フォーメーションB:あきらめそこない(さしす)



男性が少し苛立った声を出した時になって初めて、話しかけられているのが自分だと気付いた。それまで小さな画面で硝子ちゃんとの会話に夢中になっていたものだから、男性2人が急に至近距離にいて驚いてしまう。

「あ、ごめんなさい…何かご迷惑を?」
「じゃなくて、お茶でもどう?って誘ってんの」
「お姉さんさっきからずっとここにいるからさぁ」

本当に聞こえていなくて、失礼なことをしてしまった。

今日は硝子ちゃんとデートの約束をしていて、だけど急患の対応があって今から高専を出るとメッセージが入ったのだ。

(本当ごめん、どこかカフェにでも入ってて)
(急がなくていいからね。お仕事お疲れさま)

この遣り取りの直後、顔を上げると若い男性2人が私を見ていた…という流れだ。

「すみません。待ち合わせの相手が少し遅れるだけなので」
「こんな可愛い子待たすヤツなんて放っとけば?行こうよ」

少しムッとしてしまう。この人、硝子ちゃんのことを知りもしないで。

「行きません。大切な相手を待っていますから」

少し、思ったよりも強い口調になってしまった。そのせいか相手の人も気分を害してしまったみたいで、前のめり気味に距離を詰めてくる。
石造りのベンチに腰掛けているせいで、目の前に立たれると距離を取るのが難しい。仮にも昔は呪術師だったくせに初手を誤ってしまった。

「何かさぁ無視しといて逆ギレって態度悪ィな」
「調子乗ってんじゃねーよ」

胸倉を掴まれる、と迫ってくる手に緊張したのと同時に横から別の手が現れて男を遮ってくれた。硝子ちゃんだった。

「ミズキごめんね、待たせた」

ごめんじゃないよ。首を振った。
硝子ちゃんのすらりと綺麗な手が男の手首を捻り、逆の手の親指が肘近くの一点を強く押し込むと、男が濁った声を上げた。相当痛いらしい、さすが。

「喧しい。私の恋人に汚いものを聞かせるな」

硝子ちゃんが男の腕を離してパッパと手を払った。腕を取られなかった方の男が「こ、恋人?」と私と硝子ちゃんを交互に見る。
私はベンチから立ち上がって、硝子ちゃんの腕に抱き着いた。

「私の恋人。素敵でしょ」
「そういうことだから。散れクズども」

片方の男は『あ、そういう…』みたいな、ちょっと引き気味の顔になった。腕を痛めた方は涙目で腕を庇いながら私達を睨んで、ザリッと一歩詰めてくる。今度は間違わない、結界を張るーーーと意識した瞬間、硝子ちゃんとは反対側の肩に大きな手が乗った。

「硝子は優しいねぇ、逃してあげる気があるんだもん」

五条くんだった。私と硝子ちゃんの真後に立っても五条くんの視界は遮られない。男の人2人は首をとっても上向きに傾けて五条くんを見た。片方が「でか」とぽつり。

「ねぇ君ら、僕の可愛い可愛い恋人に何してくれてんの?」

ニコーーー、みたいな、違和感のある笑顔。五条くんがイラついてる時の作り笑顔だ。サングラスの下の綺麗な目は笑っていない。
その時硝子ちゃんとの間にするりと手が差し込まれて、温かい手が私の腰を引き寄せた。

「私にも聞かせてほしいね、大切な恋人のことは把握しておきたい」

夏油くんだった。同級生全員…というか、これは、呪術界の(多分)最高戦力が揃ってしまったのかもしれない。その上、夏油くんもこれは怒ってる時の笑顔。
男の人がもう一度「でか」と言った。その通りです。

「…あの…皆さんどういった…御関係で…」

腕を痛めた方の人はすっかり小さくなってしまって、言葉も丁寧になっている。もう1人の方は私達4人の顔を順番に目で辿って、組み合わせを探っているみたいだった。
この際だから誤解のないようにハッキリお伝えしよう、ニッコリ笑って。

「3人とも私の恋人」

硝子ちゃんの頭が私の方に倒れ、五条くんの手が肩を優しく撫で、夏油くんの手が腰を引き寄せた。3人とも大好きで大切な、私の恋人。

「ってわけだから、お兄さん僕と大事なお話しよっか」
「それじゃそっちの君は私と面談だね」

作り笑顔の五条くんと夏油くんが瞬く間に男の人2人の首根っこをそれぞれ掴んで、スタスタと薄暗い路地に入っていく。何て言ったらいいか…本当にもう、ごめんなさい、と連れて行かれる小さな背中に心の中で謝っておいた。

「怖い思いさせたね」

硝子ちゃんが私に向き直って髪を撫でてくれる。心地良くて、喉を擽られる猫の気分。

「ぜんぜん。むしろ硝子ちゃんどうしてこんなに早いの?40分くらいかかると思ってた」
「急患ってのがクロだったんだけど、アイツ予定外の追加任務が嫌でわざと負傷して帰って来やがった。で、出掛けにシロ見付けて送らせたらクロもついてきた」

やっぱり私の同期たち、つまり恋人たちはやることが規格外にスゴイ。
硝子ちゃんがぐるっと辺りを見回した。

「待たせたお詫びに何か奢るよ。せっかくデートなのに最初から悪かったね」

その時広場の時計が軽快に鳴って、待ち合わせの時刻を知らせてくれた。つまり硝子ちゃんは遅刻しなかったのだ。

「謝らないで。助けてくれてありがと」

硝子ちゃんの目が優しく細まった。私の好きな表情。

「とにかくどこか入ろう。コーヒーでいい?」
「わー嬉しい硝子ありがとう」
「4人席が空いてるといいね」

五条くんと夏油くんが左右から両肩に手を置くと、硝子ちゃんは半眼になって舌打ちをした。美人さんがそんなことしちゃいけません。
さっきの男性2人はどうなったんだろう。聞いてみると、

「号泣で土下座してたな」
「財布から免許証抜いたのいつ気付くか楽しみだね」

とのことだった。10秒と少しでそこまで…
この味方である限りとっても心強い2人に対して、硝子ちゃんはパッと肩の手を払い退けた。

「ふざけるなよ、今日は私の日。お前らは高専に帰ってインスタントでも飲め」
「たまには4人でいる日があってもいいじゃーん」
「じゃ次のお前の日にやるか?五条」
「………、………………やだ」
「ほら見ろ。ミズキ行こう」

硝子ちゃんが私の手を引く、その向こうで、五条くんがおもむろにサングラスを外した。綺麗な青い目がうるうるキラキラ、少女漫画もかくやというくらい。

「ねぇミズキ…僕、まだ一緒にいたいなぁ…」
「ぅ…」
「ミズキ見るな、呪いをもらうぞ」
「ね、お願ぁい。コーヒー飲んだらちゃんと帰るから」

五条くんはその長身に見合わない弱々しい仕草で、私の袖口をちょんと握った。どうしてか、随分高い位地にある綺麗な目が凍える子猫みたいに見えてしまう。
絆された自覚はあって、硝子ちゃんを申し訳なく見つめると、硝子ちゃんは降参の溜息をついてくれた。軽い舌打ちがあって(ダメだよもう)硝子ちゃんがコーヒーショップを指して顎をしゃくる。
途端に目のうるうるを切り上げて五条くんが歩き始めた傍で、硝子ちゃんが夏油くんのことをじとりと見上げた。

「…珍しく静かじゃないか、何を企んでる」
「嫌だな人聞きの悪い。悟の言う通り偶には4人でする日があってもいいじゃないか」
「しれっと動詞を掏り替えるな気色悪い」

『いる』と『する』は随分違うね夏油くん。

その時ポケットから着信音が上がって、取り出してみるとディスプレイには七海くんの名前。気遣い屋さんの七海くんがメッセージでなく電話を選んだ辺り、緊急案件と見た。応答。

「お休みのところ申し訳ありません。お近くに仕事をサボっている特級が2名ほどいませんか」

バレてますね。
目を向けると五条くんと夏油くんが揃って『げぇ』みたいな顔をした。

「仕事に戻るよう指示を。貴女が言えば聞くでしょう」

丁重に謝って(「貴女に非はありませんよ」と言ってもらって)通話終了、既に拗ね顔の2人の前に立った。

「…2人とも、残念だけど」
「………ヤダもうちょっと」
「五条くん、明日ちゃんと定時で帰れるようにしてくれなきゃいやだよ」
「………」
「夏油くんは明後日お休みでしょ?ちょっと遠くにお出掛けする約束だもんね」
「……分かったよ」

納得してない顔ながら、五条くんと夏油くんは溜息で気分を切り替えてくれたようだった。学生の頃からそう、この2人は喧嘩ばかりなのに考えることや気分の移ろいが大体一緒なのだ。
微笑ましく見ていると、その時今度は硝子ちゃんに着信があった。硝子ちゃんの綺麗な顔がみるみる歪んで、これは急患の知らせに違いない。電話が終わる頃には徹夜明けみたいに目が据わって、口端の片方が引き攣った笑い方になっていた。

「おいクロシロ」
「「はいはいご愁傷様」」
「定時までに任務片付けて急患が発生しない状況作れたら、お前らの言う『4人で』っての考えてやらんでもない」

五条くんと夏油くんが「「マジか」」と声を揃えた。
そこからはもう迅速で、夏油くんは呪霊に乗って任務に出立、五条くんも硝子ちゃんと私を高専に送り届けてくれてすぐに任務へ出ていった。
さて私は医務室で硝子ちゃんの手伝いをしながら、大好きな恋人たちの仕事終わりを待つことにしよう。







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