おまけ:デートに誘われた五条術師の反応
「ミズキ?電話くれるなんて珍しいね、嬉しい。今?うん伊地知の車待ちで暇してたとこ」
輝くような笑顔でスマホを耳に当てている悟の言葉には、一部嘘が含まれている。
無断で嘘に出演させられた伊地知は悟の背後で冷や汗をかいた。五条さん、あの呪霊、壮絶に怒ってますけど…と声を掛けたくても自分のせいで嘘が露見すればどんな制裁が待っているか分からないので、伊地知は口を噤んだ。
五条術師は現在進行形で特級呪霊討伐任務の最中である。
怒りに任せて拳を振り回す子どもと、その子の頭に手を置いて距離を詰めさせない大人。それを連想させるほどの余裕で悟は通話を続け、ある時「えっ!」と声を上げたかと思うと伊地知から見える後ろ姿で分かるほど喜色満面になった。
「えっ、本当に?マジで言ってる?あー違う違う、嬉しすぎて都合のいい夢かと思ったの。勿論大丈夫だよ、明日とかどう?丁度休みなんだぁ」
えっマジで言ってる?と言いたいのは伊地知である。彼のスケジュール帳には悟の任務同行が明日もしっかり入っている。
「いつも言ってんだろ?僕が望んでやってんだから気にすることねぇの。でもミズキから誘われたのスゲー嬉しい、ありがとね。愛してる、うん、今日は早く帰るから明日の話しよ」
悟は通話を切るのを惜しむように数秒ディスプレイを眺めてからそっとタップして、ついでのような手軽さで呪霊を祓った。
伊地知は、線香花火を水に浸けた様を想像した。じゅっという一瞬の音。もしもあの呪霊が罪のない人間に生まれ変わってくれたら、一緒に美味い酒が飲めそう。伊地知は何だか涙腺が緩むのを感じた。
「ほらほら何ボサッとしてんの、帰るよ」
パシンと悟の中指に額を弾かれて、伊地知は居眠りから覚めたように慌てて車へ走った。『弱いヤツだから近くまで車で行って、山奥だし帳も要らないでしょ』との悟の要望で今回伊地知はこの一部始終を目撃することになったのである。
後部座席にどっかりと座った悟は、伊地知がアクセルを踏む頃には嬉々としてスマホで何かを検索していた。
「…五条さん一応確認しておきますが…その……」
「僕が明後日まとめてやるのと、明日他の術師に割り振るの、どっちがいい?伊地知が決めていーよ」
実質選択の余地ないなぁと思いながら伊地知は涙を堪え、「明後日の朝お迎えに上がります」と言って、ハンドルを強く握り直した。
悟はその後夏油に電話で散々惚気を聞かせた。被害者になった夏油はたっぷり30分相槌を打たされ、頭の中で彼はミズキが『デートしよ』とか『大好き』とか一言口にする度に悟が札束を彼女の前に積んでいく様を思い浮かべていた。