カヤリヤ 

※唐突で軽率な893パロ
※とてもフンワリ読んでいただきたい





世にも美しい女の子と四六時中一緒にいる嬉しいお仕事です。
高所得を望めますし、出世も可能です。
勤務時間は24時間365日です。
女の子の身に危険が迫った場合には、命懸けで護っていただきます。
護れなかった場合には、貴方の首が飛びます。
必要資格・免許等:普通自動車運転免許(AT限定可)、本職の暗殺者や誘拐犯を撃退出来る実力が必須条件となります。

求人を打つならこんなところだけれど、勿論義勇は求人に応募して現在の職に至ったのではない。
ある日突然組長に呼ばれ「腕っ節が強いから娘の護衛に付け」と言われれば、「承知致しました」以外は自殺と同義であったというだけだ。

部屋の内装は至ってシンプルだったけれど、この家屋に於いては最も可愛らしい部類であった。ベッドリネンの控えめな花柄だとか、教科書の並ぶ本棚にひとつだけ座ったシロクマのぬいぐるみだとかが。
部屋の主は一人掛けのソファで膝に文庫本を開いていたけれど、視線は窓の外を向いていた。真っ直ぐな黒髪が豊かに肩や背中に流れ、長い睫毛が物憂げにゆっくり上下し、白い肌や桜色の頬がお菓子のように滑らかな、世にも美しい女の子だ。名前をミズキという。
義勇の仕事というのは、このミズキを、自分の腕が千切れようが目が潰れようが無傷で死守すること、この一点であった。

「ねぇ義勇さん」

鈴を転がすような愛らしい声でミズキが発すると、壁を背に立っていた義勇はその水底のように静かで青い目だけを動かして返事をした。

「外に行きたいな、私」
「…それはゆ「許されない、でしょ。知ってて言ってるのよ」

ミズキは窓の外を眺めたまま溜息をついた。窓ははめ殺しで開けることは出来ない。完璧な空調によって室内の空気は常に清浄・適温・適湿に保たれているから開ける必要もない。
義勇の腰の後ろには拳銃が差し込まれているし、彼の手の届く範囲には常に日本刀が備えられている。しかしその物騒な装備にも、ミズキはもう慣れっこだった。

「スターバックスコーヒーに行ってみたいなぁ。学校でクラスの子が話してたの。新作のフラペチーノすごく良かったって」
「それならすぐにでも買ってくる」
「自分で、お店に、行きたいの。分かる?お・そ・と!」
「そ「それは許されない、でしょ!」

ミズキの私室というのはつまり鳥籠だった。廊下へ出るには隣の義勇の寝起きする部屋を通過しなければならず、他にはどこへも出られない。
学校へ行くにもスモークガラスの送迎車が付くし、修学旅行や合宿の類は欠席する決まりだ。

「…お父上は貴女を何からも護りたいんだ」
「心は絞め殺しても構わない、って条件を添えてね」
「…」
「ごめんなさい、義勇さんが決めたことじゃないもんね。八つ当たりだわ」

ミズキは義勇が護衛に着任してから半年近くは挨拶程度しか口を開かなかったし、外に行きたいと駄々を捏ねることもしなかった。今も、義勇以外の者に対しては至極物静かに、上品に振る舞っている。そのように訓練されている。
自分に対して多少なり気を許しているらしいミズキの寂しげな横顔を見ると、義勇とて心が痛まないわけではなかった。

義勇は腕時計に視線を滑らせ、壁から背中を離した。

「…少し外す。部屋を出るな」
「分かってるわ、行ってらっしゃい」

辛うじて聞き取れる程度の音だけを残して義勇が部屋を出ると、ミズキは膝の文庫本を閉じて本棚に戻した。


義勇が戻るなり「出るぞ」とだけ言うので、ミズキは思わず聞き返したけれど彼は言い直さなかった。
常ならぬ雰囲気を察してミズキは声を抑え気味に発した。

「義勇さん、どういうこと?」
「少し急ぐ。説明は後だ」

促されるまま激しく脈打つ心臓を手で押さえるようにしながら、ミズキはほとんど小走りになって義勇の背中を追った。着いた先は朝食室、その奥へ入ると家政婦の女性が頭を下げた。
義勇はミズキを調理場へ押し込むと「これを着ろ」と極めて没個性的な灰色の上着と帽子を押し付け、家政婦に軽く目配せしてその場を去った。

義勇は正面玄関から出ると門の見張役に「お嬢の遣いだ、30分で戻る」と告げて裏門に車を回し、家政婦と一緒に出てきたミズキを後部座席に迎えて緩やかに発進した。ミズキがリアガラスから振り返ると、家政婦の女性がまだ頭を下げていた。

