宇髄天元の場合(後々)
天元さんはキス魔らしく、日に何度も隙あらばキスをする。相変わらず窓から堂々不法侵入してきて、挨拶とばかりに1回、食事の準備を邪魔しながら1回、食べ終えて1回、以下略、という具合に。
ただ、お付き合いは、していない。
え、してないよね?というかよく考えたら告白もハッキリとはされてないよね?
だって『好きな女の顔に傷作られて笑ってられない』と『お前だわ馬鹿』を足すと三段論法的に天元さんが私を好きということになるかもしれないけれど、ハッキリ好きって言われたこともなければ『付き合いましょう』とか『恋人に』みたいなことも言われていない。
さすがにそこそこ好かれてるとは思うけれど、あんな美術品みたいに綺麗な人の恋人が自分っていうのも、何だか想像がつかない。

ただ、私の方は、ほいほいと好きになってしまったのだから困ったものだ。絶対苦労する、だってあんなにバレンタインにチョコもらう人が恋人だなんて。いやだから、付き合っていないのだけれども。

そろそろ、なし崩し的にスキンシップを許すのは終わりにしなくちゃいけない気がする。天元さんは束縛を嫌いそうだし、離れていってしまうかもしれないけれど。ただ、戯れにキスをされる度虚しくドキドキしてしまうのは、これ以上耐えられそうにない。

今日こそ言う、絶対言う、と意気込んでいる時にカラカラと窓が開く音がしたものだから、何を思ったか私は咄嗟に、座っていたベッドに寝転んで狸寝入りを決め込んでしまった。いや待て今日こそ話をするって決めたんじゃなかったか自分、でも待ってどう切り出すかまだ下書き出来てないの!と思ってるうちに寝室のドアが開いて、音もなく天元さんが入ってきた(見てないから多分)。

「…ミズキ、寝てんの?」

寝てますなので出直していただけませんか!

「めずらし」と声がしてベッドのふちが少し沈んだ。座った?続いて目元にかかった髪が優しく払われる感触がした。

「あーこりゃ派手に寝てんなぁ、起きる気配がねぇ。折角来たのによ」

こちらはとにかく表情を動かさないようにというばかり。普段の自分の寝顔なんて知るはずもないけれど、それに近付けようと必死だ。
半身になって寝ていた肩がそっと押されて仰向けにされた。すると、唇に柔らかい感触。あぁまただ。複雑な心境だけど、よく覚えてしまった天元さんの唇の感触に間違いなかった。
ちゅ、ちゅ、と何度か触れた後、頬を指の腹が撫でた。

「なぁミズキ、寝たまま聞いてくれな、…そろそろしてぇんだけど」

ピク、と少し強張ってしまった自覚がある。さすがに意味は分かるのだけれど、受容できるかどうかは別だ。だって、付き合ってもいないのに。
そろそろ『今目が覚めました』みたいな顔で起きるべきかなぁと思っているところで、不意にTシャツの裾からすすと大きな手が這入ってきて、危うく声を上げるところだった。
え、うそ、このまま進める!?さすがに許可なく越えていい線じゃなくない!?私の意思はどうでもいいの、とか身体目当て、とか色んな言葉が頭を駆け巡って喉にまで虚しさが込み上げて、閉じたままの目に涙が溜まって流れていった。そしたらもう寝たふりなんて保てなくて、手の甲を瞼に押し当てて目元を隠した。
みぞおち辺りを這っていた天元さんの手がギクッと強張った。

「な…っ泣くほど嫌か!?悪い、悪ふざけが過ぎた」
「…ひっく、寝言です、ぜんぶっ」
「うん、寝言な、聞かせてくれ」

天元さんの手は服の中から出ていって、優しく頭を撫で始めた。

「やめてっほしい、かなしい」
「…ごめん」
「こんなのおかしい」
「うん」
「キスするのだって、恋人でもないのにっ」
「はぁ?」

急に天元さんが場違いに間の抜けた声を出すから、寝たふりのことも忘れて目を開けてしまった。綺麗な目を丸く見開いた天元さんが、私を見下ろしていた。
『はぁ?』って、どのへんが?と私は天元さんの意図を汲めず、ひとしきり間抜けな顔で見つめ合った後、天元さんが額を押さえて深く溜息を吐きながら私の上から退いた。

「根本的な誤解」
「はい?」
「俺は付き合ってると思ってた」
「………なんで!?」
「逆にこっちがナンデだわ付き合ってもない相手にこんな何回もキスしねーよ普通!」
「だって何にも言ってないっ!付き合おうとか、好きとか!」
「んなもん言……………、……ってねぇか」
「ほらぁ!」

なんだかもう馬鹿馬鹿しい、とりあえず私の涙を返してほしい。
これはたぶん、天元さんは言葉が足りず、私は考えすぎだったということで良さそう、なのかな?

