「私って傑くんの妹みたいなものだから」



※職業パロの写真家夏油さんです。


夏油がまだ20代初め、無名だった頃から、彼の才能を見込んで援助した資産家があった。夏油はその援助に今でも感謝していて親交を保っている。
その資産家には孫娘がいて、9歳かそこらの頃から夏油と顔を合わせる度、彼の広い背中にくっついては『だっこ』やら『おんぶ』やら強請ったものだった。

「だから私って傑くんの妹みたいなものでぇ、昔からのクセでくっついちゃうけど気にしないでくださいねぇ?」

『気にしないで』と言う割に表情は挑発的であるし、これ見よがしに夏油の椅子の後ろから首に抱き付いている。
夏油が恩人に恋人を紹介するための場だというのに、少女は夏油との付き合いの長さを盾にして恋人よりも優位に立ちたいらしかった。祖父が仕事の急用で席を外した途端にコレである。そもそも招かれていないのに、どこからか嗅ぎつけて食事会に割り込んだのだ。
恩人の孫娘とあって、夏油はやんわりと「離れようね」「席に戻って」とあしらうのが精一杯である。

「あのね、気にするかどうかは彼女が決めるんだよ。はしたない真似はやめて席に戻りな」
「傑くん冷たぁい!昔はそんなことなかったのに」

『昔は』と言われると、恋人の立場では辛いものがある。夏油と知り合って1年経っていないのだ。ミズキは苦笑いをした。

「彼女さんってぇ女優さんなんでしたっけ?私あんまりテレビとか見ないから」

未成年の少女に対して2人はいわゆる大人の対応をしているのだけれど、少女はどんどん遠慮がなくなってきて、夏油の頭に頬を寄せて嗤った。
夏油は大分前から苛ついていたものが、とうとうコメカミをひくつかせ始めた。

「あっねぇ傑くん写真撮ってよぉ昔みたいに!よく私で練習してたよね」

少女が夏油のカメラに手を伸ばした瞬間、彼の大きな手がその腕をしっかり掴んだ。「触るな」と言う声は低かった。

「すぐ、…」
「私の大切な仕事道具だ。それにこの人と出会ってから美しいものしか撮らないと決めてる。いい機会だから誤解を解いてあげよう。お前は私の妹じゃないし思ったこともない。恩があるのはお前の祖父にであってお前じゃないのを忘れるな」
「ひ、ひど…」
「酷いか、そうだな、部屋を出て汚い泣き顔で誰かの同情を買うといい。ただ足りない頭でもこれだけは覚えておけ、私の大切な恋人を傷付けるなら、」

少女は青褪めて夏油の椅子の後ろに立ち竦んでいたけれど、ある時視線をずらして「あ、」と間抜けな声を漏らした。夏油はその視線を辿って隣を見た途端に言葉が出なくなってしまって、取り乱して立ち上がった。ミズキがはらはらと涙を流していた。

「傑さん、だめ」

彼女の白い手が夏油の裾を小さく掴むと、彼は動揺して背中を丸め、ミズキの顔を覗き込もうとした。伏せられた美しい睫毛に涙の粒がある。

「ごめんね、怖かったかい?もう帰ろう」

夏油は彼女の背中に手を添えて立たせ、自分の身体で少女を遮るようにしてそのまま部屋を出た。廊下で擦れ違い様に邸の使用人へ詫びの言伝を託し、広々としたカーポートで車の助手席にミズキを座らせて自分も運転席へ回り込んで、もう一度彼女の顔を恐る恐る覗き込んだ。

「もう、女の子にあんな怖い声出しちゃだめじゃないですか」

夏油は目を丸くした。ミズキの美しい目元はもうすっかり乾いていて、化粧すら乱れていない。

「………えっと、嘘泣き?」
「お芝居って言ってください。だって傑さんあのままだと決定的にだめなこと言っちゃいそうだったから」

否めない自覚は夏油にもある。先程は鬱陶しさのあまり頭に血が上っていたけれども、恩人の孫娘に対してあの続きを言ってしまうのはさすがにまずい。
夏油は助手席に乗り出していたところから運転席に背中を付け、額に手を当てて大笑した。

「敵わないねぇ本当に、あの場で一番大人なのは君だったな」
「お化粧崩さずに泣くの、すごく練習したんですよ」
「うん、うん、素晴らしかった。年甲斐もなく焦ったよ」

笑いすぎて目尻に涙が浮かんだのを親指で払うと、夏油はエンジンを回して車を動かした。
孫娘は今頃泣いているかもしれない。マスカラやファンデーションをぐしゃぐしゃに乱して。

「さて、予定より早く終わったし帰ってゆっくりしようか」

ミズキは少し意外な思いで夏油の横顔を見た。彼はこんな時大抵どこかに出掛けようと言い出すのだ。恋人の視線に気付いた夏油はわざとらしく「どうしたの」と尋ねて見せた。

「珍しいなって思っただけです。時間が出来たらいつもどこかにお出掛けするから」

夏油もミズキも、一般的な尺度では有名人である。それなのに夏油は変装もしないであちこち恋人を連れ回すものだから何度も週刊誌に抜かれ、挙句その写真について『画角が悪い』とか『光を活かせてない』とSNSでダメ出しをして楽しそうにしていた。彼女の事務所の(事後)承認も得て、今ではすっかり世間公認である。

夏油は目を細めて笑った。

「泣きのお芝居が素晴らしかったから、昨日君がベッドで泣いちゃったのも演技だったのかと不安になってね。見て確かめたいから再現してもいいかな?」

「いいかな」と言いつつ車はスイスイと帰路を辿っていく。
ミズキは頬を赤らめ、ジト目で夏油を睨んだ。

「知ってるくせに」
「うん?何のことだろうねぇ」

夏油の指は機嫌良くハンドルを叩いている。







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