循環器科医師:五条悟(前)



※医師の発言等は正確ではありません。飽くまで創作の中のものとしてお楽しみください。




ここ数ヶ月胸の苦しさがあって、母親も入院したことのある地域の総合病院を受診した。『無理せずしっかり寝なさい』くらいのことだろうと思っていたら、私の自覚症状を聞いて聴診器を当てた五条先生は「んーとりあえずCT撮ろっか」と促した。

そして、

「結論から言うとね、このまま入院」
「えっ」

画面のCT画像を見ながら、実にあっけらかんと先生は言った。
私は勿論入院するなんて思っていなくて、聞き間違いだろうかと思ったくらい。
けれど五条先生はボールペンの頭で画像を指し示しながら、私の体内の話をした。

「ここのね、ポコッと膨らんだとこあるでしょ。コレステロールとかの塊なんだけど、血流で剥がれて流されることがあんの。それが心臓で詰まると心筋梗塞って名前が付くわけ。今のとこ剥がれてないけどいつ剥がれるか分かんない、だから帰せない」

「OK?」と先生は言う。足し算を子どもに教えるみたいな温度で。

「一般的に原因は食生活の乱れか過度のストレスか両方かってとこなんだけど、心当たりある?聞いた範囲だと食生活はマトモそうだったよね」

心当たりなら、ある。
だけどすぐに話してしまえる内容じゃなくて私が言い淀んでいると、五条先生は看護師さんに声を掛けて入院の準備を言い渡した。





「や。体調どう?ミズキちゃん」

不測の入院から3日目、五条先生は気に掛けてちょくちょく部屋を訪れてくれる。

「お陰様で気楽に過ごしています。自覚症状がほぼないから、何だかサボってるみたいで後ろめたいですけど…」
「あーダメだよ考え方。真面目な子ほどストレス溜まるからねぇ」

言いながら、先生はスツールを手繰り寄せてベッドの横に座った。その口元からは白く細い棒が突き出ていて、初めて見た時には煙草だと思って驚いたものだ。その時私の視線に気付いた先生はベェ、とロリポップキャンディを出して、「糖分補給中でーす」とおどけて見せてくれた。これが入院初日のこと。

「今日は何味ですか?」
「いちごミルク」
「甘そう」
「ちゅーしたら分かるよ」
「セクハラになっちゃう」

「振られちゃったぁ」と先生は泣き真似をして、私はくすくすと笑った。
五条先生は、それはそれは美しい。白いさらさらの髪と真っ青な目という色だけでも人目を引くのに、目鼻立ちや口元の造形も惚れ惚れするくらいに美しい。さらにこの若さでお医者さん、モテない要素は生まれてこの方無縁という感じだろう。

その時、先生が少し小さくなったピンク色のキャンディを口から出して、「ミズキちゃん、今後のことなんだけど」と真面目な顔で切り出した。

「ひとまず経過は良好、このまま投薬続けて問題ないとこまでいければ退院の話になるけど…退院前にストレスの心当たりは解決しておきたいとこだよね」

五条先生はスツールの上で、脚が長いせいで体幹から随分遠い感じのする膝をタンタンと指で打った。私は何となく、裁判長が木槌を打つところを想像した。
私が押し黙ると先生はふっと息を抜くように笑ってキャンディを口に戻し、私の肩に優しく手を置いてくれた。

「プライバシーもあるし無理に聞き出そうとは思わないよ、ごめんね。ただストレス源と距離を置く方法を一緒に考えたいだけ」
「ごめんなさい…」

先生の言うことは尤もで、原因を取り除かないまま退院してすぐに症状がぶり返すだなんて病院の迷惑になってしまう。
忙しい先生が、お医者さんの本来業務じゃないことにまで気を遣ってくれているのに。

私が喉の奥で「実は、」と言葉を用意したその時、遠い廊下の方から五条先生を呼ぶ声が響いた。先生は「ゲェ」と顔を歪めてベッドの陰に隠れて、「ミズキちゃん匿って!」と私に子犬のような目を向けた。
間もなく外側から病室のドアがノックされて、返事をすると看護師の伊地知さんが申し訳なさそうに顔を覗かせた。

「すみませんソウマさん、こちらに五条先生はお邪魔してませんか?」
「ごっ五条先生、ですか」

咄嗟に膝を立てて壁を作ったところで、先生のいる側の裾がくいくいと引かれた。チラッと横目に見ると、先生の口が『お ね が い』と動いた。

「、お…っお見かけ、してませんっ」
「そうですか…十中八九ここだと思ったんですが…お邪魔しました」
「いえ、いえ」

深々と頭を下げてドアを閉めた伊地知さんの足音が遠ざかってまた遠い廊下で「五条せんせーい」と困り果てた声が響き始めると、当の五条先生は大きく溜息を吐いてスツールに戻った。

「ハーッ助かった、ありがとねミズキちゃん」
「で、でも、良かったんですか…?私嘘ついちゃった…」
「良かったの。だって僕いま休憩中だもん。どーせお爺ちゃんが呼んでるとかでしょ」
「お爺ちゃん?」
「楽巌寺院長」
「それ応じないとだめなやつ」
「ダメじゃないやつ。どうせ論文の代筆しろとか学会に代理で出ろとか小間使いだよ耄碌ジジイめ」

五条先生は心底面倒臭そうに顔を歪めて、犬歯の奥辺りにキャンディを噛み挟んだ。ヒビの入る音がした。

「医者ってなるまでが長いからさ、僕ぐらいの歳でもまだまだ若造で下積みなわけ」
「先生のストレスは手強そうですね」
「お互いにね」

先生はふにゃっと笑ってスツールから立ち上がると、私の頭に手を置いて優しく撫でた。

「そろそろ仕事に戻るかな。ミズキちゃんはストレス溜めないのがお仕事だから、頑張ってのんびりするんだよ」

ひらひらと手を振って五条先生は去っていった。
私はというと先生の手が離れた後も温度と感触が消えなくて、しばらくはピクリとも動けないでベッドに座っていたのだった。

医療素人の立場から言わせていただくとしたら、今のは、心臓に悪かった気がする。








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