警備員:虎杖悠仁



※虎杖悠仁25歳くらい


名前も年齢も知らないけれども全く知らないというのでもない、そういう半端な間柄というのがあるもので、ミズキと虎杖が正にそうだった。
ミズキは通勤で毎日朝夕に街路を歩く。虎杖はその道の途中にあるビルの駐車場出入口に警備員として立っている。道行く人々への挨拶というのは警備員の仕事には含まれないけれど、愛想のいい虎杖はいつもニコニコと元気のいい挨拶を配っていた。いつの間にかミズキは彼の顔を覚え、虎杖も彼女の顔を覚えた。
そしてその内に、挨拶をする時にはしっかり目を合わせるようになって、たまに「いい天気ですね」だとかちょっとした一言を添えるようになった。

出会いがないと嘆く職場の先輩から合コンに誘われた時、ミズキはすぐに断った。彼女の頭には虎杖の顔が思い浮かんでいて、しかし名前は知らないので『警備員さん』として登録されている。
先輩が紙コップ半分のコーヒーをゆらゆらと回した。

「そっかー…あ、好きな人とかいる感じ?」
「いっいえ!?特には」
「そ?ま気が変わったら声掛けて」

先輩がコーヒーの残りを煽って紙コップをゴミ箱に放り立ち去るのを見送ってから、ミズキはハーッと息を抜いた。
相手の名前も知らない。ただ平日に挨拶を交わすだけの、他人以上知り合い未満という立ち位置。
帰りに差し入れでもしてみようかとも思ったけれど、突然渡せば不審だろうし、勤務中は飲食禁止だろう。そもそも既に恋人がいるかもしれないし。
もやもやと考えて、ミズキはまたハーッと溜息を吐いた。

結局その日は突発的な残業に見舞われて、いつもよりも随分遅い時間にミズキは歩いていた。
警備員のシフトは勿論知らないけれど、彼女が朝出勤する時間には既に立っているのだから、虎杖の方はもう退勤しているのが自然だろう。それでも、もしかしたら一目会えるかもとの期待もあった。
コンビニの前を通る。
虎杖が立っているビルはその角を曲がってすぐのところにある。
靴を飛ばすだとか花弁を千切るだとか、そういう他愛のない占いみたいなものだった。この角を曲がってそこにあの人がいたら、今日は少しだけ話しかけてみようと。

意を決して角を曲がり、いつもの場所にその姿がないのを確認してミズキはほんの少し肩を落とした。仕方がない、今日は運が悪かった、また明日の朝挨拶する時にでもーーーと思ったところで突然背後から腕を掴まれた。驚いて振り向くと知らない男、「声出すな」と低い声、腕を引かれる。混乱と恐怖で声が出ない。

「すんませーんそこのお兄さん」

まるで色合いの違う気軽な声がして、見ると男の背後に虎杖が立っていた。
コンビニの袋を提げている。

「手、放してくんねーかな?その子怖がってるように見えんだよね」

表情だけを見れば『困ったなぁ』とでも言っていそうな笑顔だけれど、声の底にはふつふつとした怒りの響きがあった。
ミズキは腕を掴む男の手に力が篭るのを感じて顔を歪めた。虎杖が男の手首を掴むと彼女の腕は解放され、男は手を振り解こうとして失敗に終わり虎杖に向け自棄気味に脚を振り上げた。虎杖はそれを身を低くして躱し次の瞬間には見事な卍蹴りが男の頬にめり込んでいた。
男が昏倒、虎杖がそれを見て「あヤベッ」と焦る、ミズキは地面にへたり込んでそれを呆然と眺めていた。
虎杖がミズキを見た。

「お姉さん大丈夫?痛いとこない?」

虎杖が手を差し伸べるとミズキは緊張から一瞬身構えてしまい、彼はパッと手を引っ込めた。

「ごめん怖いよな、えっと何かねぇかな…コーラ飲める?や、何か違うな…でもカップ麺って更に違くね?お湯ないし」

今そこで買ってきたばかりの袋をガサゴソ漁りながら何か適切なものをくれようとしているけれども、この状況に適切な何かに行き当たりそうなラインナップではなかった。ミズキはへなへなと笑った。

「おい虎杖、何してんだ」
「伏黒」

大通りから暗がりに顔を覗かせた伏黒にも、ミズキは見覚えがあった。虎杖と同じ警備員の制服を着て、たまに一緒に立っている。虎杖とは違って無表情で黙々と立っているタイプで、ミズキにはやはり『警備員さん』と登録されている。
伏黒は虎杖の背後に伸びている男を見て口元をひくつかせた。

