜け出すため、
それぞれの理由や動機や原因で僕らはここにいる。
そうやってやっと笑い合えた仲間を明日失って死体も残らないかもしれない。
今この瞬間は針の上で回る独楽みたいに脆い。

分かってる。
呪術師はクソ。
分かってるよ。
でも僕はこの瞬間を、素直に『綺麗だ』って、喜んでいたいんだよ。

愛しい子が「先生」と僕を呼んだ。
眩しい子。尊くて愛しい僕の神様。

歩み寄ると、小さな小さな、小指の爪ぐらいの、でもきっちりホタテの形をした貝殻を見せてくれた。
そうか、それがほしくて波とじゃれてたんだね。
僕には神様が神様を拾ったようにしか見えない。
今、ここは、綺麗だ。

「ねぇ、卒業したら僕と結婚してよ」

気付いたら言ってしまってた。
愛しい子が大きな目をさらに大きく見開いている。悠仁も。恵と真希は半眼、禪院ってそうなの?
野薔薇は舌打ちする手前みたいな顔で、棘とパンダはニヤニヤしてる。こんな時って特徴出るね。

本当はね、こんなノリみたいな感じでプロポーズしようなんて思ってなかったんだよ。
適当なパーカーに上着引っ掛けただけの格好でさ。指輪だって内緒で作ってるけど今持ってきてないし。
愛しい子は小さな手に小さな貝殻を乗せて僕に差し出した姿勢のまま固まっている。野薔薇がそれを小突いて「返事」と言った。

可愛い目が居眠りから覚めたみたいにハッとして、それから小さな貝をぎゅっと握り締めて、
小さな身体が僕の胸に飛び込んできてくれた。
それで、小さな声が僕の腕の中で「お嫁さんにしてください」って言った。寒がりの子猫が懐に潜り込もうとするみたいにして。

「ありがとう…愛してるよ」

照れ屋さんなのに。いつも他の生徒の前でくっつくと逃げちゃうくせに。
苦しい。幸せすぎて苦しい。

「担任教師が同級生にガチで言う『愛してる』って聞きたくなかったわね」

はは、確かにね。ごめん野薔薇。

「術師なんて明日死ぬかもしんねーだろ、今日結婚しちまえよ」
「あとさっきのをプロポーズとは認めないわ、やり直し」

真希も野薔薇も何だかんだ優しいんだよね。

「そうだね、ちゃんとやり直すよ。何か希望ある?」
「いま幸せだから、このままがいい」

あぁもう認めるよ、ベタ惚れなのは僕の方。僕はこの子に敵わない。
でもそれってさ、幸せの行き着く先なんじゃないかな。

それから腹も減ったし帰ろうって話になって、だけど愛しい子が僕の袖を引いた。
どうしたのって聞いたら、さっき初詣したばかりの神社にまた行きたいらしい。

「お願いがもう叶っちゃったからお礼に行きたいの」
「それは行かなくちゃね」

「ちょっとATMだけ寄ってもいいかな」って言ったら、恵が「アンタいくら入れるつもりですか」って呆れ顔をした。
悠仁と棘とパンダが嬉しそうに囃し立てる。

朝日で海がきらきらとしている。
愛しい子が僕に笑って、その金色の光に輪郭を溶かしている。
僕はどうしても今この時にキスがしたいと思ってしまって、でもこの子は恥ずかしがるだろうと思ったから、解決策を講じたわけだ。

「あーみんな5秒…いや10秒目ぇ閉じてて」

まぁちゃんと良い子で閉じてたのは、キスをした可愛いお目目だけだったけど。

さぁこれから、僕らの願いを叶えてくれた神様にお礼に行こう。
終わったらどこかで朝ごはんでも食べてさ。
それから帰って、一緒にベッドに潜り込んで、そしたらもう一回結婚してって言うんだ。
クローゼットに隠してる指輪も、ちゃんと渡すよ。

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