「義勇さん」
「何だ」
「説明がほしいわ」
「今からする。上着と帽子はもういい」

一通りの説明を聞き終えると、ミズキは興奮気味に膝の上でスカートを握った。この車は今、彼女が所望したスターバックスコーヒーに向かっている。
「暗唱しろ」と義勇の後ろ姿が運転席で言った。

「私はお腹が空いて、朝食室でフルーツを出してもらった。苺とマスカット、飲み物は紅茶。時間は13時過ぎから30分程度。同時に、義勇さんにスターバックスの新作を買ってくるようにお願いした」
「合格だ」
「…ちょっと私食いしん坊すぎない?」
「急拵えの台本だ、通せ」

ミズキとて本当にアリバイに文句があるわけではなかった。ただ嘘をついて屋敷を抜け出している高揚感とスターバックスコーヒーへの憧れで、大して思ってもいないことが口から滑り出たに過ぎない。
そうこうしている内に車は駐車場に滑り込み、ミズキは無意味に辺りを見回しながら車を降りた。

「すまないがテイクアウトになる。時間が超過するとまずいからな」
「分かってる」

およそカフェに入ろうという時の会話の緊張感ではなかったけれど、少なくとも外見上、義勇はミズキの手を取って段差を越えさせ、極めて恭しく彼女を店内に導いた。
昼過ぎの時間帯ということもあって店内に人は多くなかった。ミズキはコーヒーの香りや店員の掛け声や調理器具の音、BGM、ディスプレイされたマグカップやタンブラー、コーヒー豆のパッケージ、テディ・ベア、その全てに感動して小さく飛び跳ねんばかりだった。実際には多少キョロキョロしている程度に我慢していたけれども。

義勇は周囲への警戒を保ちつつ、ミズキの様子を微笑ましく見つめていた。
ところが彼女はいざ注文せんとカウンターに身を寄せた途端にぴたりと固まってしまった。

「どうした」
「分からないの」

ミズキの指差すメニューには横文字がずらりと並んでいて、写真で雰囲気は分かっても、初めて来店する彼女が言葉に詰まってしまうのも無理からぬ話だった。
しかし、

「義勇さん、わかる?」
「…俺も初めて来る」

義勇も同様だった。ミズキは口元を押さえて笑った。

「私たち似たり寄ったりの世間知らずだわ」
「そうだな」
「店員さんごめんなさい、私初めてで注文の仕方が分からないの。教えていただける?」

ミズキは明るく上品に笑って見せた。
義勇はこんな時、ミズキの訓練された振る舞いに舌を巻く。店員の若い男が真っ赤になって注文のシステムを説明する間、変な気を起こすなとの牽制を込めてミズキの背後から睨みを聞かせていた。
彼女が無事に注文を終えた頃合いで、義勇は目に止まったコーヒー色のテディ・ベアを掴んでカウンターに乗せ、一緒に会計をした。コーヒーを待つ間にそのぬいぐるみをミズキに渡してやると、彼女は子どものように喜んで帰りの車でもずっとそれを抱いていた。

往路の手順の逆を踏んでミズキは私室へ戻り、緊張の面持ちで、正面玄関を経由してきた深緑色の紙袋からプラスチックカップのコーヒーを受け取った。ビジュアル的にはコーヒーというよりもはや洋菓子である。
太いストローにおずおずと口を付けて一拍後、ミズキは目を輝かせた。

「おいしい!」
「良かったな」
「義勇さんも飲む?」
「いい」
「共有したいじゃない、初めて同士」

ずいっと目の前に差し出されたプラスチックカップの圧に負けて義勇は一口コーヒーを含み、毒見のように舌の上を転がして飲み下した。

「…甘い」
「おいしいのに!」

ミズキは笑って、躊躇いなくまた同じストローに口を付けた。
飲み終えると彼女は紙袋からテディ・ベアを抱き上げてシロクマの横に座らせ、満足そうに眺めた。そして外出前と同じ位置に立つ義勇を振り返って微笑んだ。

「義勇さん、ありがとう」
「…悪いがそう頻繁には」
「これっきりって言わないのね」

ミズキがふふ、と笑うので義勇は押し黙った。指摘通り、『二度目はない』と釘を刺しておくべき場面だった。何だかんだ彼はミズキに甘いのである。

「…心を絞め殺していいと思っているわけじゃない」

気付いた時にはミズキが義勇の目の前に立っていた。日頃人の気配に気付かない義勇ではないけれど、ミズキに対しては警戒心が働かない。

「義勇さん好き、ありがとう」

ミズキが背伸びして義勇の頬に小さくキスをして離れていく一連の映像を、彼は目を見開いて呆然と見ていることしか出来なかった。


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