天元さんは俯いていたところから顔を上げて、改めて私に覆い被さった。…んん?

「ミズキ」
「は、はい」
「好き、すげー好き、周りにも本命の彼女できたってもう言った」
「へ…っ!?」
「目が好き、鼻も口も髪も好き、声もいい、メシが美味い、料理してる後ろ姿好き、邪魔したとき怒るの可愛い、風呂上がりのちょっと赤い耳舐めてぇ」
「んな…っ」
「俺と付き合ってくれよ、そんでそろそろ合鍵ほしい」
「あ…窓からは、さすがに嫌なんですね…」
「当たり前だろが」

天元さんの顔が降りてきて額が触れた。相変わらず綺麗なお顔なのだけれど、何だか笑えてきてしまって、額を触れ合わせたままアハハと笑い合った。合鍵くれって言えばいいのに。…いや、やっぱりそれでも私は勘繰っていただろう。ただシンプルに好きって言ってほしかったのだ。
笑い終えた天元さんが額を離して、表情を真剣に引き締めた。

「…んで、セックス、どう」
「嫌ですよもちろん」
「え、泣くぞ俺」
「だって付き合い始めて数秒ですよ」
「付き合ってるも同然の期間が2ヶ月」
「同然じゃだめです今からカウント開始です」
「嘘だろ誰か嘘って言って」
「はい天元さん退いてください」
「つらぁ…」

ベッドのふちでしょんぼりと背中を丸めた天元さんは、失礼ながらちょっと可愛い。
私はベッドから降りて天元さんの前に立って、その白い髪をさわさわと撫でた。「顔上げてください」と言うと、綺麗な目が私を見た。
その両頬に手を添えてちゅ、と小さくキスをすると綺麗な目は丸く大きく開いた。

「好きですよ」
「…おぅ」
「好きっていって」
「ド派手に好き」
「素敵な恋人ができたのよって友達に言ってもいい?」
「うん」
「………、……そのうちね」

一瞬呆けたあと「ナニが!?」と言う天元さんを残してさっさとリビングに逃げた。
滅多に開けない不動産契約関連のものを入れている箱を出してきてごそごそ探っていると、寝室から出てきた天元さんが背中に覆い被さってきた。

「ミズキ、なぁ、せめて期限切ろうぜ。1カ月とか1週間とか1日とか」
「短くなってくるパターン初めて聞きましたよ」
「おねがーい」
「可愛く言ってもだめ。はいこれ無くさないでくださいね」

スペアキーを肩から差し出すと、天元さんの大きな手がすぐに取っていった。
箱を仕舞い直して今度はお茶を淹れにキッチンへ。天元さんは今度もひよこのようについてきた。
おいそれと触らせてなんかやらないのだ。結果的に誤解だったとはいえ、弄ばれたと思って傷付いたことを分かっていただけるまで。
電気ケトルのスイッチを入れた。

「そういえば、さすがに玄関の鍵は開けられないんですね」
「いんや?まぁいけるけど時間かかるし、絵面的に通報されるだろ」
「え…怖、チェーン掛けとこうかな」
「あープラス2分てとこ」
「本当に学校の先生なの!?イーサン・ハントみたいなのじゃなくて!?」

背中から私を抱き締めるこの2m級の巨人は本当に何してる人なのだろう。何やらトンデモナイ人を好きになってしまった気がする。
色んな鍵を勝手に開けてしまう手が私のお腹をさわさわと撫で上げ始めたのでぴしゃんと打った。
振り向いて睨み上げると、天元さんは何とも幸せそうに目を細めていた。そういえば『邪魔したとき怒るの可愛い』と言ってた気がする。これはわざとやってるやつだ。
腹立たしいやらちょっと愛しいやら迷ってしまう私も大概だけれど、何とかして意趣返しをしてやりたく、天元さんの襟元を掴んで引き寄せ、お美しい唇にキスをした。

「したくなっちゃったら言うから、いい子で待ってくださいね」
「…すぐ言わす、泣いて懇願させる」
「え、怖ぁ…」
「…キスはしていいよな?」

今更な確認取っちゃうところが、この人の可愛いところだと私は思う。そして好きなところだとも思うから、近々絆されてしまう予感は、我ながらしているのだ。


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