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終わりが見えないほど広大なフロアの中に、キッチンや子供部屋、寝室、リビングやダイニング、あらゆる部屋が提案されている。インテリアショップでありながらどこかテーマパークのようで、店は楽しげな人々で盛況していた。
そのテーマパークのように色の溢れた店の中に、烏のように黒いスーツの男が2人。
「はいどうも、祓ったれ本舗です。今回はイケヤ港北店にお邪魔しています。この広大な店舗の中から、『イケヤ従業員が自分用に買ったガチ推し商品トップ10』を探したいと思います」
夏油は無駄に良い声でカメラ横のカンペを読み上げて、通販番組のように愛想良く笑って見せた。
「今回我々と一緒にトップ10を探してくれるゲストなんですが、こら悟あからさまに嬉しそうにするんじゃないよ…この感じで視聴者の皆さんも分かっちゃった人いると思うんですが、イヌマキのお2人です!」
カンペの横に控えていた棘とミズキが画角に入ると、五条は輝くように笑ったのだった。それはもうピッカピカに。
「第6位は…ジャンルが雑貨…って言っても候補が多すぎですね」
「うんうん」
「あっ私このスポンジ買ったことあります!色が綺麗だし泡立ちがいいんですよ」
「そっかぁ」
「ジッパーバッグかわいい」
「可愛いねぇ」
「五条さん商品見てます?」
「ミズキちゃんダメだよ自分のこと商品なんて」
「見てなかった…」
2対2のチームに分かれた対戦形式なのだが、チーム編成のまずさは否めない。
例えば夏油・ミズキと五条・棘の分け方であれば五条はもう少し商品に目を向けた可能性もある。ただその案は企画段階で夏油が却下してしまった。「悟がストーカーになりますよ」という意見に誰も反論しなかった。
一応まだ頑張って交際の事実は伏せているのでスタッフの誰も知らないはずだけれど、知っていたとて全員が予想する五条の振る舞いは同じである。
ミズキは探し出すべき10品のざっくりとしたヒントだけが書かれたフリップを見ていたところから顔を上げた。
「五条さん、ヒントカードもらいましょう!」
「そうだね」
にこにこにこにこ。
顔面国宝と称される五条がそれこそテーマパークに来た子供のように笑っている。普段彼は煽り顔か無表情、笑ったとしても治安悪めなので、心の底から嬉しそうな笑顔もこれはこれで需要があるというテレビの裏事情である。
ヒントカードを得るためには2m離れたダーツボードの半径5cm内に矢を立てなければいけない。事前に難易度を調節するためにスタッフが挑戦した時の成功率は15%程度だったのだが、五条が軽く放った矢はほとんど音も立てず半径5cmの赤い丸の中心に刺さった。
「ミズキちゃんはいこれヒントカード!」
「それより五条さんダーツ、ダーツすごいです真ん中!えっプロの人?」
「褒められちゃった…これって婚約?」
「違います五条さんがダーツ上手っていう話です」
慣れである。
付き合い始めて間もない頃は五条の発言に都度肝を冷やしていたものが、今ではもうこれは五条の芸風と捉えているミズキである。
彼女はこの企画が放送された時に炎上しないことだけを願いながら獲得したヒントに目を通した。
実際にこの商品を購入したイケヤ社員のコメント
・柔らかくて癒される
・外れる部品がないので赤ちゃんが誤飲しない
・丸ごと洗濯できていい
「洗濯ってことは布製品ですよね…でも部品?タオルとか寝具じゃない感じ…」
「アレは?ぬいぐるみ、あっちに見える」
「えっ見えます?食器棚しか…」
「の、向こうね。行こっか」
こうなると最早、ただの身長差カップルのデートにしか見えない。この2人本当にデキてんじゃないか?と思いながらスタッフ達は五条の白い頭を追った。
「いつもウチの相方がすまないね、ミズキちゃんは参ってたりしないかな?」
「おかか」
棘は首を振ってから、手に取ったジッパーバッグを4位商品の候補としてカートに入れた。
巨大なショッピングカートに答案の現品を集め、最終的にレジ前で答え合わせをすることになる。
夏油・棘ペアのカートには順調に商品が集まりつつあった。
「次は6位か…ジャンル雑貨……」
「塩むすび」
「ほぼノーヒントだねこれ。…うーん、実は有力候補があるんだけど」
「ツナマヨ?」
「ぬいぐるみなんだけどね。その方向に何となく悟がいる気がして面倒臭いから、それ以外で探そう」
「明太子?!高菜!」