「…お前何やらかしたのか白状しやがれ」
「アッや違うんだその、コイツがこのお姉さんに乱暴しようとしてたから!?俺は止めただけっつーか!」

いつの間にか虎杖はミズキの隣に正座して、2人して伏黒に叱られているような格好である。大通りを行く人が一瞬その様子を見て、見なかったことにして通っていった。
伏黒が苛ついた溜息を吐いた。

「…もういい。その男は俺が警察に突き出すからお前はその人送ってけ」
「えっいーの?」
「その人目当てにシフト終わってんのにダラダラ居続けたってバラすぞ」
「今バラしたよねぇ!?」

ミズキがポカンとして伏黒と虎杖を交互に見ている内に、伏黒は地面で伸びている男を回収し、虎杖は照れ臭そうに頬を掻きながら改めて「…立てる?」とミズキに手を差し出した。

「あ…さっきから、立とうとしてるんですけど、」
「脚、力入んない?」

ミズキが頷いて虎杖は彼女のタイトスカートを一瞬見ると、「ちょっとごめんな」と断って軽々抱き上げる。悲鳴を上げかかっているミズキに伏黒が近付いた。その手は未だ伸びたままの男の襟首を雑に引き摺っている。

「すみません、今日のことで後日警察から聞き取りが入ることになっても大丈夫ですか?」
「っはい、もちろん」
「ちなみに嫌って言ったらどうなんの?」

虎杖が無邪気に尋ねると伏黒は少し考える素振りを見せた。

「全裸に剥いて油性ペンで顔に痴漢って書いて放置するか」
「ウワ警察行った方がマシそれ」

被害に遭いかけたミズキですら『やめてあげて』と思った。




「…んで、抱っこさせてもらってからって、順番オカシイとは思うんだけどさ」

ミズキに道を指示させて歩きながら、虎杖が切り出した。

「お姉さん、名前聞いてい?俺は、」
「いたどりさん」
「え」
「さっきの人がそう呼んでたから……私、ソウマミズキです」
「そ、そっか」
「あと、今になってじわじわ恥ずかしくなってきてて、多分もう歩けるので下ろしてください…」

深夜に差し掛かった時間とあって普段より格段に人通りは少なかったけれど、ゼロではない。虎杖の腕にミズキの背中の緊張が伝わった。
虎杖は少し迷ってから「ダメ」と言った。

「さっき伏黒にバラされたけど俺さ、シフト終わってんのにズルズル待ってたんよ。で最後の足掻きでコンビニ寄ったら通るの見えて…あ、ここ真っ直ぐでいい?」
「あ、はいまっすぐ…え?」
「今さっき怖い思いした人に付け入るのもなーって思うんだけど、歩けるからじゃあバイバイって、したくない」

ほんの少しミズキとは反対側に視線を逃している虎杖の横顔を、彼女はまじまじと見た。辺りが明るければ、彼の目元の赤いことも分かったかもしれない。

「…いたどりさん」
「……、はい」
「私ね、今日あの角を曲がっていつも挨拶してくれる警備員さんがまだ立ってたらお名前聞きたいなぁって、思ってたんですよ」

虎杖は、数秒空けて間抜けな声を上げた。
ミズキの背中に虎杖の腕の緊張が伝わった。

「…うち、お湯出せますよ?」
「、ぉ゛…っ?!」
「カップ麺……あ、うちここの3階です」

アパートのエントランスを前に虎杖は立ち竦んだ。ミズキを抱える彼の腕にはコンビニの袋が提げられている。
ミズキは身体の側面に触れる虎杖の様子から、彼が深く息を吸って腹に力を入れたらしいことが分かった。虎杖の顔がミズキの方を向いた。

「ソウマミズキさん」
「はい」
「可愛あっ違、いや違くないんだけど、……好き、です、ラーメンのお湯貸してください」
「…おゆ」

ミズキは堪えきれずに笑って、虎杖はその後しばらく落ち込み、後日その話から始まる惚気を聞かされた伏黒は「よくそれで実ったな」と呆れた。




***

ネタポストに『ゆうじくんのお話もっと』とくださった方、ありがとうございました。
伏黒くんに事情を聞かれた時の様子はアニメで血塗と一緒に兄者の背中見ちゃった時の感じでご想像いただくといい感じです。








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