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12月6日から地方で泊まりの仕事が入った時、五条は本気でゴネた。説得には3日を要し、最終的には事務所の社長まで動いた。それほど大きな仕事だったのだ。
しかし五条の方にも譲れない理由があって、何しろ長年の推しと恋人になって初めての誕生日で、可愛い可愛い、しかも多忙な彼女が、都合を付けて休みを取ってくれていたのだ。
そのミズキから「別の日にお祝いしましょうね」といじらしい気遣いで背中を押されては五条も駄々をこね続けることは出来なかったという訳である。ぶっちゃけ社長が動いた意味はあまり無かった。
かくして当日、地方のビジネスホテルにて、もうじき時計の針が五条の誕生日に踏み入ろうという時だった。
夏油の部屋で翌日のネタ合わせをしていたところへ五条のスマホにミズキから着信があって、彼はすぐさまネタ帳を放り出した。
「はい五条です!」
動揺しすぎだろ、と夏油は笑いを堪えた。
彼女との電話では違うにしても普段電話に出る時は挨拶もなしに『何』で済ますくせに。
日付が変わった。
「お誕生日おめでとうございます。いま電話いいですか?」
「もっもちろん!!」
ちなみに五条、部屋の主を差し置いてベッドの上に正座をしている。
「ちょっと歌っても大丈夫です?」
「へ、ぇっ」
「Happy birthday to youとイヌマキの曲で迷ったんですけど…あ、私の部屋防音なので」
「そっか、?うん…ありがと…」
五条が事態に追い付けないでいる間にもスマホにピアノの音が流れ込み始め、彼はただ耳に強く押し当てて集中するしかない。
以前に五条が好きだと話したことのある曲だった。ギターやベースの旋律もピアノにアレンジされていて、そこにミズキの声が乗る。
五条が以前訪れたミズキの部屋にあったアップライトピアノ、その譜面台に相手方のスマホが置かれているところを、彼は想像した。
動画でしか彼女を知らなかった時から見ていたピアノである。鍵盤とその上を滑る指、細い腕と少し服が見えるアングルでいつも観ていた。
高く低く声は美しく響き、実際は3分少々だったものが五条には10秒ほどの体感で過ぎていった。
ピアノと声の余韻が消え、スマホを手に取る物音がした。
「良かったぁ失敗しなくて…手が震えちゃって。お仕事終わって帰ってきたら、改めてお祝いしましょうね。………あれ、聞こえます?」
「あ、ごめんね久しぶり」
「あっ夏油さんお久しぶりです」
「しばらく待ってやってもらえるかな、今ちょっと悟が号泣してるから。あとクレジットカード出そうとしてるけど車と不動産どっちがいい?」
「お仕事頑張って無事に帰ってきてねって伝えてもらえますか?」
「本当に良い子だねぇ、私と付き合わない?」
「スマホ返せ去勢すんぞクソ前髪」
「とりあえず涙拭きな」