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「衝撃!アニマル映像100連発!今回は番組が総力を上げて、世界中で話題のキュンとする可愛いものから九死に一生のヒヤリ映像まで、様々なアニマル映像を集めて参りました!一緒にご覧いただくのはこちらの豪華ゲストの皆さんです」
猫が可愛かろうがライオンがトムソンガゼルを捕食しようが、五条はあまり興味がない。それでもこのありきたりな番組の収録を彼が心待ちにしていたのは、【イヌマキ】の札が据え付けられた席が隣にあるから、ただその一点のみである。イヌマキは棘の右側にミズキが立つというのが通常の立ち位置なのだけれど、席の位置関係上それだと五条の隣に棘が来るので、気を利かせた棘が何も言わずにミズキを五条の隣に差し出した。戸惑い棘を見たミズキに、彼はグッとサムズアップを送った。「明太子!」って何だろう。この時ばかりは翻訳できなかったミズキだった。
ドーナツ型のテーブルにゲストが着き、それぞれの席に備え付けられた小さなモニターで映像を観る。12時の位置にMC、そこから男性アイドルやら俳優女優やらタレントやらが挟まり、イヌマキと祓本が隣り合うという配置になる。各席には感動したら押せということでボタンが設置されていて、五条は特に感動する予定がないので『ミズキちゃんが押したら押そう』とだけ考えていた。
収録が始まってみると、映像に対するミズキのリアクションはとても素直だった。可愛い、可笑しい、感動、ヒヤリ、驚き、夏油は横目に見ながら使いやすい画だなぁと感心していた。片や夏油の隣の女優などは最初の動画の途中から既にやる気を無くして、ワイプに抜かれる顔を小綺麗に保つ程度の努力しかしていない。
画面の中では子猫が哺乳瓶を吸いながら寝落ちしたところだった。相好を崩して見入っていたミズキが、ある時突然小さく肩を揺らした。彼女が太腿の横に置いていた左手に何か温かいものが触れたのである。『何か』とは言うものの、当然のように五条だった。彼は視線を画面に向けたまま、つぅっとミズキの薬指を撫でた。
「かぁわい」
五条の低い声で呟かれた一言にミズキは赤面した。精一杯映像に見入っているふりを続ける彼女を見て夏油は相方のセクハラを察する。
悟、婚約しててもセクハラは成立するぞ。あと、家でやれ家で。夏油が伝えたいのはその2点だけだった。
「ミズキさん猫好き過ぎません?めっちゃ真剣に見てますね」
男性アイドルが突然これを言った。ミズキはハッと顔を上げて「見ちゃいます、可愛いですよね」と無難に返事をする。どうやら相手は五条のセクハラで緊張したミズキの顔を『真剣』と捉えたらしい。
祓本の2人が周囲に気付かれない程度に舌打ちをした。一方はミズキに話し掛けたアイドルのことが気に障って、もう一方は相方の機嫌が悪化すると扱いが面倒になるだろうがという理由で。
五条が嘲笑の一歩手前という感じの笑い方をした。
「そりゃー見るでしょ、何のためのモニターだと思ってんの」
彼にしてみれば、話し掛けられたせいでミズキの手が逃げてしまったのでいい迷惑、それに動画を鑑賞する番組で真面目に動画を見てたら『猫好き過ぎ』って何アホなの?と言ってやりたいのを何とか我慢したのである。そして内心では『大体ミズキちゃんはペンギンのが好きなんだよ間抜け』とマウントもしっかり取った。一応口には出していないけれども、五条は既に脳内でこのアイドルのことを完膚なきまでに論破した上フルボッコにしている。
「続いては、あと少しの段差がどうしても登れないペンギンです」
MCがこれを言うと、分かりやすくミズキの顔が輝いた。小さなモニターの中では、少々鈍臭い1羽のペンギンが苦労の末にやっと段差を登れそうになったところで、仲間にぶつかって海に戻っていった。
そしてこの映像が流れている間中、彼女は『感動したら押すボタン』をピコピコ押し続け、五条が内心で取ったマウントに公式の援護射撃を与えたのだった。
ちなみにこの番組が放送されると、SNSでは『ペンギン愛が溢れてるんよ』『ミズキがペンギン好きってもう結構基礎問よな』と世間も賛同した。
ところで五条のことを逆撫でしたこの男性アイドルは鎌瀬 件といって、実は最近SNSでイヌマキファンを公言したのだけれど、撮影の時点ではミズキはそのことを知らなかった。つまり推しに認知されていなかった上、決死の思いで推しに絡もうとして残念な結果に終わったのだった。
諦めきれない彼は収録後、強硬手段に打って出た。
「LINE交換してください!!」
楽屋突撃である。
ミズキは困った。こんな時事務所の立場から断ってくれるマネージャーは別用で不在、棘は飲み物を求めて出ている。応援してくれることは勿論ありがたいけれども、ファン宣言してくれた人すべてとプライベートで付き合えるはずもない。
「祓本五条とはプライベートでも仲いいんすよね?だからってわけじゃないけど、良かったら…!」
