対 虎杖悠仁(15)



※清いお付き合いをしている同級生です。



ミズキは伏黒と、虎杖は野薔薇とペアでの任務が終わった後のことだった。
寮の門限までは随分時間があるし適当に散策してから帰ろうという話でまとまって(つまりデートということになる)、待ち合わせ場所まで伏黒がミズキを送ってくれた。
そこまでは良いとして。

「…絵に描いたような逆ナンでいらっしゃる」
「本人は気付いてなさそうだけどな」

虎杖から『先ついた』とメッセージがあってから10分少々、待ち合わせ場所にて、彼は年上の派手めの女性に構われていた。
自分のスマホを相手に見せながら身振り手振りで何かを説明している。恐らくは道順を。この辺りが、伏黒の『本人は気付いてなさそう』の根拠である。
「…どうすんだ」と伏黒が溜息混じりに言って、ミズキは困った声を漏らした。

「あのお姉さん『分かんない』の一点張りっぽいし、その内『じゃあパパッと送ってくよ』になりそうかなーって」
「…なるか?」
「善意100%で」
「…なるか」

ミズキは「ね」と笑って見せて、それからきょろきょろと周囲を見回して手近なカフェに目を留めた。続いてスマホで一言二言虎杖に送ったらしいというのが、隣の伏黒にも見えた。

「結局どうすんだよ」
「ん」

ミズキがトーク画面を伏黒に向けた。

(お姉さん迷子?待ち合わせ最寄りのカフェいるね)

伏黒が見ている内に既読がつく。

「…お前怒らないのか」
「んー、だって善意100%だしねぇ」

ミズキは柔らかく笑って、小さく首を傾げて見せた。それに対して伏黒は眉間に皺を寄せ、彼の方でも手早くスマホを触る。
それからミズキがカフェに向かおうとするよりも早く、直前まで迷子のお姉さんの相手をしていたはずの虎杖が至近距離にまで来ていてミズキの手を取った。

「ごめん待たせた」
「え、あれお姉さんは?」
「地図見て自分で行ってもらった」
「、そっか…?」

虎杖らしからぬ行動にミズキが釈然としないでいる間に、彼は掴んだ手を引いてその場から歩き始めてしまう。ミズキは慌てて伏黒を振り返った。

「伏黒くん何かバタバタ、ごめんね!」

離れていく伏黒は軽く手を上げていて、声は聞こえなかったけれど口の形は「いい」とだけ言っていた。
そのまま虎杖は少し痛いほどの力でミズキの手を引いてぐんぐん歩いて、ある時ピタと止まったと思うと出し抜けに振り返って「ごめん!」と発した。ミズキは一連の行動が理解出来ないで、目をぱちくりとして彼を見る。
虎杖が居心地悪そうに目を逸らして、頬骨の辺りを軽く掻いた。

「あの、私特に嫌なこともなかったし…どうしたの?何かあった?」
「…俺は嫌だった」
「えっごめん、私何しちゃった?」
「俺と手繋いでんのに伏黒の方見てるのが、あんな一瞬なのに嫌だったよ。それで、いつも自分のがよっぽどミズキのこと放っといてるって思った」

「だからごめん」と改めて言うと、今度は虎杖は頭まで下げた。
ミズキの方は、一応虎杖の辿った思考の流れは理解したものの、それでここまで律儀に謝ってくれることに対して、嬉しいだとか共感というよりもどこか他人事のように感心してしまう。ただ、虎杖らしくないと思った振る舞いの裏側にしっかり虎杖らしい誠実があったことについては、やっぱり嬉しかった。

「悠仁くん」
「ハイ」
「とりあえず頭上げよっか」

耳を伏せた犬のような顔が上がってきて、ミズキは笑った。

「本当はね、私と待ち合わせなのにお姉さんの相手するのねって思ってたよ。でも善意しかないの分かるから、待てばいっかって」

シュンと眉尻を下げていた虎杖は何やらムズムズと口元を動かして、すぐにそれを隠すように鼻から下を手で覆った。
ミズキが不思議がって覗き込むと、使っていない方の掌を彼女に向けて『立ち入り禁止』の仕草。目尻には赤みが差している。

