伏黒恵とストロベリーパフェ



任務じゃない。

新宿に呪いの溜まり易い廃ビルがあって、その近くに品揃えのいい本屋があって、その近くに静かで落ち着ける喫茶店があっただけで、偶然だ。

以前休みの日、本屋の帰りにその廃ビルの側を通って、低級の呪いが吹き溜まってたから適当に払った。何となくコーヒーが欲しくなって目についた喫茶店に入って、思いの外静かで落ち着けたから買ったばかりの本をそこで読んだ。
その時に俺の席までコーヒーを運んでくれたのが大学生でバイトのミズキさんだった。飽くまで偶然だ。ミズキさんが美人なのも、会話なく同じ空間にいてもストレスがない穏やかな人だってのも、偶然だ。

ただ、それから何となく休みの度にその本屋・廃ビル・喫茶店をラリーするようになったことは、高専の連中には知られたくない。特に五条先生には。

ある週末にいつも通り本屋と廃ビルを経て喫茶店に入って、いつも通りにコーヒーを頼んだところだった。
ミズキさんは銅のタンブラーを並べて磨いては満足げに眺めている。そこへ電話がかかってきて、ミズキさんが受話器を取った。

「はい、お世話になってます。お変わりないですか?…ですね、良かったです。…?はい、確かにいらっしゃいますけど、お知り合いですか?わぁ、偶然ですね。…はい、かしこまりました。スプーン2本ですか?はい、確かに」

カウンターの内側にあるミズキさんの横顔がにこやかに受け答えをして、受話器を置くとテキパキと調理を始めた。
別に電話の内容を聞くつもりでもなかったが、何となくテイクアウトの予約でも入ったんだろうと流して頁をめくった。
その内にミズキさんは調理を終えたらしく音が止んで、何を思ったか俺のいる方へ近付いてくる。顔を上げて見ると銀のトレイに苺パフェが乗っていて、事態が掴めない。今店内には俺しか客はいない。

「あの、伏黒さんって仰るんですよね?さっき五条さんからお電話があって、『僕のオススメ出してあげて』と」

絶望した。
と同時にメッセージ受信の音。

(奥手な恵にプレゼントだよ!ミズキちゃんと一緒に食べな)

絶対に殴る。アイコンにすら腹が立つ。

さっきの電話の内容もカチッと嵌まったように腑に落ちた。つーかどこかから監視でもしてんのかあの人は。
ミズキさんがトレイを持ったまま困ってることに気付いて、とにかくパフェをテーブルに置いてもらった。柄の長いスプーンが2本、五条先生のニヤケ顔が目に浮かぶ。

「…すみません、もしかしてご迷惑になりました?」
「いえ、五条先生の悪ふざけなんでミズキさんは悪くないです」

目の前に置かれたパフェを見た。細身のグラスに綺麗な断面で苺と生クリームとアイスとコーンフレークが積み上がっている。甘党の五条先生には美しい光景だろうが、そこまでじゃない俺には一人前の分量じゃない。
どうにも癪に触ったが、五条先生の言う通りにする以外の方法が思い付かなかった。
食い物に罪は無いし、ミズキさんが作ってくれたってのもある。

「…あの、良ければ一緒に食べてもらえませんか」
「え?」
「ちょっと1人には多いんで」

俺が言うと、ミズキさんは少し困ったように(当然だ)店のマスターを見た。マスターはカウンターの内側から微笑ましく目を細めて、一緒に食べていい旨を伝えてくれた。
それで初めてミズキさんが俺と同じテーブルを囲んで座って、細長い銀色のスプーンを手に取った。俺と同じ皿をつつくのが気になるなら先に食べてもらおうかとも思ったが、ミズキさんは気にならないと言って俺にもスプーンを差し出した。

ただパフェを食べるだけのくせに妙に緊張しながら、苺と生クリームを掬って口に入れた。
正面に座るミズキさんの顔が『美味しい?』と聞いている気がした。

「…美味い、ス」
「気を遣ってませんか?」
「いや、マジで」

思ったより甘くない。いや、苺は甘いけど生クリームが甘くない。俺の反応が嘘じゃないことは信じてもらえたようで、ミズキさんは安心した顔で反対側からパフェを掬った。

ミズキさんの大学はここから電車で30分程度、英文学専攻の1回生、甘いものとコーヒーが好き、よく行く本屋が近いからここをバイト先に選んだという。
パフェを食べ進めながら、ミズキさんは俺の知りたかったことを惜しげもなく教えてくれた。俺も、呪術関連のことは伏せつつなるべく本当のことを話した。

「あの…ごめんね、伏黒くん」
「何がすか」
「実は伏黒くんのこと、何となく同い年くらいかなーってずっと思ってて…」
「老け顔ってことですか」
「滅相もないです大人っぽい美人さんです」
「冗談ですよ」

ミズキさんの焦る様子が嬉しくて揶揄うと、ミズキさんは数秒間俺をまじまじと俺を見て、それからふっと笑った。

「伏黒くんは笑うと可愛いね」

男としては、どういう態度を取るべきか悩む言葉だ。それに歳上の余裕みたいなものを見せられると、少し腹立たしくもある。それで、らしくない言葉が口から滑り出た。

「可愛いのはアンタだろ」

ミズキさんは「ひぇ」とよく分からない声を出したきり黙って、溶けたアイスとシリアルの混ざったものを掬い上げる作業に逃避してしまった。

それでもパフェグラスを空にして会計に立った時には、レジに立つミズキさんの態度は落ち着きを取り戻しつつあった。誰かに向かって可愛いなんて言ったことは今までに無いし自分でもあまり思い出したくはないが、無かったことにされるのは腹が立つ。
パフェの代金は五条先生から振り込まれることになってるからと断られたけど、無理矢理払った。

「ミズキさん」と俺が言うと、細い肩が小さく跳ねた。

「…この近くに廃ビルがありますけど、チンピラの溜まり場になってるんで近付かないでください」
「?は、はい」
「この店から本屋に行くならビルの前通るだろ。遠回りでも他の道行ってください」
「はい」
「あと、次は口説きに来るんでそのつもりで」
「………ぇ、」

固まってしまったミズキさんを残して店を出た。残暑を含んだ空気が頬を舐めた。振り返って見るとガラス戸越しのミズキさんはまだレジの前で固まってて、俺が軽く手を振るとぎこちなく振り返してくれた。

帰り道、また例の廃ビルに立ち寄って完膚なきまでに祓い直してやった。
さて、これから俺のタスクはふたつだ。
五条先生のニヤケ面に一発くれてやること。
ミズキさんが頷いてくれるような口説き文句を次の休みまでに考えること。








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