「本当にすまない…限度を考えるべきだった…」

ミズキが目を開けた途端にまた頭を下げた。

眠ってしまったミズキの身体を清めて服を着せて、その時既に時計は深夜を指していたのだが、夕方ミズキが帰ってからずっと?ということは、どれだけ自分は…とヘッドボードの避妊具の残数から逆算して、眠る彼女に詫びた。
情けないことこの上ないが、この状況には非常に覚えがある。祝言の夜を過ごした翌朝、水を取りに部屋を出たら父上から『加減を考えろ馬鹿者、昼まで寝かせておいてやれ』と叱られたのだ。ご尤もです父上。俺はまたやらかした。

ミズキがふっと笑って話そうと口を開いたのだが、枯れた喉では声が乗らず掠れた音が漏れただけで、俺はペットボトルの蓋を開けミズキの上体を支え起こして、小ぶりな唇に水を含ませた。
こくりとミズキの喉が鳴った。

「なつかしいですね」
「情けないよ」

ミズキがふふと笑った。
部屋の明かりはベッドボードの読書灯だけで、カーテンの向こうの暗さに時間を気にしたミズキへ時間を教えると、彼女はとても驚いた。

「腹が減ったのではないか?食べたいものを教えてくれ」
「確かにお腹が減りましたね」

ミズキは少し考えた後、「目玉焼きと、おむすび」と言った。

「あい分かった!」

それなら出来る!気遣いに感謝する!




それから春休みを利用して、まずミズキのご両親に交際の許可をいただき、結婚を前提とした交際であることを切に訴えて同棲の許可もいただいた。
俺の短大とミズキの職場(つまり俺の母校ということになるが)に通える位置の部屋を急いで探してバタバタと引っ越した。
正直なところ母上が色々見越して不動産屋へ足を運んで適当な物件を既に絞り込んでくださっていたので、内覧と契約はものの数時間で済んだ。母は偉大である。

周囲の全ての人に助けられてミズキとの生活は整い、忙しいながら涙の出るほど幸せな日々が始まった。
ある時ミズキとベッドに並んで寝転んで、胸を開いて見せたいぐらいに幸せだと伝えたら、彼女は涙ぐんで笑ってくれた。

「杏寿郎さま。痛いくらいに、見せたいくらいに、しあわせですね」
「うん」
「約束通りに私を見付けて、また私を選んでくださって」
「途方もなく長い間俺を待って、どうしようもない子どもなのに愛想を尽かさないでいてくれて」

「ありがとう」と言い合って手を繋いで笑った。

「ミズキ、俺を呼んでくれないか」
「はい、杏寿郎さま」
「…もう1回だけ、どうだろうか」
「…えっち。もうだめです」

ミズキがくすくすと笑った。あまりにも愛いので録画用にもう一度言ってくれないかと割と本気でお願いしたら、「それは嫌です」と言われた。
仕方なく心の中に思い出として大切に仕舞って、気を取り直しミズキに覆い被さってまたキスを始めた。

駆け足の教育課程を経て俺は無事教員免許を取得した。
思えば、前世で子どもだった頃から、学校の先生というものに対して憧れを持っていた気がする。
炎柱を襲名する己の責務を恨んだことは無かったにしても、行ったことのない学校というものへの憧れは密かに持っていた。
確認したことはないが、ミズキが教員になった理由も、俺と遠からぬものではないかと感じている。彼女は蝶屋敷に来る前は女学校に通っていたが、鬼に全て奪われてしまって已むなく退校の手続きを取ったと聞いている。

これからは剣でなく学問で人を導いていける。そしてその傍にミズキがいてくれる。
「幸せ過ぎて恐ろしいくらいだ」と漏らしたら、ミズキは笑って「これくらい当たり前だと思うくらいになられなくちゃ」と言った。

初任給は両親のために使えとミズキが譲らなかったので、2回目の給料と在学中のアルバイト代とで彼女に指輪を贈る約束をしてある。
何と言って渡すのが良いかと考えたのだが、結局高校の入学式後に発したのと同じ言葉しか出てこなかった。

「ミズキ!」
「はい」
「俺と結婚してくれ!」

「是非」と、ミズキは声にして言った。
そうして、俺の一等好きな顔で、笑った。



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