17.いとしい弟たち
※軽度(当社比)の性描写あり
「ただいま」という声に少しの違和感を覚えつつもミズキは玄関へ迎えに出て、目に入ったものに唖然としてしまった。
「…悟なの……?」
「そーだよ」
にっこりと上機嫌に返事をしたのは、自他共に認める五条悟である。ただ、背丈は常の6割ほどしかない。
ミズキは悟のその姿に覚えがあった。たっぷりとしたパーカーに膝丈のボトム、髪が今よりも少し短くて、まだその美しい碧眼を隠すことをしていない。9歳かそこらの頃の、彼そのものだった。
「う、うそ、どうして小さくなって…」
「本物の僕はこっちだよ」
扉の向こうから見慣れた悟の姿が現れて、ミズキは安心するような混乱が深まるような、不思議な気分になった。
「俺だって本物だっつの」と、小さい悟が不満の声を上げた。
呪いの仕業らしい。
ひとまず大小の悟と一緒にリビングに入ってソファで事情を聞いたところ、そういうことらしかった。
悟が高専で普段通り仕事をしている時に突然9歳の悟が現れ、聞けば「面白そうだったから呪いを受けてみたらこうなった」という。
「勿論その場で祓って過去に送り返してやろうと思ったんだけど呪霊本体はこっちにいないし、見たとこ時限式で数時間もすれば戻りそうだから放置になったわけ。そしたらこのガキが今のミズキに会わせろって喚き始めちゃってさぁ」
「だってぇ大人になったミズキに会いたかったんだもん」
たっぷりの睫毛に縁取られた青い目をぱちぱちとさせて上目遣いに首を傾げ、幼い悟はソファ中央の大きな悟越しにミズキを覗き込んだ。
幼い悟のわざとらしさに大人の方は文句を付け、子供の方は生意気に舌を出し、そこから同一人物同士の不思議な喧嘩が始まった。それをミズキは呆気に取られた表情で眺めていて、ある時ぽつりと「じゃあ…本当に悟なのね…」と探るように呟いた。
すると、子供の悟はソファの真ん中に座った大人の自分を避けて回り込み、ミズキの元へ駆け寄って天使のように愛らしく笑った。
「そ、俺だよ。折角未来に来たんだから大人になったミズキに会いたかったんだ。すげー綺麗、俺のミズキ」
悟はミズキの足元に座り、膝に凭れてきらきらとした目で彼女を見上げた。隣に座る大人の彼にとっては吐き気のする打算でも、これまで悟のことを『小さい』だなんて思う機会のなかったミズキには極めて有効に働き、彼女はすっかり警戒を解いてしまったのだった。
ちなみに「ミズキに会わせねぇならこの辺一帯更地にしてやる」と言って大暴れした悪魔である。
「悟、美味しい?」
「うん!」
それからはもう、ミズキは実に甲斐甲斐しく幼い弟の世話を焼いた。
パンケーキにアイスクリームを添えて出してやり、隣に座って親鳥のように一口ずつ差し出し、口元が汚れれば拭いて、にこにこと嬉しそうに笑う幼い弟に優しくまなじりを下げて頭を撫でてやる…という具合に。
ミズキにとって普段自分よりも小さな存在に接する機会は多くなく、その可愛らしい相手が大好きな弟という特殊な事情も手伝って、彼女は始終楽しげである。
それをテーブルの向かい側から眺める大人の方は、9歳なら食事の補助など必要ないと分かっているし、いかにも無害そうに笑いながらミズキに向ける目がいやらしいことについて不満を言うわけにもいかず、本来至福のはずのミズキとの時間を苦々しく噛み締める他なかった。
そうしている内に幼い悟はパンケーキを平らげ、ダイニングチェアから立ち上がってミズキの手を引いた。
「ミズキ、こっち来て」
「うん。悟が小さい頃に好きだったアニメとか、サブスクにあるかなぁ」
「サブスク?はいいからさ、ほらこっち来て座って」
幼子の強引さもミズキには可愛らしいものとしか思えず、彼女はにこにこと弟に手を引かれてソファまでやってきた。
ミズキを端に座らせると悟は座面に膝で立ち、彼女の頭を抱き締めて髪を撫でた。
「悟、どうしたの?寂しくなっちゃった?」
「…うん、何か分かるんだよ。もうすぐ帰んなきゃいけないみたいでさ」
子供の体温の高さに包まれて、ミズキは悟の細い背中を優しく撫でた。もうすぐこの温かい存在が去ってしまう。それが当然のことと分かっていても、寂しさを覚えずにはいられなかった。
「だからさ」と声変わりしていない声が言った。
「ミズキにキスしたい…いい?」
「え、さと、」
「そこまで許すわけねぇだろエロガキ」
それまで無言を貫いていた大人の方の悟が、その大きな手で子供の頭を鷲掴みにしてミズキから引き剥がし、ポイといとも簡単に幼い身体をソファの下へ放り投げてしまった。