「本当ごめんちょっと…いやスゲー、嬉しい…デス」
「ニヤニヤしちゃう?」
「図星でしかない…」

ミズキは「ふふ」と満足そうに笑って、目の前に立てられた虎杖の掌から彼を覗き込んだ。彼の袖をちょんと摘んで。

「スニーカー見に行くんでしょ?デートの時間が短くなっちゃいますよお兄さん」
「あ゛ーもー…正確に照れの急所突いてくるし…」

虎杖は口元を隠していた手を今度は目や額に当て、ミズキに向けられていた方の手は役目を諦めて大人しく袖を掴ませている。ミズキが可笑しくなって笑っていると、どうにか照れに始末をつけた虎杖は呻き声のようなものを上げた後に「…行き先なんだけどさ」と切り出した。

「この前ミズキが雑誌見て気にしてた店、あれ行こ」
「え、スニーカーは?」
「俺のは今じゃなくていーから」
「ふぅん…?男の子ってああいうお店に入るの恥ずかしいのかと思ってた」
「まぁ俺一人なら入らんけどさ」

虎杖が普段自分から立ち入る店といったらコンビニと靴屋とDVDレンタルショップとラーメン屋とパのつく遊興施設くらいで、今2人の言う雑誌の店、いわゆる可愛らしい雑貨屋には近付くこともない。
虎杖はまた無意識に頬骨の辺りを掻き、それから今度は、照れ混じりに歯を見せて笑った。

「ああいう自分じゃ入らん店にいるとさ、ミズキといるなーって感じがして嬉しいよ。どんなん好きとか、楽しそうで可愛……、…あー最後の忘れて」
「最後のってどの辺りかな」
「意地悪せんでよ…」

虎杖はせっかく一度始末した照れがさっさと再発してしまい、今度は両手で顔を覆った。周囲に人通りがなければしゃがんで顔を隠したいところだった。
ミズキは楽しげにくすくすと笑って、虎杖の手で覆い隠せていない目尻だとか耳の辺りが赤いのを微笑ましく眺めている。

その時ふと横を通り過ぎた女性が目に留まってミズキは振り向いて見た。虎杖を逆ナンしていた女性と背格好や服装が似ていたのだ。そのままミズキが見ていると虎杖が異変に気付いて顔を上げ、彼女とその視線の先とを見比べて首を傾げた。

「どした、何かあった?」
「…ね、そういえばさっき女の人を送っていかなかったの、どうして?」

普段の虎杖であればミズキが伏黒に言った通り、手っ取り早く目的地まで連れて行きそうなものである。今になって唐突に、虎杖がそれをしなかった違和感に気付いたのだった。
虎杖は気まずそうな声を漏らしてがしがしと頭を掻き、少し迷ってから「これ」とスマホを見せた。
トークアプリの画面には伏黒の犬のアイコンがあった。

(時間かかるならデート代わるぞ)

時刻はついさっき。そういえば伏黒の方でも何かスマホを触っていたとミズキは思い当たって、笑い始めた。

「意外、伏黒くんもこんな冗談言うんだ」

小さく肩を揺らしているミズキに対して、虎杖は居心地悪そうに口端をぐっと引き下げた。

「…や、コレはさぁ…」
「え、なに?やっぱり苛つかせちゃったかな」
「やー…まぁ、うん…」
「前に五条先生も一緒になってフォーメーションAとかって伏黒くんに絡んだでしょ。仕返しじゃない?」

結局あの時の伏黒は逆ナン案件ではなかったのだけれど、状況としては似ていなくもない。
ただ、虎杖はこれ以上深掘りして伏黒の真意をミズキに教えることに抵抗があって、彼女の誤解をそのままにさせた。
虎杖はスマホをポケットに戻すとミズキの手を取っていつもより少し強く握った。

「ん、行こっか」
「うん。俺と行こう」
「えっとねぇ…ここからだとまず道路渡ってー…」
「ミズキ」
「うん?」
「俺と付き合ってくれてありがと!大事にするから、ちゃんと」

虎杖の少々唐突な発言にミズキは目を瞬かせた後、ニッと笑った。

「じゃあいつも通りだ」




***

虎杖くんには見てる側が恥ずかしくなるくらいのアオハルをしてほしい。
下着屋さん以外はノリノリで入ってくれそうな彼ですね。

ネタポストに「フォーメーションの話虎杖くんも!」とくださった方、ありがとうございます。







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