これを言われると更に断り辛い。あまり扱いに差を付けると怪しまれるし、かといって言われるまま連絡先を教えてしまうのは、近々結婚する五条への不誠実になりかねない。悩むあまり黙ってしまったミズキを見て察してくれる相手であれば穏便に済んだものを、残念ながら鎌瀬は察しと諦めの悪いタイプだった。
スマホを持った彼がぐっと距離を詰めると、気圧されてミズキは僅かに後ずさった。
「ミズキちゃんいるー?」
突然、ドアが開いた。五条だった。
もしかしたら五条が声を掛けるのとほぼ同時にノックの音がしたかもしれないけれど、彼はとにかく突然入室したのだった。背後で夏油が呆れている。
ミズキは『悟くん』と口をついて出そうになるのをグッと堪えた。
「あっれぇごめんねお取り込み中だったかな?キミ誰だっけ?」
五条は笑顔だったけれども、ミズキは彼の中にくっきりとした敵意を感じ取った。それに呼応して鎌瀬が苛立ったことも。
「五条さん酷ぇっすね、さっき共演したでしょ」
「そうだっけ?あーなんかミズキちゃんに絡みたくて下手クソやってた犬はいたかもな。アニマル映像の撮影やってんのかと思ってた」
「それで盛り下げるのって芸人としてどうかと思いましたけど」
今や空気は露骨にピリついていて、ミズキは鎌瀬に感じていた気まずさとは違う方向に困り果てた。ちなみに夏油は今の間に入室して静かにドアを閉めている。相方が暴れ始めた場合の防火壁である。
「大体さぁファンだって先手打ったらミズキちゃんが断り難いって分かんねぇ?初対面の男がいきなり楽屋に訪ねてきて女の子が怖くないわけないでしょ。良くて迷惑」
一見すると正論のような雰囲気で五条はのたまったけれども、夏油は心の中でそっとツッコミを入れた。
悟、そのブーメランは痛くないのか。
それから五条は鎌瀬のことを楽屋から蹴り出した。本当にその長い脚で敵を軽く蹴って、奇しくも先程全員で観たペンギンの映像と似たような構図である。
五条はドアをしっかり閉めると振り向いてミズキに笑い掛けた。
「ミズキちゃん大丈夫だった?同じ空気吸われたりしてない?」
「、……もうっ、『ない』って言う用意してたのに」
同じ部屋にいて同じ空気を吸わないでいるのは無理というもので、つまり五条にとっては同じ個室に侵入した時点でアウトなのである。
「悟、あと少しなんだから我慢しな。ミズキちゃんのせ、誕生日に入籍するんだろ」
「夏油さんいま生誕祭って言おうとしました?」
「いけないね、毒されてる」
祓本は最近大仕事を終え、あとは定めた日取りを待つばかりとなった。五条が毎日毎日毎日『ミズキちゃんの生誕祭が』と繰り返すので、そのフレーズは夏油にもすっかり染み付いてしまったのだ。彼は口元の筋肉から悪い癖を取るように軽く叩いてから、持参したお土産をミズキに差し出した。ピンの仕事で訪れた先で、ペンギン饅頭なるものが売られていたのである。薄灰色のヒナの姿、黒ゴマ味。透明な包装の中でぽむっと寝転ぶ愛らしい姿にミズキは目を輝かせ、五条は反対に悪態を吐いた。
「はいはいはいペンギン警察乙、ミズキちゃん気に入ったならその饅頭の生産ライン僕が買ってあげるね」
「だめです、1羽だけでいいの。この子だって可愛くって食べられないのに」
「分かってないねぇ悟。こういうのは数じゃなく気持ちなんだよ」
多勢に無勢というよりも本丸を獲られてしまい、五条の即時敗北が決した。心なしかミズキの手のひらに鎮座するペンギンまで『そうだぞ』みたいな顔をしている。
そうしている内、五条が不貞腐れているところへイヌマキのマネージャーと棘が一緒に戻り、すぐさま鎌瀬という男の楽屋押し掛けが共有された。「今日からもうそいつ共演NGね」と注文をつける五条からは私情がダダ漏れだったけれど、事情を知る夏油も棘も制止することはない。
「そういえば今日はもうイヌマキは上がりになりますが、五条さんが一緒ならミズキをお任せしても?」
「勿論です妻は僕が連れて帰ります」
「妻(予定)ね」
「しゃけ」
「(予定)じゃねーし(決定)だし」
「はいはいあと少しなんだから我慢して隠しなよ」
夏油が五条の背中を押して、全員が楽屋を出る。伊地知も合流して局の廊下を歩くのであれば誰に見られようと問題にはならず、ミズキがペンギン饅頭のぽってりしたフォルムが可愛いだとか話すのをまなじり下げてうんうんと聞きながら、五条は至極上機嫌に、その日の仕事を終えたのだった。
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ネタポストより
『アイドル、お笑い芸人(祓本)、アーティスト枠(イヌマキ)で番組共演し、その収録後に五条がイヌマキと初対面の時に楽屋に押し掛けてしたように、アイドルがイヌマキの個人的な連絡先をこうとする場面に鉢合わせする五条』
あーありそう!!と思って楽しく書かせていただきました。ネタ提供ありがとうございます。
共演の男性アイドルは鎌瀬 件(カマセ ケン)さん、噛ませ犬です。