幼い悟が痛みの声を上げたのを心配して横を向いたミズキの頬を、大きな悟の手が捕まえて上向かせ、覆い被さるようにしてキスをした。ミズキはしばらくの間悟の胸を叩いたり口を開くことを拒んだりして抵抗していたけれど、いつも彼女を蕩けさせる大きな手に腰を撫で上げられ、舌先で乞うように唇を舐められてとうとう口内に彼を迎え入れてしまった。そうなればミズキの敏感な場所や性感を高める仕草を本人よりも熟知している悟のこと、間違っても幼い子供に見聞きさせるべきでない淫らなキスをするのは彼には容易いことである。
その内にミズキがぴくんと身体を震わせ、切ない声が喉の中にくぐもって響き、それから華奢な身体がくったりと緩んでしまったところで悟はやっと唇を離して妖しく笑った。
「…軽イキしちゃった?」
ミズキの耳元に唇を寄せて悟が囁くと、彼女は幼い悟から顔を隠すように目の前の胸板に顔を埋めてしまった。
悟は唇の弧を深くして、彼の胸元にあるミズキの頭に続けて囁いた。
「もっと気持ちいいのしよっか?」
ミズキの頭がふるふると左右に動き、いっそう強く胸板に押し付けられた。
「だめ…こんな小さな子の前で」
「大丈夫、僕だよ」
「そうだけど、でも…」
「ミズキ、見せて」
最後の『見せて』を言ったのは、床に転がされた幼い悟だった。
「俺、ミズキがどうやったら気持ち良くなってくれんのか知りたい」
ソファの下に膝で立った悟が、小さな手でミズキの袖を軽く引いた。その呼び掛けにミズキが悟の胸板から僅かに顔を上げ、幼い悟の姿を横目に捉える。
「おねがい」
可愛い弟が甘えた声を出し、子供特有の温かくしっとりと柔らかい手で触れられてしまえば、ミズキはその手を握り返すことしか出来なかった。
「ンッ…ん、……っぁ」
「ミズキ可愛い…」
「ん……あはっまた軽イキしちゃった?」
ソファに丁重に組み敷かれ、片手を悟の幼い手に包まれながら、大人の悟からは深く丹念なキスが繰り返される。
声変わりをする前と後の声に代わる代わる囁かれると、ミズキは手を繋いでいる幼い弟と淫らなキスをしているような、背徳的な気分になった。
快感に震えてミズキが手をきゅっと握り締めると、幼い唇が彼女の手に何度もキスをした。
「ミズキ、気持ちぃの?大人になったら俺が同じのしてやるからな」
悟が白い頬をミズキの手に摺り寄せてうっとりと呟くと、ミズキは潤み蕩けた目で幼い弟を見た。
慈しむべき小さな子供なのに彼の青い目は熱っぽくミズキを見つめていて、彼女をいま蕩けさせている大人の悟と同じ欲を宿している。
ミズキは、自分もこの幼い悟と同じに幼かった頃のことを思い出した。あの頃から悟は時折こんな風に熱っぽい目で彼女を見ることがあった。
当時はその感情の意味を知らずに、ただ心地良く唇を触れ合わせたり抱き合ったりするだけだった。
幼い悟が帰る先にいる幼い自分も、これから悟に与えられる快感を知って、今の自分が享受している頭の蕩けてしまうような幸せを得るのだろう。
「…さとる」
「ん、なに?」
ミズキは握られていた手を、悟の幼い頬に移して手のひらを温かさに馴染ませた。
「だいすき、こどもの頃からずっと好き…」
「俺も好き」
小さな足がつま先から徐々に透け始めているのは彼女から見えていなかったけれど、感覚的に別れが近いことは肌で感じていた。
「こどもの私が待ってる、きっと、さとるのこと…」
「うん。ちゃんと俺が守るよ」
「ありがと…大好きよ」
幼い悟が身を乗り出してミズキの唇の端へ可愛らしいキスをしたのを最後に、彼はそれきり消えてしまってミズキの手が空を掻いた。
直前までそこにあった体温を失ったミズキが「あっ」と小さく声を上げて悲しむと、大人の悟は彼女を呼び戻すように頬に触れ、少し拗ねた顔をした。
「あのガキ最後にやりやがったな…僕のミズキなのに」
ミズキは笑って、悟の手のひらに頬を擦り寄せた。
「悟も小さい悟のこと『僕だよ』って言ってたじゃない」
「僕だけど僕じゃない」
「そうね、不思議…ねぇ、もしも来たのが子供の私だったら、悟はどうしてた?」
「アッ待って幸せすぎて情報が完結しないヤバッ」
「私もヤキモチしちゃうのかも」
「幸せに拍車かかった…マジで致死的…」
比喩でなく本当に悟は頭を抱えた。
想像しただけで掻き毟りたいような幸せを感じて、実際には濁った声を上げわしゃわしゃと髪を掻き乱して昂った感情を発散した。ミズキは彼の下でくすくすと幸せそうに笑っている。
ひとしきり発散してどうにか感情の荒れを治めると、悟はミズキの太腿を跨いで座った姿勢から再び彼女に覆い被さった。
「さて」と悟。
「せっかく邪魔なチビがいなくなったんだし、子供に見せらんないこと、するでしょ?」
悟が先程幼い唇の触れたところを上書きするように舐めていると、ミズキも控えめに舌を覗かせてそれを迎えた。
ミズキの太腿を跨いでいる悟には、彼女がもどかしそうに脚を擦り合わせる仕草が見なくても伝わる。
「…ん、さとる大好きって、させて…?」
「っあ゛ー…えっろ、好き好き好き、大好きってしてお願い」
結局お互いのことが何より好きな、美しい双子の姉弟の、はなし。