こころに触れた夜

忘れられない人がいる。ソウマミズキという女の子、中学の同級生だった。
有り体に言えば、あまりにも可愛かったから中学に入ってすぐ一目惚れしてそのまま3年間片想いだった。高校に入ってから仲間内で恋話になってこの話をしたら、高校からの奴等には「一途すぎかよ」と笑われただけだった。ただ同中出身の奴だけはウンウンと頷いて、「分かるわー、ソウマさんだろ?えげつないぐらい美人だし何か空気浄化してね?同時期に在学してた男で意識したことない奴いねーよ」と分かりやすく代弁してくれた。
それぐらい、綺麗だった。

高校はどこに行ったのか知らない。親しくもないし聞けなかった。連絡先の分かる同級生全員に確認したけど、同じ高校に進んだ奴は女子校も含めていなかった。

が。
思わぬ形で現在の姿を見ることになる。

『えっ、はい…?』

つけっぱなしでボンヤリ眺めてたテレビにあの子が映った。一瞬で中学3年間の片想いが頭の中に蘇って、すれ違った時のシャンプーの匂いまで思い出した。我ながらキモい。

待ち合わせをしてる人に取材するコーナーで、場所は東京らしい。そっか、東京にはいるのか…とか、確認したところでどうしようもないけど嬉しくなった。
嬉しくなったのも束の間、待ち合わせの相手が彼氏だというので告ってもないのに振られた気分。そりゃあな…あんな可愛ければ彼氏ぐらいいるよな…。

でも正直ちょっと意外だった。
中学の頃のあの子といえば綺麗すぎて近寄り難い部分はあったにしても、どこか周りに一線を引いてる雰囲気があったから。
それが、あんな風に照れたり笑ったりするなんて。静かにしてる以外の表情(表情…というか状態?)なんて見たことがない。思えば、喜怒哀楽のどれも見たことなかった。

気難しい子ってわけじゃなかった。中2の頃後ろからポンと肩を払われたことがあって、振り向くとあの子だった。俺が動揺してると「肩に糸くずがついてたから。もう取れたと思うよ」と控えめに笑ってくれた。その時点で一目惚れは既にしてたけど、もう完全に落ちた。それまでの肩凝りとか原因不明の疲労感が綺麗さっぱり消し飛んで、ただ歩いていくあの子の背中に見惚れるしか出来なかった。美しい思い出、シャンプーの匂いもその時の話。

テレビクルーが彼氏との馴れ初めを聞いた。
え俺失恋に追い討ちかけられんの?いや見るけどさ。

『えっと、学校の…先輩です。告白、は…うーん、向こう…?でも先に好きになったのは私で…言うつもりは、無かったんですけど』

マジか。あの子が好きになる相手ってどんななんだ、ハリウッドセレブか。いや学校の先輩なんだったな。あの子が片想いとかすんだ…何か謎の感動がある。
しかし相変わらず可愛いな。何かこの子の周りだけ明るくないか?発光してないか?

続いて『彼氏のどんなところが好き?』ときた。
『優しいところです』とかで適当に流せばいいのに、律儀に困った照れ顔でウンウン悩んでいる。
こんな人間らしい表情してるところなんか、同じ校舎にいた3年間で見たことがない。
悩んだ末にソウマさんは答えを見付けたという感じの顔をした。

『…何でも出来るひとなのに、優しくするのだけ不器用なところ』

ふやぁ…みたいな感じの、笑顔。
俺は叫び声を上げて、ダイニングでスマホを触ってた親から叱り飛ばされた。だってコレはしゃーねーよ、可愛いってか最早尊いよ!彼氏羨ましすぎて吐きそう!!
と思ってたらその彼氏が現れて、それがまた度肝抜かれるようなイケメンだった。え日本人?白髪碧眼?俺のハリウッドスター説はあながち間違ってなかった。

彼氏と話してるのを見ると、ソウマさんはびっくりするぐらいクルクル表情を変えた。何か泣きそう。失恋のせいじゃなく(ちょっとあるけど)、何か親心に近い感情で。良かったなぁ、心開ける相手に会って、好きになって、恋人になってんだなぁ。
俺の好きだった子がどうぞこのまま幸せでありますように。俺が願うまでもなく幸せそうだけど。
温かい気持ちになった夜だった。





「歌姫先輩、8時からちょっといいですか」

後輩の硝子が何やら楽しげな顔で声を掛けてきた。いいお酒でも手に入ったのかと思いきや(ダメだっていつも一応注意するけど)、連れて行かれた先は寮の談話室だった。テレビを観るのだという。
聞けば、五条の婚約者がテレビに出るらしい。

