飲み会お迎え:五条悟(28)



何てことをしてくれたんだと伊地知は頭を抱えた。
彼の目の前には同僚のミズキがいて、いい具合にほろ酔って楽しそうにしている。尤も問題は酔った彼女にあるのではなく、彼女を愛してやまない五条にある。任務や出張で東京を離れることの多い五条は日頃からしつこいほど、「僕のいないところでお酒飲まないで。いい?」と恋人に言って聞かせている。
素直なミズキがその言いつけを守るので、今まで伊地知は彼女の酔った姿を見たことがなかった。
補助監督のミズキに対する五条の溺愛ぶりは有名な話なので、伊地知はまさかその禁に触れる猛者がいようとは(しかも身内に)思いもしなかった。

「ミズキちゃんほら、ジュース飲んで」

新参の補助監督である。
オレンジジュースを頼んだミズキの隣に彼が陣取ってカシスオレンジを注文した時点で、小さな違和感を見逃した伊地知は激しく後悔した。
このままだと五条から伊地知まで共犯として責めを受けかねないとして、彼はあまり迷わず同僚を売る判断をした。

伊地知の通報から10分余り、居酒屋の個室に訪問者があった。

「お疲れサマンサー僕のミズキをお迎えに来たんだけどぉ?」

五条悟、現着。
ちなみに彼が伊地知の通報を受けたのは隣県の山奥であった。

「あれぇ悟くんだ…ふふ」
「うんうん、悟くんが来たよ。この呼び方2人きりの時だけにするって自分で言ってたのに可愛いねぇ」

にこにこにこにことやたらに綺麗な笑顔で、五条は彼の恋人を軽々と抱き上げた。素面であれば恥ずかしがって抵抗するミズキは大人しく抱かれ、五条の首に腕を回して髪を触れ合わせている。

「じゃ僕ら帰るから。ミズキの飲食代は伊地知、明日にでも僕に言って」
「承知しました」

あっさり退出する雰囲気の五条を周囲は意外な思いで見ていて、もしかしたら大事に至らずに済むかと淡い期待をした。
ところが五条はその個室から出る直前で足を止め、「あぁそうだ」と一段低い声を出した。

「お前」

ビクッと、ミズキに酒を飲ませた男が肩を揺らした。

「今日僕の送迎だった補助監督に連絡しときなよ。山奥に置いて来ちゃったから」
「はっはい!」
「あと明日。お前僕の送迎ね。ゆーっくりお話しよっか」

はい、と男は言えなかった。ただ俯いて冷や汗を流しながら、震えるばかりである。
そうして五条は本当に店を出ていった。
五条の去った後もたっぷり5分間、その個室で声を発する者はいなかった。


「悟くん、悟くん」
「うん?」

ミズキは五条の片腕に抱えられ歩調に揺られながら、夜風に頬を洗われていた。
夜よりも黒いサングラスの隙間から空色の目が彼女を見た。

「悟くん、急いでかえってきたの?」
「んーまぁそうだね。大事な彼女が他の野郎に酔わされたって聞いちゃったからさ」
「おさけ、だめって言われてたのにごめんね」
「お前は悪くないでしょ」
「怒っちゃいやよ」

五条はミズキのこの『いや』に弱い。彼女はこの言葉を利己でなく他人を庇うために使うから。
五条は数拍置いて、溜息混じりにからからと笑った。

「敵わないねぇホント、いいよ何もしない」
「ほんと?」
「約束」

ミズキはぴかぴかと嬉しそうに笑った。

「あのね悟くん」
「うん?」

会話を拾われる距離に他人はいないけれど、ミズキは口元に手で囲いを立てた。

「はやく帰ってきてくれたの、すごくうれしい」

囲いの中、愛らしい吐息が五条の耳を擽って、彼は思わず歩みを止めた。ぎゅぅぅっとミズキのことを抱き締めて彼女の匂いの中で呼吸をし、しばらくして顔を上げるとパッパッと何度か景色の切り替わりを経て彼の自宅前に至っていた。



翌日、始業時間前にミズキから伊地知に着信があった。

「おはよ、ございます。伊地知さ…ん"っ申し訳、ありません…風邪を拗ら"っ、しまって、っけほ、お休み"っさせてくださ…すみませ、」

お察しである。伊地知は「大丈夫ですよ。養生なさってください」と優しく声を掛けた。伊地知はその後いやに満足げな顔で出勤してきた五条に淡々とミズキの飲食代を伝え、倍以上の適当な金額を渡され、朝っぱらから青い顔をしている若い補助監督を五条の送迎に送り出した。この辺の割り切りの良さが、転向したとはいえ元呪術師志望といったところ。

五条は恋人との約束を守り、その補助監督に手を下すことはしなかった。ただ綺麗な作り笑顔での、無言での、至近距離での五条の凝視を受け続けたその男は、二度とミズキに話しかけようとはしなかった。



***

ネタポストより
「僕がいない時にお酒は絶対飲まないで」と言われている夢主が、五条出張中の飲み会の席で間違えて飲んでしまい酔っ払ってしまう 面倒な事になる前に。と、誰かが五条に連絡。(五条としてはムダではないけど)術式の無駄遣いして、夢主を回収するお話

とりあえず伏黒くんも書けそうなのでシリーズに設置します。

ネタ提供ありがとうございました!







×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -