対 五条悟(28)



五条先生が出張から帰ってくる。私は都内で任務がある。それで「落ち合ってデートしよっか」と言ってくれたのは先生だった。
もちろん嬉しかった。
任務が終わってお買い物をして帰る野薔薇ちゃんと待ち合わせ場所に行くまでは。

「…どうやってシメようかしら」

遠目にも目立つ白い頭の先生を発見した途端に、野薔薇ちゃんは手をわなわなとさせた。『どうやって』とは言いつつ、愛用の金槌に手を掛けようとする仕草である。
私はヘラッと笑った。

「野薔薇ちゃん待って待って、先生ナンパされてる側だしさすがに可哀想」
「彼女と待ち合わせしてんのに他の女の相手してる時点で万死に値すんのよ」

五条先生はいつもの目隠しを取って、サングラスをしている。そうなるともう惚れ惚れする美貌だから、女の人から声を掛けられるのも仕方のないことだ(野薔薇ちゃんからの同意は得られないけど)。

「フォーメーションAいっとくか」
「詳細は?」
「行く、殴る、私と買い物」
「フォーメーションではないかなソレは」

野薔薇ちゃんはふと黙って、ヘラヘラしている私をじぃっと見た。

「…アンタが先生を好きだって言うから今まで黙ってたけど、教え子に手ぇ出しといて最低限の配慮も出来ないのは論外よ。まぁ手出しの時点で終わってるけど」

野薔薇ちゃんの厳しさは優しい。
私は待ち合わせ場所からほど近いカフェを指差した。

「あのカフェに入ってメッセージ入れてみるよ。ありがとう」
「…何かあったら呼びなさいよ」
「ありがと、大好き」
「当然」

野薔薇ちゃんは私の頬をむにっと抓って、軽く手を振って去っていった。相変わらず行動が男前な彼女である。
チラッと五条先生を見た。先生は待ち合わせ場所に座ったまま、目の前に立つ女性を見てにこやかにしている。
それから目を逸らすようにしてカフェのガラス戸を入り、店員さんの立つカウンターまで進んだ。品名だけで美味しそうなメニューに普段なら心が躍るはずなのに、いつの間にか焦点がズレて、ついさっき見た先生と女性の姿を蒸し返している。綺麗な人だった。胸の谷間の見えるような服と、私は履いたこともないようなハイヒール。きっと先生の隣に映える。
店員さんから注文を尋ねられてハッとした。

「あ、ごめんなさいえっと、カフェオレ…ホットで」
「こちらでお召し上がりですか?」

ふと考える。
先生は『あっち』に行きたいんじゃないかと。何せ私は制服姿で、先生に堂々と声を掛けることすらできないのだ。
それなら私は野薔薇ちゃんの分もコーヒーを買って合流して、デートはなしになっちゃうけど、その方がきっと、でも…、

「…ちょっと参っちゃってる感じですか?ブランケット貸し出しできますよ」

メニュー表に視線を落としたまま黙ってしまった私に、店員さんは優しい声を掛けてくれた。指差す方を見ると、優しい色をしたブランケットがくるくると筒状に巻かれて籠に行儀良く収まっている。

「…ここでいただきます。ありがとう」

一応笑えた、と思う。
鞄の中のお財布を手探りしていると、背後から肩にポンと手が置かれた。

「キャラメルラテ追加で」

ぐっと抱き寄せられて背中に温かさを感じる。頭上から響く声は心なしか苛立っているような気がした。

「…お連れ様ですか?」

店員さんの探るような目が上下に走った。

「この子の彼氏」

先生の手がクレジットカードを差し出した。
表情は、見えない。




意図して選んだのではなかったけど、座った席からは待ち合わせ場所が見えた。あの女性はもういなかった。
カフェオレとキャラメルラテのトレイを私の前に置き、先生は「お待たせ」と言った。
言いながら先生は黒い上着を脱いで私に差し出す。何となく有無を言わせない感じのする差し出し方で、特に寒かったわけではないけど私はそれを受け取り、膝に掛けるのは憚られて肩に羽織った。上着からは大好きな先生の匂いがして、体温が残っていて、いま目の前にいる先生がこんなに苛立った様子でなければすごく幸せだっただろう。
先生はぴったりとした黒いTシャツ姿になって、私は逞しい上半身にドキドキしつつも、他の人に見せてほしくないといつも思うのだ。

「あの、ごめんなさい。先に連絡したら良かったです…」
「『私の彼氏なんです』って割って入ってくれても良かったんだよ」

それはちょっと、難しい。私にはあんな風に女性の身体を強調する度胸も、先生を独占する勇気も無い。
曖昧に濁していると、先生の機嫌がまた一段下がったのを感じた。

「あのさぁ聞き分け良過ぎなんだよ。僕が他の女と遊びに行っても笑って許すわけ?」

深い溜息を吐いて、先生は苛々と髪を掻き混ぜた。それについて、さすがに私だってムッとしてしまう。
デートの待ち合わせに行ったら恋人は別の人と話をしていて、何故か私の方が怒られている。私と先生はどう足掻いたって対等ではなくて、私は聞き分ける以外の選択肢を持たないのに。

「僕を放牧しといてお前はカフェに入って店員の男に色目使われて膝掛け借りて?挙句連絡先渡されて『相談乗るよ』から親密になりましたってオチ」
「な…っ」

これはちょっと、あんまりだ。私の方が浮気したみたいな言い掛かり。
思わず先生の上着の襟元を強く握り締めた。
どうしてこんなこと言われなきゃいけないの。私にだって言いたいことがあるのに。
だけど喉まで出た言葉をまた飲んだ。言うっていうのはつまり別れることになって、それだけは嫌だから。
テーブルの上でカフェオレとキャラメルラテは既に冷めつつある。

私の出方を見ていた先生が突然、自棄になったような濁った声を上げた。

「クソッ何で黙んの、こんだけ理不尽言われてさ、怒れよ。いつもそう、ミズキは僕の前じゃ我慢ばっかで何か与えようとしても受け取らないし」
「…」
「野薔薇とは手を繋いだり真希に抱き付いたり恵からお土産受け取ったり悠仁と一緒にはしゃいだりするくせに。初対面の店員にすら笑って、それなのにミズキが僕から受け取ってくれた中で一番高いものが同級生3人と食べたファストフードって何」

一息に捲し立てられて、ただ呆然と先生に見入ってしまう。さっきまで威圧感でまともに顔も見られなかったのに。
先生の言うことをまとめると、それってなんだか、ヤキモチみたいだ。
先生の方でも言った内容に居心地悪くなっているみたいで、後ろにずるっと凭れて口元を非対称に曲げた。

「先生」
「ん」
「…私…、我慢していい子にしてたら別れないでもらえるからって、思ってました」
「僕がお前のこと大好きでわがまま言われたがってるのが計算に入ってないね」
「…先生が他の女の人と遊びにいくのは、私ちょっと、いやです」
「ちょっと?」
「…すごく」
「行かないよ」

先生がテーブルの上に手を出した。大きくて分厚い手のひらが私を呼んでるみたいに思えて、私はそっと手を乗せた。きゅっと握られて温かい。

「ごめんね」
「はい」
「お前が他の男から膝掛け借りるのは、僕ちょっと嫌だな」
「…ちょっと?」
「ドチャクソ嫌」

言いながら先生は本当に吐き気がするみたいな顔をして、私は思わず笑ってしまった。綺麗な綺麗な顔を歪めて、本当に『オ゛エ゛ー』みたいな。
吐き気の顔からスッと元に戻って、先生はテーブルに乗り出して私の手を頬に持っていった。綺麗な綺麗な青い目が、上目に私を見ている。

「ミズキ、好きだよ。僕とデートしてくれる?」

先生が、私の答えを待っている。今まで『喜んで』以外の答えがあるなんて考えたこともなかった。私は思うことを言ってみても、いいんだろうか。
「その前にひとつお願いきいてください」と私が言ったら、先生は目を輝かせた。

「…少し、大人っぽいキスしてほしいです」

だって先生は未だに、そっと優しくくっつけるようなキスばかりするから。
先生は表情のお面を落っことしたみたいに無表情になって席を立つと私の手を引いて立たせた。
怒らせちゃった?呆れられた?
私が不安になっている間に先生はツカツカと店を出てしまう。肩に掛けた先生の上着が落ちないように襟元を握った。
と、思ったら瞬く間に景色が変わって、高専の中、先生の私室の目の前にいた。状況に追い付けない私の手を引いて、先生はさっさと解錠して中へ。

「逆に聞くけど」

気付けばベッドの上だった。
私と天井の間にいる先生は、見たこともない、余裕のない顔をしていた。
嬉しい。

「どこまでしていいの」

先生のしたいこと全部。

「…引っ叩けよ、馬鹿」

私は念願叶って、『少し大人っぽい』は大幅に超えていたけど、先生が私にずっとしたかったことを教えてもらった。
私の先生は、私のことが、心の底から大好きみたいだ。



***

フォーメーションあんまり関係なかったです。
本誌先生の黒Tにヤラレちゃった同志様は多いと信じます。








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