白の蝶々 前

「結婚式やりたい」

言われたミズキは目をぱちくりとして、ミルクティーのマグカップから口を離した。
寮の五条の部屋で、並んで映画を見ている最中だった。

「…えっと、もうやりました」

ミズキが戸惑うのは無理もなかった。彼女の言う通り、結婚式ならそれはもう盛大に執り行われたのだから。大変さで測れば一般的な結婚式の5回分+α+α+αくらいはあった。
五条はあまり楽しかったものと分類されていない結婚式のことを思い出して忌々しく鼻梁に皺を寄せた。

「アレは対外的なパフォーマンスでしょ。僕がやりたいのはもっとさぁ、ミズキと2人で新婚旅行とか兼ねて気楽で楽しいやつ!ウェディングドレス見たい!」
「ドレス…」

ミズキは手探りするようにぽつりと零した。家庭の事情により結婚そのものに対してあまり夢は抱いていなかった彼女だけれど、美しいドレスには人並みに心をときめかせもする。あとは、五条の正装にも。
ミズキが「素敵」と微笑んでからの五条の行動は早かった。





「行動力がありあまる…」
「でしょ、もっと褒めて」
「任務にもこうだったらって夜蛾先生が泣いてました」
「ウケるー」

現在地、言わずと知れたハワイである。
会場、宿泊、パスポートに旅券、スタッフ等々多岐にわたる手配を旅行代理店のごとき手際の良さで五条はやってのけた。自分も何かするとミズキは申し出たものの、やらせてもらえたのはパンフレットで好みのものを指差すことぐらいであった。五条の部屋でミルクティーを飲んでいた時からおよそ3ヶ月、あの時はハワイの地を踏むことになるとは想像していなかった。

常夏の島とあって日差しが強い。それでも日本と違って風はからりと爽やかで、溌溂とした暑さだった。
空港から海辺のホテルへ移動すると、道中の疲れも忘れてミズキは海に駆け寄った。眩しいほど白い砂に透明な海、鮮やかな花や小鳥、本当に南の島に来たのだ。
ミズキは肺いっぱいに風を吸い込んで、きゅうっと抱き締めるように胸を震わせた。

「悟さんっ」
「んー?」
「ありがとう、連れてきてくれて」

キャリーケースを引いてきた五条はサングラスの下で眩しそうに目を細めた。それからニッと笑って、「まだまだこれからでしょ」とミズキに歩み寄って小さな手を捕まえた。
到着の日は軽く買い物と散歩、翌日に挙式となる。観光の中心地から少し離れた小ぢんまりとしたチャペルを借り切って行われる。
家族や友人を招くかどうか、五条とミズキの意見は最初から割れなかった。そもそも関係者は全員休みを合わせることの難しい呪術師であるし、誰にも気兼ねなく過ごしたかった。

元々小さな教会だった建物が別荘として転売された末に宿泊施設になったのだという。
2日目、その建物に到着するや否やミズキは介添人やヘアメイク担当の女性たちに捕まって、入れ替わり立ち替わり装飾されて、流暢な日本語で褒めちぎられ、チャペルの扉からポンと放り込まれた。雑というか、大らかというか。一切格式張っていないのが可笑しくて心地良かった。
五条は既に支度を終えて、祭壇近くの長椅子に腰掛けていた。彼は扉の音に振り向くと目を輝かせ(サングラスは外している)、すぐにミズキを迎えにきた。ミズキが笑った。

「本当は花婿さんは祭壇のところで待ってるんですよ?」
「いーじゃん。ほら行こ」

そもそも既に結婚している2人である。祭壇に立つ神父も微笑ましく見守っている。
ドレスの裾を踏まないようにゆっくり、一歩ずつ。時間をかけて祭壇の前に至ると横並びに立った。
正面には大きなステンドグラスが嵌っていて、陽気で大らかな南国の光を静かで神聖なものに変換している。
ミズキは隣の五条を盗み見た。上品なライトグレーのタキシード、この上なくぴったりと似合っている。と思っていたら五条の方もミズキを盗み見ていて目が合った。ニッと笑い合った。

事前に五条から注文を受けた神父(これまた流暢な日本語を話す)は様々な手順を飛ばして誓いの言葉に入るという。

「私の言う通りに復唱を。まずは新郎から」

神父が五条とミズキに目配せをしながら言ったところで、五条が「あ」と声を上げた。

「これ縛りにするつもりないから、安心して口に出していいよ」

ミズキがクスッと笑った。「縛りでも構わないですよ」との返事に五条も笑う。

ーでは新郎、悟さん
 「はい」
ー私はこの女性を妻とし
 「私はこの女性を妻とし」
ー病める時も健やかなる時も
 「病める時も健やかなる時も」
ー富める時も貧しき時も
 「富める時も貧しき時も」
ー死がふたりを分かつまで
 「死がふたりを分かつとも」

ミズキが五条の横顔を見た。彼は真っ直ぐ前を見ている。

ーこれを愛し、敬い、貞節を守ることを約束いたします
 「これを愛し、敬い、貞節を守ることを約束いたします」

五条が誓いの言葉を終えると、ミズキはブーケから片手を離して彼の小指をそっと握った。そのまま彼女も、五条と同様に誓いの言葉を述べる。
そして、誓いのキスを終えるまでずっと離さなかった。





ミズキが身支度をした部屋に2人で戻る頃には、神父や介添人たちの気配は建物から遠く失せていた。あまりに鮮やかな撤退にミズキは五条の根回しを感じた。基本的にどこへ行っても武力や権力や金蔓として執着される彼は、ミズキとの時間に他人が介入することを嫌っているのである。
五条はストレスのかかっていない笑顔で、ジャケットを脱いでベッドに放ると軽く首を回した。

「もう脱いじゃうんですか?素敵だったのに」
「脱いでく過程も楽しんでもらおうと思って」
「適当だなぁ」

ミズキは小さく肩を揺らして笑った。適当さの目立つ発言とはいえ、美丈夫で上背もある五条はジャケットを脱いだ姿も様になるというのは事実で、共布のベストもよく似合っている。
ミズキがブーケを化粧台に置きながら、そういえばこの美しい花束には行き先がないと気付いて知人女性たちの顔を思い浮かべている間に、五条が彼女の背後に歩み寄って華奢な両肩に手を置いた。

「ミズキ見て」

五条が優しく肩の向きを変えて、壁で立派な額縁に収まっている大鏡に2人で映った。
長身の五条と並ぶためにミズキはドレスの下にヒールの高い靴を履いていて、普段よりも2人の顔が近く並んだ。

「ミズキにも紹介してあげるね。この子、僕の奥さん。可愛くて綺麗でしょ」
「…返事に困りますね」

ミズキが眉尻を下げて笑うと、五条は悪戯っぽく口端を上げた。

「ホント可愛いんだよ。僕、心底惚れてんの」

言いながら、五条の手がミズキの髪にマリアヴェールを留めていたピンをそっと外した。真っ白な背中があらわになって、五条はスンと鼻を鳴らした。

「いい匂い」
「髪飾りのお花、本物なんですって」
「花より首かな。ほら前見て?この子ね、華奢なのにどこもかしこもふわっふわなの。本当は砂糖で出来てんじゃないかって時々思うんだよ」
「わたあめですか?」
「わたあめとマシュマロの間」

ミズキの項を五条の指が確かめるように撫でて、その軌跡の上に彼は唇を寄せ強く吸い付いた。華奢な肩がぴくりと震えた。

「キスマークってどれぐらいで消えるか意識したことなかったからさ、結婚式やるって決めてから今まで我慢してた。奥さんに怒られたくなかったからね。健気じゃない?」

肯定も否定も選び難く、さらに鏡の中からミズキを見ている五条の熱っぽい目にドキドキとしてしまって、ミズキは曖昧に頷いて落ち着かなげに身じろぎした。

「あ、見た?ほら僕の好きな顔した。僕の奥さん照れ屋でね、恥ずかしそうにソワソワすんの可愛いんだよ」
「…もう」
「背中綺麗、髪上げてるからよく見える」

ミズキは視線を注がれた箇所が焦げるような心地がした。五条の唇が肩や項、首、耳に軽いリップノイズを落としていく。唇が耳元にきた時、彼の指はミズキの背中で一列に並んだドレスの留め具に掛かっていた。

「背中の続き、見ていい?」

耳がぞわぞわとしてミズキは涙目になりながら、また答えに困って鏡の中の五条を見て、彼を喜ばせた。





***

ネタポストより『結婚式ネタ』です。
五条さんが「死がふたりを分かつとも」って言ったら縛りでなくても確約ですね。来世の予約です。




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