「五条さんのこと家族みたいって言ってましたよ」



「あっでも前に彼女さんは五条さんのこと、『家族みたいなものだから男性として見られない』って言ってましたよぉ」

飲み会の場だった。
術師と補助監督で声を掛けた時にその場にいた者と、近くにいて合流できた面々が、適当な居酒屋に集まった。任務終わりの五条を高専に送る車中の伊地知に誘いが掛かって、五条が夕飯がてら行くと言い出したのだった。
全員にそれなりに酒が回ってきた辺りで冒頭の一言があった時、ゾッとした伊地知は即座に五条とその女ーーー前々から五条にモーションをかけている補助監督であるーーーから静かに遠去かった。
五条の口元から表情が抜け落ちた。

「…へぇ、それ本当にミズキがそう言ったの?」
「本当ですよー?」

五条が身体をその女に向けたことで、女は『釣れた』と見て益々五条に擦り寄った。
加速度的に伊地知の胃がキリキリと痛み、最早食事どころではなくなってしまった。そもそも高専の車で無理矢理立ち寄らされた彼であるから、飲酒も出来ないのに。気の毒である。

「お疲れさまです。まだオーダー大丈夫です?」

そこへ何と話題の当人が朗らかに現れて、伊地知は胃が捩じ切れる心地がした。日頃五条の任務送迎をする度に延々と惚気を聞かされているから、もしも今回放り込まれた手榴弾で五条と恋人の関係が破局、あるいはヒビが入るようなことがあったら恐らく怒涛の八つ当たりが伊地知を待っている。つまり死ぬ。
五条が立ち上がって恋人を迎えた。

「待ってたよー!怪我ないよね?お腹空いてる?今日の補助監督って男じゃないよね」
「はいはい怪我してないです、お腹ぺこぺこ、補助監督は女性でした」
「OK完璧!」

さすが付き合いが長いだけあって流れるように五条を取り扱う彼女である。
頼むからこのまま穏便に流れていってくれとの伊地知の願いを遮って、五条が「ところでさぁ」と不穏な一言で切り出した。

「僕のこと『家族みたいなもの』って言ってたらしいじゃん、これ本当?」

ミズキは『何故それを』というような顔をして一瞬目を泳がせた。思い付く限り最悪のパターンである。伊地知は個室の片隅で、キリスト教徒でもないのに胸の前で十字を切った。

「嬉しいやっっっと僕のプロポーズ受ける気になってくれたんだ何回目だっけ10は超えてるよね!指輪選びに行こうよぉ新居どうする?式は和装とドレス両方着てね!」

にこにこにこにこにこにこにこにこ。
190超えの大男が、無邪気な少年が犬と戯れあうように恋人に盛大に頬擦りをしている。その内キスしようと唇を寄せるので彼女の方が必死に手で制した。

「人前では、やめてっ!て、いつも言ってる!」
「ごめん嬉しくてつい」

五条は輝かんばかりの笑顔である。

「僕の家が面倒臭いから気軽に結婚出来なかったもんね、でもやっと受け入れてくれたんだねぇ!これから本当の家族になろうね!」
「…んー…まぁ、ウン……」
「照れ屋さん!まぁそこが可愛いんだけど!」

どうやら伊地知の危惧とは盛大に違う方向へ転がったようである。彼が嫌な動悸を抱えていた胸を撫で下ろそうとしたところで、また五条が「そう言えば、」と不安を掻き立てることを言った。

「お前が僕のこと『男として見られない』って面白いデマも聞いたの」
「え、何それ?」
「ほんっと、可笑しいよねぇ」

五条はケラケラと笑って、それから急に口元の表情を落ち着けて、恋人の腰を抱き寄せて思わせぶりな手つきでしっとりと撫でた。

「僕が男なのはお前が一番良く知ってるのにね」

耳元で囁かれたミズキは真っ赤になって顔を隠してしまい、それを見た五条はまた満足げににんまりと笑った。

「じゃ、僕と奥さんはお先に失礼しまーす」

ひらひらと手を振って恋人の腰を抱いたまま、五条はその個室を出ていった。
伊地知は、五条の恋人(改め婚約者)とは別の意味で真っ赤になっている同僚の女に僅かな同情を覚えつつも、八つ当たりコースを免れたことについて、やっと胸を撫で下ろしたのだった。







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