拍手再録/2人のデート風景(大人)

1杯3,600円のかき氷というのをテレビで見かけて行こうと言い出したのは、五条の方だった。彼の妻は金銭感覚が庶民的というかマトモなので、値段を聞いて「それ本当にかき氷ですか?」と最初信じなかった。

久しぶりのデートである。
五条は自分の分をさっさと決めて、テーブルの向かいでメニューに迷うミズキを上機嫌に見ていた。

「迷ってるならいくつか頼んでもいいよ?僕食べるから」
「ちゃんと決めます、ごめんなさいあと少し」
「また来てもいいし」
「だぁめ」

愛らしい目が五条を見た。

「悟さん来週からも出張が詰まってるでしょ?来られるのはきっと今日だけです。だから悟さんと今どれを食べるかってとっても大事な決断なの」

言われた五条は一瞬面食らって、それから愉快そうにくつくつと笑った。出会った頃からそうで、彼女は五条をテキメンに封じてしまう方法を無意識に無自覚に把握している。

「はー呪われたいぐらい可愛いねぇまったく。もう好きなだけ悩んでいいよ2時間でも3時間でも待っちゃう」
「決めた、白桃とレアチーズムースのにします」
「そっかぁ」

もうちょっとニヤニヤ眺めながら待っていたかったと思うところだけれど、とにかく注文を済ませて『ニヤニヤ』と『眺め』の部分を五条は継続した。
その時、愛しい妻の後方、ガラスの壁を隔てて店の外の路上に、あまり喜ばしくない姿を六眼が捉えて五条は目を細めた。京都から半年間の予定で高専東京校に出向している術師の男、いつも喉の渇いたような顔をして五条悟の妻を見る命知らずである。
東京校関係者の間では五条の妻に対する溺愛ぶりは有名で、ちょっかいを出すどころか無遠慮に見つめる輩さえいないというのに。

五条はサングラスを外し、ミズキの肩越しに男を見据えた。空色をしているのにどこか猛禽類じみた獰猛な目が男を射抜くと、男は僅かに身を竦ませながらも五条を睨み返した。
「へぇ…」と五条はミズキには聞こえない声量で零した。愛しい妻は他のテーブルに運ばれた色鮮やかなかき氷を楽しげに眺めている。
五条は薄らと口角を上げ、表面上は愉快そうにその青い目を細めて見せた。それから凝視していなければ分からない程度に首を傾げた。

僕の奥さんに懸想するってことはね、つまり僕に喧嘩を売ってくれてるわけだ。度胸は買ってあげてもいいよ。で、僕に勝てる算段はついてんの?

というのが、五条の視線から表情から男が必要充分に受け取った意図だった。男は血の気の引いた顔で人混みに紛れて去った。

「悟さん」
「ん?」

呼ばれた瞬間、五条は器用に笑顔の種類を切り替える。しかしミズキは五条が心臓の裏側辺りに置いておいた隠し事をするりと抜き取るような目をした。

「怖い顔しちゃだめ」
「ハハ、奥さんに隠し事は出来ないねぇ」
「せっかくデートなのに」

五条は目をぱちくりとさせて、ミズキが不満そうに目を伏せてしまったのを見た。長い睫毛が影を作り、白い頬は滑らか、小ぶりな果物のような唇がほんの少し尖っている。
五条はミズキの小ぢんまりとした顎を掬ってキスをした。

「余所見してごめんね、愛してるよ」

五条の眼前で彼女の目がまん丸になったその時、かき氷を運んできた店員の「お待たせ致しました」が頭上から降った。
小動物が物陰に隠れるように素早く彼女は真っ赤な顔を店員から背け、五条はにこやかに「ありがとー」と氷菓を迎えたのだった。




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