「あぁ…あの食器棚の向こうにね。ミズキちゃんとの時間を邪魔すると反抗期みたいにキレるから」
「天むす…」
「まぁまぁ、意外なランクインがあるかも知れないよ。この中ジョッキみたいなマグカップとかどう?」
「おかかぁ…」
スタッフから「夏油さんおにぎり語が分かるんですか?」と疑問が上がった。
「まさか。適当だよ」
「おにぎらず?!」
話す内容すべてが決まっているわけではないけれども、何位の商品をどちらのチームが当てるかは事前に指示があった。それに加えて必ず取り上げるように言われている商品もあり、そうなると自由な散策というよりはスタンプラリーに近い。
ミズキは取りこぼしのないように気を張りながら、自分と違って気楽に楽しんでいる様子の五条を見上げた。台本をアドリブで自然に繋いでいるし、ダーツの件といい、生来器用なのだろうと思った。この人が自分の恋人だというのが、そしてそれを周囲に隠して一緒に仕事をしているというのが、彼女を何ともむず痒い気分にさせた。
そうして見ている内、視線に気付いた五条が「どうしたの」と笑った。
「気になるものあった?」
「ぃ、えっ…見えましたね、ぬいぐるみ!」
「見えたねぇ」と返してやりつつ、五条にはずっと見えていたのである。脚立ほどの身長差は大きい。
五条はずっと見えていたぬいぐるみの山に近付くと、ずっと見えていた一体を取り上げて当然のようにミズキに差し出す。
「はいこれ」
「……………今日はっ…お仕事なので!」
「でもほらペンギンが一番人気かもじゃん。あヒナもいるよ」
「わぁ可愛……ち、がうっ自宅用のお買い物じゃないんです!」
「まぁまぁはーい抱っこー」
五条が上機嫌な笑顔のままミズキの胸の前でペンギンの親子から手を離すので、彼女は咄嗟に抱き締めてしまう。ふみゅぅ…という具合に、柔らかい2羽のペンギンは仲良くミズキの腕に収まった。
「かわいい…」
「うんうん可愛いねぇ」
「この子たち多分1位です」
「優勝しちゃった」
「イヤ探してんの6位」とスタッフから異論が上がると、途端に五条の目が鋭くなって「ミズキちゃんが1位ってんなら1位なんだよ黙ってろ」と堂々のモンペ宣言が出た。
結果的にぬいぐるみは6位で正解であった。
「それでは最後に、イヌマキのお2人から素敵なお知らせがあるんですよね?」
「新アルバム『夜光』が11月25日発売となります。ドラマ、アニメやCMタイアップ曲に加え新曲も複数収録したボリュームのあるアルバムになってます。個人的には1・2を争うぐらい好きな曲がアルバムアレンジされるとミズキちゃんから聞いているので楽しみで夜眠れません」
「あっこんな感じですよろしくお願いします」
「悟、アーティストに喋らせなさい」
ちなみにこの部分、後から軽く炎上するのだが火元の五条は気にしない。
巨大なカートに集めた商品は店舗側が元の売場に戻してくれる手筈になっているので、ミズキは社員証を首から下げたスタッフの方へカートを押した。ペンギンの親子と目が合ったけれども、涙を飲んでさよならの時間である。仕事で来ているのだから私的な買い物をしてはいけない。
五条がふとカートの前に現れてそれを止めた。彼はペンギンの親子を取り上げるとサッサと精算してしまい、ポカンとしているミズキのところへ嬉しそうに帰ってきて袋に入ったペンギンたちを渡したのだった。
「ミズキちゃんがペンギン抱っこして寝てる写真が万物の中で一番可愛い決定」
「随分大きく出たな。そんなに言うなら見せてくれるんだろうね?」
「見せるわけねぇだろ変態前髪ミズキちゃんが穢れたらどうすんだよ」
「びっくりするぐらい鬱陶しい」
ペンギンの親子は五条の自宅にて飼育、もとい置かれているらしい。
五条がイケヤでの収録以来、やたらとスマホを眺めてニヤついているので夏油が尋ねてみた結果が上記の会話というわけである。鬱陶しいというのは嘘偽りない夏油の本心だけれども、だからといって別に今更どうこうするつもりも彼にはない。推し効果で五条が比較的良い子にしていてくれるので、夏油はミズキに感謝さえしている。
「まぁ…ミズキちゃんが喜んだなら良かったね」
「それはそうだけどさぁ、布に綿詰めただけの分際でミズキちゃんに抱っこして寝てもらえるのちょっと許せねぇなって最近思い始めててさ」
「え待って怖い」
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北欧発のインテリアショップイケヤ。
見るだけで楽しいですよね。