今回の文化祭には、ミズキの短大の頃の友人が来ると聞いていた。卒業以来会うのは久しぶりだとミズキが喜んでいて微笑ましく思ったし、当たり前に女性を想像していた。いや事実女性だったのだ、女性だけではなかったというだけで。 「ミズキ久しぶりー!!相変わらず可愛いなーそろそろ補導されなくなった?お酒の年齢確認は卒業した?」 「もう、そればっかり…!この前スーパーでお酒買えたから!」 その場に俺もいたのだがあれは料理酒だったとはミズキの名誉のため伏せておく。しかしながら補導の件を否定しなかったことについては後で尋ねてみようと内心に書き留めた。 ともかく、久しぶりに会う友人にミズキははしゃいでいるようだった。祭の喧騒の中にあっては教師と生徒が立ち話をしていても気に留める人間はなく、比較的堂々と一緒にいるところへミズキの友人が訪れたのだった。 俺が立ち去る様子を見せないので友人の目がこちらに向き、俺はまた母上の書道教室の話に世話になりながら自己紹介をした。 「うわー!こんなイケメンの幼馴染がいるなら教えてくれればいいのに!あ、幼馴染くんほどじゃないけどそれなりな感じの連れて来たよ」 「ちょ、紹介が雑!あ、…初めまして」 自己紹介をしたその男の顔を見た瞬間に分かった。この男、ミズキに気があるのだ。千寿郎が以前、前世で未亡人となったミズキに言い寄る男が後を絶たなかったため次第に初見で下心の有無を察知出来るようになったと話していたことがある。その感覚をこの時理解することが出来た。 俺はミズキの友人に声を掛け、その男に声が届かない程度の距離まで誘導した。 「突然申し訳ない」 「ううん、どしたの?」 「実はミズキには随分前から惚れている。学生の身では迷惑になってしまうから伏せているが、卒業すればすぐにでもと思っているのだ。だから申し訳ないが、どうか協力していただきたい」 友人はポカンとして聞いていたが、俺が言い終えて少し経つと興奮気味に頬を紅潮させて何度も頷いた。 「わ、わ!すごっ!イケメンすぎない!?もちろん応援するする!推しカプだわぁ…!」 「うん?よく分からんが協力感謝する!」 「いえいえ、むしろ余計なの連れて来ちゃってゴメンね。あれ、私らのひとつ下なんだけど、在学中からミズキのこと紹介しろってうるさくてね」 「ほう」 ふとミズキの方を振り返ると、スマホを手に前のめり気味になっている男に向けて彼女が困った顔で首を振っている、『いかにも』な場面だった。努めてにこやかな表情を保ってミズキの背中へ歩み寄り、細い肩に手を置いた。 「遠いところ御足労いただいたのだ、祭を楽しんでくるといい!」 掴んでいるのはミズキの肩なので羽毛を手に掬う力加減にしているが、その分顔がどんな表情になっていたかは我ながら定かでない。とにかく男は顔を引き攣らせつつもまだ食い下がろうとしているところを、ミズキの友人に後襟を掴まれて引き摺られていった。途中友人が笑顔で手を振ってくれたのでこちらも至極にこやかに手を振り返したのだった。 それでやれやれ一難去ったと思っていると、脇腹辺りのシャツがついっと引かれる感覚があり、見るとミズキが目を伏せて心なしか唇を強く結んでいるようだった。 「…楽しそうに」 「うん?」 「お話なさってるように見えました」 3秒ほど言われた意味が掴めずにいたのだが、随分とまぁ可愛らしい嫉妬心を見せてくれたと把握した途端に溢れんばかりに高揚し、ミズキの腕を掴んで校舎に入った。そのまま大股に歩いて英語科の準備室へ至ると戸惑っている様子のミズキに鍵を開けさせ、雪崩れ込むように暗い部屋へ入ってぴしゃんと戸を閉め鍵も閉めた。 叱られるものと身構えていそうなミズキを抱き締め髪に鼻先を埋めて深く吸い込むと、いつもの甘い匂いが俺の身体中を満たすような心地がした。 文化祭の最中とあって準備室のある廊下に誰もいなかったのは幸運だったけれども、誰かいたとしても我慢が利いていたかは確証が持てない。 俺の名前を呼ぼうとするミズキの唇に噛み付いて『校内だから』との窘めに先手を打った。 カーテンも開けていない、廊下にも誰もいない、鍵を掛けた部屋にふたりきり、可愛らしい嫉妬心、これで我慢が出来るほど俺は堪え性のある人間ではない。 柔らかい唇に割り入って奥で縮こまる舌に擦り寄ると、ミズキから鼻に掛かった声が漏れた。 「…ミズキ、」 「、は…ぃ」 「嫉妬をしたか」 ミズキの柔らかな身体がぴくりと竦み、叱られる支度をしたようだった。それで俺は叱る意図はないと示す意味で、彼女から唇を離し至近距離にある頬や髪を撫でた。 入学したばかりの頃ならば踵のある靴を履いたミズキとはあまり身長差がなかったものが、今や抱き締めて見つめ合うには彼女が首を反らせなくてはいけない。こんなに小さかったろうかと思いもするし、そうだずっとこんな風にすっぽりと抱き締めてきたのだと懐かしい思いもする。 「まったく昔も今も、堪らなく愛いなぁ」 「…怒ってらっしゃらないの?」 「まさか。ミズキに嫉妬してもらったのは初めてで、浮かれている」 ミズキはその硝子玉のような目を丸く見開いた後で優しく細め、腕を伸ばして俺の首に抱き着いた。 「かわいい」 幼子の頃ならともかく、そんなことを俺に言うのはミズキだけだと告げると、彼女は嬉しそうに「そうですね、わたしだけ」と言った。 |