対 伏黒恵(15)



「「伏黒きゅぅぅん!!」」

デジャヴである。

見知らぬ女性に話しかけられている伏黒とそれにわざとらしく詰め寄る虎杖・野薔薇という構図は、伏黒に過去の恥を思い起こさせて彼を軽く苛立たせた。前回の逆ナンは虎杖の誤認であったのだけれど、今回は本当なのでそれも面倒だった。
唯一の救いといったら、五条が不在だったためにヴァイオリーンできらきら星を弾けとか摩訶不思議な展開にならなかったことくらいである。無茶な師匠のせいで伏黒の『救い』のハードルはとても低い。

伏黒は前向きに考えることにした。逆ナンしてきた女は目元をピクピクさせて不審者を見る目をしていたけれども、その後テキメンに退散してくれたのだから。何しろしつこかった。『恋人を待ってる』と言っても睨みを効かせてもびくともしなかった。この点においては埼玉の不良より強かったと言っていい。

去りゆく逆ナン女を見送りながら、一仕事終えたかのような満足顔をしている虎杖と野薔薇に対して、伏黒は深い深い溜息を吐いた。

「で、ミズキさんは」

1学年上の、伏黒の恋人である。
元々は伏黒・虎杖班とミズキ・野薔薇班によるそれぞれの任務が近場であって、先に待ち合わせ場所に着いた伏黒を残して虎杖がコンビニへ行って戻ったところ、伏黒が見知らぬお姉様に絡まれていたのだ。そこへ野薔薇が合流してフォーメーションAを決行したという流れである。
正直なところ伏黒は「誰よその女」という台詞なら、普段自己主張の控えめなミズキに言われたかった。お前らじゃねぇ帰れ、というのが彼の苛立ちの一部である。

伏黒から恋人の所在を問われた虎杖と野薔薇は、くつくつと悪人めいた笑い方をした。

「ふっふっふ…恋人の身柄は預かった!返してほしければこの街のどこかに隠した彼女を見付けてみせろ!」
「スマホの電源は落とさせてるわ!」
「お前らマジで何が…いやもういい帰れ頼むから」

任務より疲れる…というのが伏黒の溜息の深さに表れていた。



ぴゅぅるるる…と鳴くのはトビだっけ、街中にもいるんだ…とミズキはぼんやり空を見上げていた。
高いフェンスに囲われた、ビルの屋上である。

野薔薇と任務を終えて待ち合わせ場所に向かっていたところ、建物の影から覗き込む虎杖の後ろ姿を発見し、その視線の先に逆ナンを受ける伏黒を発見した。その時に自分がどんな顔をしていたのかミズキは分からないけれども、察しのいい野薔薇は「ミズキさん、あのウニ頭とっちめてやりましょ!」と笑ったのだった。
恋人として贔屓目はあるにしても、伏黒が女性の目を惹くのは事実で仕方のないことだとミズキは思う。知的で美しい顔立ち(と言うと本人は嫌がるのだけれど)をしているし、話せば言葉数は少ないながら礼儀正しくて優しい。

鳥の羽音がした。鴉かさっきのトビか…と思っている内、膝を抱えて座るミズキに影がかかった。

「見付けた」
「…伏黒くん」
「虎杖と釘崎の馬鹿に乗らないでくださいよ」

伏黒の手が鵺をひと撫ですると、その巨大な鳥は音もなく消えた。
ミズキは立ち上がって緩く笑って見せた。

「ごめんね、2人とも私に気を遣ってくれただけだから怒らないであげて」
「…アンタも見たんですよね」

伏黒は先程鵺を撫でた手を何度か結び開きした。待ち合わせた恋人がナンパの相手をしていたらいい気はしない、だからこそさっさと追い払おうとしていたのに。
ただ、ミズキに悪かったと思う反面どこかで嫉妬のひとつでもしてくれないかという思いもあった。
ミズキは曖昧に口角を上げたまま。

「まぁチラッとだけ。虎杖くん野薔薇ちゃんと一緒にすんなり合流すべきだった、ごめんね」

伏黒はミズキのこの『ごめんね』が嫌いだった。波風立てずに塗り込めて話を切り上げたい意図が見えるような気がして。実際、もしもミズキが虎杖や野薔薇のフォーメーションAとやらに参加していたとして、「誰よその女」の2人の後ろで苦笑いする様が目に浮かぶ。逆ナン女に頭を下げまでするだろう。
伏黒はぽつりと「ふざけんな」と言った。

「立場が逆なら俺は謝らない。ナンパ野郎ぶん殴って後悔させてやる」
「えっと、良くない、よ…?」
「アンタいつもそうだよな、俺に興味ないような顔して誰にでも優しくて。俺はアンタにしか興味がないし優しくしない」

すらりとした鼻梁に皺を寄せて、唸るように伏黒は言った。ミズキはそれを見ていて何ともむず痒い気持ちになってしまう。
伏黒は普段あまり人と群れることを好まず表情も豊かな方ではない。それなのに時折、意外なほどストレートに思いを伝えてくれるのだ。
ミズキが何も言えないでいると、伏黒の方が決まりが悪くなってふっと目を逸らしてしまった。

