ふわふわの寝床

硝子に呼び止められて、伊地知の頭には嫌な予感が走った。彼女がサッと視線を巡らせて周囲に人の気配の無いことを確認したことがさらに拍車を掛けた。

「悪いね。ミズキどこにいる?」
「今日は隣県ですが…どうされました?」
「なる早で医務室に頼む。ミズキじゃないとダメな案件だ」

伊地知は必要十分に事態を察した。

五条は大量の情報を常時脳に流し続ける六眼を備え、精密な呪力操作を要求する無下限術式と、そのオーバーワークを看破するために反転術式を常に回している。常人にはとても真似の出来ない芸当を呼吸のように自然にやっている彼ではあるけれども、当然疲労することはある。
そうなると発熱、粘膜の炎症、関節痛、悪寒、吐き気、倦怠感…つまり、風邪のような症状を呈するのである。さらに、術式に由来する症状のためか一般の風邪薬や解熱剤が効かない。

伊地知から緊急要請を受けたミズキは術師の送迎を他の補助監督に交代して、急ぎ高専に舞い戻った。
やたらに広大な高専の敷地を駆け抜けて見慣れた医務室に駆け込むと、デスクチェアに掛けていた硝子が「悪いね、お疲れ」と言ってカーテンの引かれたベッドを指した。

ミズキがそっとカーテンの中に滑り込むと、五条は眠っていた。ただ息遣いは荒く、額には汗が滲んでいる。
サイドテーブルに置かれていたタオルを洗面器の水で絞り、五条の寝顔をミズキは優しく拭いてやった。起こさないよう軽く汗を押さえるだけに留めていたけれども、白い睫毛が小さく震えてすぐに真っ青な目があらわになった。

「…ミズキ」
「はい、ただいま」
「…硝子のやつバラしやがったな」
「呼んでくれたらいいのに」

開いてすぐに、青い目は不満げに細められた。
ミズキはベッドの端に浅く腰掛けて身を乗り出し、五条の額に掛かる髪を横に流した。

「少しお休みしましょうね」
「ってもさぁ…カーテンの向こう、硝子がいるんじゃ…ナニも出来ないじゃん」
「こら、何するつもりですか」

忌々しそうに歯を覗かせた五条の頬を、ミズキがむにっと優しく抓った。
カーテンの向こうでキャスター付きの椅子が軋んだ。

「ミズキ、私は所用で少し出てくるから子守を頼むよ。2時間…半で戻るから」
「硝子さんその気遣い今いらないです」
「硝子早く出てってー」

「はいはい」と笑いながら硝子は医務室を出て、鍵を掛ける音と足音を残して去っていった。

「もう、硝子さんったら…」
「ね。2時間半じゃ、頑張って3回じゃん」
「お休みしましょうって言ってるでしょ」

ミズキは苦笑した。軽口を叩いているけれども、五条の声には覇気がない。
彼の髪を撫でていると、五条は次第に表情から力を抜いた。

「何か飲めますか?ゼリー飲料とか買ってきたんですけど」
「…いらない。もっと顔、みせて」

五条は布団の外に投げ出していた手をミズキに向かって伸ばし、彼女は応えてその手のひらに頬を寄せた。靴は脱いだ。
五条が引き寄せるのでミズキは彼の身体の向こう側に手をついて、胸板に乗り上げるような格好になった。体重を掛けることを気にするミズキに「それより乗っかってくれる方が嬉しい」と五条が言ったのは、前回のことである。

「ミズキ」
「はい」
「キスして」

この時、五条は決して目を閉じようとしない。
これまでの経験からそのことを承知しているミズキは少々恥じ入る気持ちはあったものの、おまじないのように五条の顔中にキスをしていった。
普段なら途中で主導権を持っていってしまう五条が大人しくキスされているので、やはり相当具合が悪いらしいと察しながら。

「眠れそうですか?」
「ミズキとエッチしたい」
「こら、話聞いてました?」
「僕の視界から出ないで、触れる範囲にいて、『悟さん熱いの溶けちゃう、もっと』って昨日みたいに言って」
「…最後のはちょっと盛ってますよね」
「ちょっとしか盛ってない」

五条は半眼になって、わずかに肩を竦めるような仕草をした。

「…悟さんが元気になったら、ね」
「今なった」
「まだだめです」

ミズキは笑って身体を起こした。
座ったままするすると補助監督の黒いジャケットを脱ぎ、五条の足元に広げて置く。続いてブラウスとスカートとストッキングも。キャミソールと下着だけの姿になって、五条の布団に潜り込んだ。

「あ゛ー何この可愛い生き物、エッチじゃん」
「だってスーツが皺になっちゃう」
「嘘でもいいから『私が温めてあげる』って言ってよぉ」
「悟さんぽかぽか」
「そーだったわ畜生」

発熱している五条にはミズキの身体が適度に冷んやりとして柔く、心地良かった。彼女が視界にいると常に脳を掻き乱す六眼が鎮まって、抱き締めると過熱した身体から余計な力が抜けていく。
五条は身体中の回路が大人しく正しく回り始めたのを感じて、ここまでの消耗からすぐに眠気を覚えるようになった。

「少し寝ましょうね。目が覚めたらきっと良くなってます」
「ん」
「考えるのをお休みして、術式も止めて、私のことを抱っこしててね」
「ん」
「いいこ」

結婚って良いものだな、と五条は半分眠りかかった頭でとろとろと考えた。
学生の頃、無下限と反転術式を同時に回し始めた時には既にミズキがいたから、この症状を彼は1人でやり過ごしたことがない。こんな時には孤独が辛い。

いてくれてありがとう。
眠りに片足を突っ込んだ状態でこれを口に出したかどうか、彼は定かでない。ただ触れ合う部分はさらにきゅぅっと、五条に寄り添ってくれた。



***

ネタポストより『風邪を引いた主人公(or五条)を看病する五条(or主人公)、フローレスの二人』でした。
五条さん風邪引きそうにない(失礼)ので、六眼の都合に変更させていただきました。
ネタ提供ありがとうございました!




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