飲み会お迎え:伏黒恵(15)
(七海ヘルプ)
(嫌です)
(まだ言ってないんだよな?!)
(どうせ面倒事でしょう)
(アハハ図星)
(改めて嫌です)
七海建人はミズキの数少ない同期である。愛想は悪いけれども体格が良く、実は面倒見も良い男。『嫌』と言いつつ律儀に返信してくれる辺りにそれが表れている。
今日ミズキが非術師の友人に誘われて食事に行ってみるとそこには何故か知らない女性もいて、更には知らない男性達も合流し、長方形のテーブルの対辺に男女が別れて向かい合い…とまぁ、何とも典型的な合コンというやつであった。
恋人はいないというミズキの言葉を覚えていた友人が気を利かせた結果なのだけれど、ミズキは困り果てた。恋人がいないというのは実は嘘なので、合コンになど参加するわけにはいかない。それで七海に恋人役を頼もうとしたのが冒頭の遣り取りなのだが、実に綺麗サッパリ断られた。事情を説明して再度嘆願してもダメだった。店のURLを送ってもダメだった。
(恋人役も何も、本物の恋人に頼めばいいでしょう)
(それが出来ないから困ってるってお分かりですよね?!相手、未成年!!)
未成年、具体的に言うと15歳である。
伏黒恵、2級術師、呪術高専1年生、15歳。彼自身はとても大人びているので一緒に過ごす分にはあまり年齢差を意識することがないものの、大人びていようと未成年は未成年、酒席に呼び付けるのは憚られる。七海にもその気持ちは分かった。
(なら自分で切り抜ければ済む話でしょう。それに伏黒君は存外嫉妬深いので恨みを買いたくない面倒臭い)
(正論と本音のセット販売やめて?だってさ、『彼氏いないって言ってたじゃんイケメン集めといたよ!』って善意しかない顔で言われたらさ?!実は彼氏いるって言っても嘘臭いし善意を無下にしてる感あるじゃん?!)
(ほうイケメンというのは伏黒君より美男ですかそれは良かったですねでは私はこれで)
(そんな男いるわけないんだよなジャガイモにしか見えない待って七海ステイ!)
既読、そして無視である。沈黙したスマホを握り締めてミズキは怒りに震えた。薄情な奴め、同期の情は無いのか。
彼女はとにかく渾身の愛想笑いを連打し、頃合いを見てトイレに籠城した。
どれだけそうしていたか定かではない。友人から心配するメッセージが入ったので『お酒久しぶりでちょっと悪酔いしたごめん』と誤魔化しつつ、場が盛り上がって自分以外の面々で固まってくれるのを大人しく待っていた。普段あまり触らないスマホゲームにも興じた。
その内に、コンコンと彼女の個室がノックされた。
「ミズキいる?」
「んぁ、ごめんまだちょっと気持ち悪いんだけど、平気だから。皆さんで飲んでて」
「や、うん、なんだけど…何かね?ミズキの彼氏だっていう人が迎えに来ててさ。出られそう?待ってもらおうか…?」
ミズキは危うくスマホを落とすところだったのを慌てて握り直した。すぐに七海とのトーク画面を確認するも、遣り取りの最後は七海の既読無視のまま。何だかんだ言いながら来てくれたのか、と彼女は喜んで個室を出た。
狭まった喉をヒュッと空気の通る音がした。迎えに来た『彼氏』を見たミズキの反応である。その彼氏というのはミズキが想像していたアイボリーのスーツに青いシャツ、特徴的なサングラスという出立ちの男ではなくて、ツンと尖った黒髪に涼やかな目元、黒いTシャツにカーゴパンツというシンプルな服装の、少年、であった。つまり伏黒恵その人である。
伏黒は死ぬほど不機嫌そうな顔で(ただその不機嫌は親しい者にしか分からないよう淡々とした無表情の下に隠されている)、ミズキの姿を捉えた。
「帰るぞ」
「はっはい」
伏黒は普段ならしないだろうに、ミズキに向かって手を差し出した。彼女が手を乗せると伏黒は柔く握って店の出口へ踏み出し、一度止まって、呆然と彼らを見ている合コンの面々へ軽く頭を下げた。
「お騒がせしました。連れて帰ります」
「あっハイどうぞ…」
ちなみにこの『どうぞ』を言ったのは先程ミズキを呼びに来た、そして今回の合コンを企画した年来の友人である。
伏黒はミズキの手を引いて店を出たのだった。
「悪かったですね七海さんじゃなくて」
不機嫌というよりも拗ねた声色の伏黒に、ミズキはすぐに謝った。恋人が合コンに参加した上に自分以外の男を頼ろうとしたときたら、良い気がしないのは当然である。