「…何とか言ってくださいよ。俺1人で馬鹿みてぇだろ」
「ごめんね、あの…嬉しい、から」
「俺は嬉しかないですけどね」

すっかり拗ねている。ミズキは伏黒のこんなところも好きだった。理知的で大人びているかと思えば、意外に短気でこんな風に拗ねたりもする。
伏黒が時折ミズキの具体的な言葉や行動を欲していることは、以前から分かっていた。彼はドライで人嫌いのように見えて、気を許した相手には触れ合いと愛情表現を求める。
ミズキが伏黒を呼んで「あのね」と切り出すと、彼は拗ねた態度の延長でムスッとしたまま後ろ首を掻いた。

「…何すか」
「……、好き、だよ。言うの得意じゃなくて…いつもごめんね」

後ろ首にやっていた手を半端に浮かして、伏黒はピシリと固まった。受け取った言葉は正に彼が求めていた内容だけれども、いざ言われてみると恥ずかしがり屋の恋人に無理強いするものではなかった気がしてくる。見ればミズキは顔を赤らめ所在なさそうに身を縮ませていて、可哀想にさえ思えてきた。…言葉そのものについては有り余るほど嬉しかったのは別として。

「…すみません、俺がガキでした。アンタが俺に興味ないとは思ってない」

ミズキがパッと顔を上げて嬉しそうに笑った。分かってくれた、と書いてあるような顔で。
思えば彼女は口に出すことこそ少ないけれども、表情は豊かである。挨拶のように好き好き言われるよりもその方が余程嬉しいと思っていたことも一緒に思い出して、伏黒は嬉しさと後悔を噛んだ。

「とりあえずどっか入りましょう…寒いでしょ」

特に気温の低い日というわけでもなかったけれど、ミズキは指摘しなかった。伏黒の頬に赤みが差しているのだって、寒風に晒されたからではない。ただ彼女は嬉しくなって、階段へ続く扉に手を掛ける伏黒に歩み寄った。
しかし、ドアノブが回らない。
伏黒はガチャガチャと何度かドアノブの抵抗を確かめて、それからゆらりとミズキに視線を向けた。

「…ミズキさん」

いつもより一段低い声に、ミズキは何となく背筋の冷えるのを感じながら「はい」と辛うじて返した。

「アンタここまでどうやって登りましたか」

階段で、という答えは今封じられたばかりである。虎杖の「ここで待っててな!」という指示があってからミズキは階下に降りようとしなかったから、鍵が掛かっていることには今気が付いたところだった。ただ本当のことを言うと伏黒が怒りそうな予感というか確信がある。
というよりも、隣のビルから移っただとかミズキが咄嗟の嘘を模索する間もなく伏黒は既に怒りつつある様子だった。

「質問変えましょうか。ここまでアンタのこと運んだのは虎杖と釘崎どっちだ」
「…いたどりくんです……」

ごめん、とミズキは心の中で後輩に詫びた。
尤も、彼女が詫びるまでもなく伏黒は事態を特定しているのだけれど。

「次はまぁ、どこ触らせたって話になりますけど」
「さ、触るとか!そういう感じじゃないよ?!荷物運ぶのと変わんないっていうか、ボールを屋根の上に置いてくるみたいな…!」
「どこ触らせた」
「えっと、」
「言え」

苦渋の決断が行われ、ミズキは肘を曲げて両方の前腕を差し出すようにした。丁度、某フライドチキンチェーンのマスコットおじさんみたいに。言わずもがな、バスケットの代わりに抱えられていたのが…ということになる。
伏黒は口元をひくつかせた。それから、先程仕舞ったばかりの鵺を出す。

「とりあえず高専戻って虎杖殴って」
「慈悲を…」
「アンタのことは抱きますから」
「ひぇ、」
「返事」
「はい…」

伏黒はミズキの腰を抱き、鵺の背中に手を掛けた。それまで険しい表情をしていた彼がふと動きを止めて、横目にミズキを見た。

「…ミズキさんが嫌ならやめますけど」

ミズキはしばし目をぱちくりとして伏黒を見上げた。
彼は物静かなようで意外と短気、人嫌いのようで愛情深く、紳士的な反面時々強引で、けれどやっぱり優しい。ミズキは眩しそうに目を細めて、伏黒の肩口に頬を寄せた。

「いやじゃないよ」

彼の手にぐっと力が入った。



その後高専に戻った伏黒は有言実行した。具体的には、ミズキを自室に押し込んでおいて虎杖の脳天をブン殴った。
虎杖が、口先では「いってぇ!!」と言って頭を押さえながら思ったよりも痛くないことを意外に思っている横で、野薔薇は半眼になって肩を竦めて見せた。

「伏黒あんた、この後楽しみなことがあるみたいな顔ね」

伏黒は「うるせぇな」と言い残して、さっさと談話室から引き上げたのだった。



***

『フォーメーションの話伏黒くんも!』とネタポストにくださった方、ありがとうございました。
これからもギャップ満載インテリヤンキーの伏黒恵をどうぞよろしくお願いします。







×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -