対 夏油傑(17)



※離反…?知らない子ですね。




「五条、どう思う」
「どーもこーも有罪確定」

夏油傑にまつわる欠席裁判は開廷3秒で結審した。出廷は家入硝子ならびに五条悟、異論は認められない。
ミズキは苦笑するしかなかった。

以前、ほぼ同じ状況に遭遇したことがある。
夏油がミズキを待っている間に逆ナンを受けて愛想良く対応していて、丁度そこへ五条と硝子とミズキが到着したのだ。その時に普段比較的淡白なミズキが軽く嫉妬して見せたのが夏油は大層お気に召したらしく、その後しばらく口では謝りながらものすごく機嫌が良かった。「だってあれは可愛かった」と後に彼は語る。
今回は明らかに、『味を占めた』の典型例である。

「準備はいいか」
「トーゼンだろ、行くぞフォーメーションA」

フォーメーションなんていつ決まったのかとミズキが戸惑っている間に、「お前あのコンビニいろ!」と言い残して五条と硝子は夏油を急襲した。




「ちょっと傑きゅぅん何よその女ぁ!!」

白髪サングラスの大男が突然タックルかましてきたと思ったら、渾身の裏声である。夏油は思わず吹き出して咽せた。
五条の背後から現れた硝子は火のついた煙草とやる気のない表情を隠そうともしていない。フー…と煙をたっぷり含んだ息を吐いた。

「今日は私に3カートン買ってくれるって言ったじゃなぁい」
「いや何その約束」
「俺と一緒(の任務)が1番(等級高い呪霊との遭遇率が)イイって言ったじゃなぁい!」
「半端に事実を混ぜてくるな」

こうなると最早コントに近く、夏油を逆ナンしていた女は呆気に取られて事の成り行きを眺めていた。それに向かって硝子がひらひらと手を振って退場を促した。女が反感を持たなかったのは、ひとえに硝子の表情が『コイツらクズだから時間の無駄だよ』を完璧に表現していたことによる。ありがたいことに静かに退場していってくれた。

ぐりぐりと白い頭を擦り付けていた五条を雑に引き剥がして、夏油は呆れ笑いの混ざった溜息を吐いた。

「そんなことよりミズキは?」
「茶番が終わるまでコンビニ…あ来た」

五条が夏油に押し退けられながら指差した方向を見ると、確かに当人が歩いてくるところだった。ミズキはにこやかに合流して、五条にはアイスを、硝子には缶コーヒーを差し出した。

「2人とも面倒かけちゃってごめんね」
「いーって」
「まぁ後は好きに処刑すれば」

それぞれに謝礼を受け取りながら、五条と硝子は夏油に薄ら笑いを投げる。
ここに至ってようやく夏油も、今回の自分の行いが思ったよりも悪い事態を招いたらしいことを察知した。彼の中ではミズキの可愛らしいヤキモチが見られれば僥倖、さらりと流されればいつも通りにデートという程度の出来心だったのである。
「傑」とミズキがニッコリ綺麗に笑った。

「次同じことやったら、私五条と寝るから」

一同がひとしきり呆気に取られた後、五条がゲラゲラと無遠慮に笑った。

「マジでッはは!いいぜ、俺上手いしハマるかもよ」
「ミズキ趣味悪い、せめて七海にしなよ」
「七海を巻き込むのは可哀想かなーって良心がね」

性的な話題とは思われない気安さで3人が会話しているところへ、やっと思考を再開した夏油が割って入ってミズキの肩を抱いた。五条の目から隠すように彼女を囲い込んで、犬が唸るように鼻梁に皺を寄せた。

「冗談でも辞めろ、触らせるわけないだろ!」

「別に冗談じゃないけど」と夏油の胸を押して距離を空けながら、ミズキが平坦な声で言った。彼女の長い睫毛に縁取られた目がぬらりと真剣のような鋭さで睨むと彼は怯んだ。

五条が袋を破ってアイスを口に咥え、硝子はプルタブを起こした。2人が役目は終わった(あるいは遊び終えた)とばかりに撤収していくのを見送った後、冷めた表情のままのミズキに平身低頭して夏油はどうにか彼女を手近なベンチに座らせるところまでは成功した。
しかしミズキは夏油でないどこかを眺めて気怠げに瞬きをするばかりである。

「まずは本当にごめんね。前回嫌だって伝えてくれてたのに」

返事はない。

「当然だけどあれ以上ナンパの相手なんてするつもりは無かったんだよ。私はミズキしか好きじゃないし、前の時みたいに怒ってくれたら可愛いなって、出来心だった。軽率だったよ、ごめん」
「無神経も足しといて」
「軽率で無神経でしたごめんなさい」
「五条と寝ていい?」
「駄目それは絶対」

ミズキの目が夏油に向いた。夏油は彼女の足元に跪いていて、彼女の膝の上で細い手を柔く握っている。その必死な顔を認めると、ミズキの表情が少しだけ緩んだ。
夏油が中腰の位置まで立ち上がって、ミズキの顔を間近に覗き込んだ。彼の大きな手が、どこまで許されるかを慎重に計りながら、ミズキの頬にそっと触れた。

「お願いだよ、許して」

ふんわり白い頬が夏油の手から逃げる気配はない。
彼は頬に添えた方の親指を滑らせて、ミズキの唇にそっと触れた。眠る小鳥に触れるように慎重に。
夏油はミズキの唇に、キス以外でもよく触れる。果物のように小さく柔らかく艶々としていてつい触りたくなるのだと、ミズキは夏油から聞かされたことがあった。
彼の親指がミズキの唇に触れていると、普段であれば好きに触らせておくものが、突然愛らしい唇がすらりと開いて夏油の指に噛み付いた。
夏油は驚いて目を丸くしつつも指を引くことはしなかった。ミズキは彼の指に不機嫌な犬歯を立てて、大して痛くない力加減でがじがじと噛んだ。小さな舌がすぐそばで遠慮している。ミズキの目は夏油を睨み上げていて、彼は『本当に嫌だったのよ、分かってるの?』と聞こえるような気分がした。
夏油は堪らなくなって肺の空気を全て出すような溜息を吐いて、ミズキに指を預けたまま彼女の足元に沈んだ。

「…可愛い、好き、本当ごめんなさい、可愛い、もうそのまま食い千切って…」
「美味しくないからいい」

彼女の口元から解放された手を、夏油は少し名残惜しい気分で回収した。可愛いからもっと噛まれたいと思っている辺り彼も懲りない人種である。
ミズキがベンチからすっと立ち上がった。

「傑もう行こ。ドーナツ買って」
「待って可愛くて死にそうだから…」

ミズキはかすかに笑って「すっごくバカ」と言った。言葉が跳ねるような、機嫌のいい声で。





五体満足で帰寮した夏油を見ると、硝子は少し残念そうに溜息を吐いた。

「なんだ、許したの?」
「とりあえず。五条は変なのに巻き込んじゃってごめんね」

ミズキの僅かな目元の表情だとか声の調子から、彼女が「とりあえず」と余白を残しながらもうすっかり夏油を許していることを、硝子は感じ取った。ミズキは態度が淡白で表情の変化が小さいために分かりにくいけれども、結局優しいし夏油に甘いのである。
五条は「別にぃ」と言って、ソファの背凭れに乗せていた腕を起こして適当にヒラヒラとさせた。

夏油は女子棟への扉までわざわざミズキを送り届け、上体を屈めて彼女の耳元に口を寄せた。
その時、ソファにどっかりと陣取って顔をテレビに向けていた五条が大声でミズキを呼んで、彼女は夏油の影からひょっこりと顔を出した。

「今から風呂だろ。上がったら俺の部屋集合、桃鉄すんぞ」

ミズキはふわっと笑って「いいよ」と残し、扉の向こうへ消えていった。
夏油の不満げな目が五条を睨んだ。五条の顔はまたテレビを向いている。
夏油は文句のひとつでも言ってやりたいところだったけれど、今日は自分にそもそもの非があるだけに口を噤んだ。せめてもの腹いせに「楽しみにしてるよ」と言い残して彼が男子棟へ消えると、一連の遣り取りを眺めていた硝子から溜息が出たのだった。

後になってみれば、夏油は結局我慢しきらず、ミズキよりもかなり早く五条の部屋へ集合して殴り合いの喧嘩をおっ始めた。ミズキと硝子が訪れた時には痣だらけの大男2人という有様で、ミズキは目をぱちくりとさせた。

「えっと、どっちがメインで悪い感じ?」

五条と夏油が同時にお互いを指差したことにより桃鉄は保留、再度開廷と相成る。



***


日車先生こっちですぜ。
ネタポストに『フォーメーションの話夏油さんも』とくださった方、ありがとうございました!







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