「ごめん…恵くんに知られずに片付けたかったの」
「迎えがガキだと恥ずかしいからですか」
「っ違うよ、」
目に見えてシュンとしているミズキを伏黒はしばらく見ていて、ある時ふっと笑った。ミズキはその意外な反応に目を瞬かせる。
「別にアンタの浮気を疑ってるわけじゃないですよ。仕方ないって分かってても最初に頼られなかったのがムカついただけで」
「本当に?」
「まぁあの場にいた連中にも、何なら店にも腹立ちましたけど」
「ほぼトイレにいたけどね…?怒りが広くて浅いな」
「浅いかどうか確かめてみますか」
「うん遠慮しとく」
先程の場にいた男の1人はしきりにミズキのことを案じていて、「気持ち悪いなら俺介抱するし」とか何とか言ってトイレから連れて来させようとしていたのだ。丁度そこに到着した伏黒は「俺が彼氏なんでお構いなく」と言いながら男をしっかり睨んで顔を覚えた。七海の言った通り、存外嫉妬深い伏黒恵という男である。
その事情は預かり知らないものの、伏黒が今この時少し嬉しそうな顔さえしていることに、ミズキは違和感を覚えた。過去に年齢のことでモメた時にはもう少し拗れた記憶が彼女にはある。
その違和感から推察していくと、可能性としては1つしか思い浮かばなかった。
「…ねぇ恵くん、七海から何て言われたの?」
七海は何と言ってミズキの迎えを伏黒に振ったのか。ただミズキを迎えに行けと言うだけだと、七海の言う『嫉妬深い』伏黒がどんな勘繰りをするか分からない。何か自身の潔白を印象付けるような証言を添えているはずだと彼女は踏んだ。
伏黒はスマホを差し出して見せた。
「ミズキさんがこんなに俺の顔が好きとは知りませんでした」
スクリーンショットである。ミズキと七海の遣り取りを七海の側から見た画像を、伏黒は持っていた。ミズキはその場に蹲りたいほど赤面した。
「めめ恵くんちょっと相談なんだけど」
「消しませんよ」
「まだ言ってないんだよな?!」
「俺の顔に免じて許したらどうですか」
「あ見てあっち、ワンちゃんいるよ」
「手が古い」
「すみませんね年増で?!」
「俺は好きだし欲情しますけど」
「恵くん本当一回黙ってあとスマホ渡して」
伏黒がスイとスマホを持ち上げて、ミズキの手は虚しく宙を掻いた。ミズキが取り乱して恥ずかしがるほど、伏黒はより愉快そうにする。終いには珍しく彼が声を上げて笑いさえした。
ミズキは意図的に深呼吸をした。
一回りも歳下の男の子の顔が大好きだと本人にバラされた恥辱は大きいけれども、足掻いたところでどうにもならない。自分が大人になって軽く流すのが一番だと頭では理解しているのだ。
区切るように咳払いをひとつ。
「…まぁ合コン抜けられたし、いいや。恵くんありがとね」
『この話は終わり』という言外のメッセージは勿論伏黒にも伝わって、しかし受け取った上で彼はミズキの腕をしっかり掴み引き止めた。
「ミズキさん」
「え、はい」
「俺はもう怒っちゃないですけど許したとも言ってないんですよ」
「……………嘘ぉ」
「本当です」
言葉は丁寧、声色も落ち着いている。しかし内容は大層不穏である。
未成年で細身の伏黒でもミズキより上背があるし、彼女の腕を掴む手は大きい。ミズキはたじろいだ。
「…私、明日任務入ってるんだけど」
「行けないと思うんで俺に詳細転送しといてください」
「えぇー…」
「返事」
「ハイ」
ミズキは未だ2級で足踏みしている自分を恨んだ。
伏黒は既にミズキの自宅に向けて歩き出している。結局、過去に年齢のことでモメた時と同様しっかり拗れていたのである。ちなみにその『過去の時』は…というのを思い出して、ミズキは頬が熱くなるのを感じた。
「思い出しました?」
半歩先を行く伏黒が横目で振り返って薄く笑っている。
「…恵くん楽しんでるでしょ」
「そうですね。前の時ミズキさんがグズグズになって俺のこと好きって連呼してんのが可愛かったんで」
「もう本当黙って!!」
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・存外嫉妬深い伏黒恵
・恋人と2人になると雄みを出す伏黒恵
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