フォーメーションB:赤い糸と嘘(乙骨憂太)



※夏油さん夢『赤い糸と嘘』の乙骨くん夢ifです。



「ミズキさん疲れたでしょう?座ってください。何か飲みますか?ミズキさんはカフェオレですよね?あっ僕最近マッサージ覚えたんです!ちょっと脚を触っ…あいえやましい気持ちは無くて!ミズキさんの脚がすごく綺麗で大好きなのはそうなんですけど…違う、や違わないけどでも、」
「乙骨くん、3秒静かにしようか」

言われた途端に乙骨はピカピカの笑顔で黙った。
目を輝かせて主人の指示を待つ犬そのものである。ミズキは浅く溜息をついて心を落ち着けた。

「乙骨くんもしかして、私のこと80歳くらいのおばあちゃんだと思ってる?」
「まさか。28歳と122日の綺麗なお姉さんです」
「うーん自分でも数えてなかったなそこは」
「ミズキさんの時間を僕がもらえたのが嬉しくてつい」

乙骨は後ろ頭に手をやって照れ笑いを浮かべた。えへへ、みたいな顔をしているけれども、照れる要素がどこにあるのかは謎である。

16歳と28歳。
高専生とプロの術師。
乙骨にそれはもう熱烈に口説かれて付き合い始めたものの、ミズキの中には後ろめたさが残っている。「ロリコンじゃん私…」と友人の家入硝子に懺悔したこともあって、その時硝子は「警察が見たら連れてかれるのは乙骨の方だと思うけど」と返した。

乙骨の任務終わりに街で待ち合わせてデートと食事をした後、2人でミズキの自宅に戻った。ミズキの任務は近場だったし等級も相応、勿論油断は禁物とはいえどちらかと言うとルーティンワークに分類されるようなものだった。対する乙骨は特級任務でしかも出張帰りなのだから、気遣う側と気遣われる側が逆ではないかとミズキは思ってしまう。
それで80歳発言に至ったわけだけれども、思わぬところで恋人のストーカー気質を引き出してしまう結果となった。

「出張帰りなんでしょ?その上私の買い物に付き合って、身体壊すよ。飲み物なら私が用意するし」
「僕が好きでしてるんです。だから、」
「座れ」
「はい」

乙骨には気遣いより命令が効く、というのは、ここ最近のミズキの気付きである。乙骨が命令されると嬉しそうなのにはちょっと釈然としないけれど、とにかく手っ取り早い。

ミズキがとりあえず湯を沸かそうとケトルに水を汲んだところで、テーブルの上で彼女のスマホから着信音が上がった。最寄りにいた乙骨がそれを取り上げてディスプレイに目を滑らせ、ミズキにバレない程度に目を細めた。

「電話だれ?」
「藻部川さん…ですね」
「わっ仕事?!ごめん出るね」

乙骨も知っている補助監督だった。
ミズキは乙骨からスマホを受け取って耳に当てながら、キッチンに戻っていった。一般的な挨拶があっていくらか相槌を打ち、その間に電気ケトルのスイッチを入れてコーヒーフィルターの端を片手で器用に折った。

「…そうなんですね、ご丁寧にありがとうございます。……はい、えぇ」

ドリッパーに開いて置き、コーヒー豆の容器に手を伸ばすと、背後から現れた大きな手がミズキの手と一緒にコーヒー豆を取った。

「僕、やりますよ」

乙骨がミズキの背後にぴったりと立ち、スマホとは逆の耳に囁いた。ミズキは口の形だけで『ありがと』を伝えて場所を譲ろうとしたのだけれど、乙骨は手足の位置取りで動きを制限して彼女をシンクに縫い付ける。
湯が沸いた。

「……はい。でしたら、データ送っていただけますか?確認して折り返し…え、高専ですか?次に行くのは…来週の火曜ですね。直接…?」

乙骨はコーヒー豆に湯を注ぎながら、ミズキの頭の上で不快そうに目を細めた。何かしらの確認ならデータ送付で済む話、それに急ぎでないのなら平日の20時過ぎに電話してくるのも非常識である。
乙骨がミズキの頭にキスをすると彼女は肩を跳ねさせて振り向き、乙骨を睨み上げた。『いまダメ』と強めの口パクで歳下の恋人を叱った。

「、…はい、分かりました。えっと、16時くらいに高専に寄るので…教務室に顔出しっ?!あっいえ何でも!お湯零しそうになっちゃって!」

慌てて取り繕うミズキは身を捩って乙骨から離れようとして失敗した。彼女の首を甘噛みした乙骨は、その場でわざと熱っぽくミズキの名前を囁く。仕事仲間にこんな声を聞かれるわけにはいかない。常識的に考えて恥ずかしいし、万一乙骨の声だと特定されたら自分を裁くのは呪術規定か民法か都条例か…とにかくミズキは手段を選ばす現状を脱することにした。

彼女は振り向くと乙骨を睨み上げ、彼の唇に人差し指を置いた。

「ゆーくん、めっ」

乙骨が急激に赤面して怯んだところで、フィルムが切り替わったような、空気の段差のような小さな違和感が生まれた。ミズキの術式である。本物の彼女はキッチンを出て補助監督との通話を終えたところだった。
ミズキはスマホをテーブルに置くと、キッチンで呆然としている乙骨を睨んだ。

「あのね乙骨く、」
「もう一回」
「え何?」
「現実でもさっきの言われたいです」

乙骨には気遣いよりも命令が効く。しかし、言い方によっては思いもよらない効果をもたらすので注意が必要である。



ミズキの言っていた『来週火曜16時』の少し前、乙骨は教務室を訪れてそわそわと時計を気にする藻部川に歩み寄って、ニッコリと笑い掛けた。

「こんにちは。ミズキさんなら来ないですよ」
「、え、な…」
「渡す書類があるなら僕が代わりに受け取りますけど」
「で、ですが、機密が」
「機密ですか」

藻部川は黙るしかなかった。特級術師がアクセス出来ない機密事項など、少なくとも一介の補助監督が保有するものではない。
ニッッッコリ笑った乙骨にすっかり気圧されてしまい、藻部川はデータを何故か乙骨に送る約束をその場で取り付けられてしまったのだった。

「返事は僕からしますね。以後ミズキさんのことはすべて僕を通してください」

飽くまで笑顔で乙骨は言った。
この辺りが、『警察が見たら連れてかれるのは乙骨の方』と話す硝子の根拠である。



***

夏油さんのフォーメーションBを更新した時に拍手コメントで『ゆーくん、めっ!も是非してあげて』といただいたので、やりました。
素敵なネタ提供をありがとうございました!
乙骨くんはこういうことやりそう。







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