「ミズキはこの前待ち合わせ中の人対象のインタビュー受けたって言ってたし、五条が今日だけは絶対任務入れるなって夜蛾先生にゴネてたから、今日この番組で間違いないです」

硝子は珍しく、少しワクワクしてる風ですらあった。
私はというと呪術高専は学年間の交流が少ないこともあって、五条の婚約者というその子のことを人伝にしか聞いたことがなく、遠目にしか見たことがない。勿論遠目に見ただけで物凄い美貌なのは分かったけど、あのクソガキ五条に惚れてるというのだから奇人変人に違いないと思って距離を詰めずにいた…という感じだった。

テレビをつけて硝子が目当ての番組にチャンネルを合わせた。
そういえば何で私が一緒に観るんだろうか。私要る?

「硝子…これ私観ないとダメ?五条が来たりしない?」
「五条なら自分の部屋に篭ってます。録画しながらリアタイする気だろうし絶対来ないです」
「キッショ…」

おっとつい本音が。

結局私がこの番組を観る理由は分からないまま、まぁいいかとテレビに目を向けた。ほどなくして硝子の言う通り、五条の婚約者がテレビに映った。相変わらずの、輝くような美貌。
術師には珍しく純真そうな顔をしてるけど、内面はとんでもない奇人変人に違いない。何しろあのクソガキ五以下略。
…と思いながら観ていたら、その考えがガラガラ音を立てて崩れていった。

「え、硝子ちょ、嘘、いい子過ぎない?この子本当に五条に惚れてるの?騙されてる?脅迫されてる?」
「本当なんですよコレが」
「『言うつもりは無かったんですけど』の照れ顔可愛すぎよ…マジで言わなきゃ良かったのに…」
「安定のアンチですね先輩」

硝子がケラケラと笑った。
この善良な子がクソガキ五条の婚約者って世の中間違ってる。世界の歪みだ。
硝子はひとしきり笑い終えるとテレビ画面を見ながら口端を持ち上げるだけの静かな笑い方をした。

「…まぁ五条はクソガキですけど、ミズキに対しては優しくしようとしてるみたいですよ」

ちょっと想像できない。
画面の中ではテレビクルーが彼氏の好きなところを尋ねている。あの子は律儀に頭を悩ませてから、ふやぁ…と柔らかいお菓子みたいに笑った。

『…何でも出来るひとなのに、優しくするのだけ不器用なところ』

この子は、あれよ、何か寄付を募って保護すべき。可愛いっていうか最早尊い。この子だけに夢の国のパークチケットあげたい。
そうしている内に画面には見たくもない五条が現れて、私はお茶を淹れようとキッチンに退避した。
画面から聞こえてくる五条はいつも通りのクソガキぶりだったけれど、確かに硝子の言う通り恋人にだけは優しくしようと試みていると思えなくもない様子だった。認識的には、肉食恐竜が子ウサギにソフトタッチしようとしてる感じ。
そろそろ湯呑に注ごうかと思ったタイミングで番組のコーナーが切り替わり、ほどなくして談話室の扉が乱暴に開かれた。クソガキ五条だった。

「ミズキどこ」
「風呂」

硝子の必要充分な回答。まさかコイツ女子寮の大浴場に入ったりしないわよね。

「風呂上がったら俺の部屋来いって伝えて」
「いくらで?」
「後精算、何でも買え」

硝子が親指と人差し指で丸を作った。
五条はドスドス乱暴な足取りで男子棟に引っ込んでいった。
ほとんど入れ替わるように、呼ばれた当人が談話室に顔を出した。お風呂上がりのほわほわな顔が可愛らしい。

「あ、硝子さんテレビ観てるの珍しいですね。面白い番組ありました?」
「んーん、もう終わった」
「? 残念」

硝子は本当にその子の出ない番組には興味が無いらしく、リモコンでテレビの電源を落とした。
その子はキッチンの隅の共用冷蔵庫まで歩いてきて私に気付き、きちんと挨拶をしてからペットボトルのお茶を取り出した。呪術師なのにマトモすぎて感動する。

「あそーだミズキ、風呂上がったら俺の部屋来てって五条が言ってたよ」
「えっありがとうございます!何か借りてたっけ…」

冷蔵庫から出したばかりのお茶を持ったまま、その子はパタパタと急いで談話室を横切った。

「それじゃあ硝子さん歌姫先輩、おやすみなさい」
「おやすみー」
「、おやすみ…」

去り際の笑顔がまた綺麗だった。
手元のお茶は完全に注ぐタイミングを逸した。

何と愛らしい生き物がいたことか。
さっきまでのあの映像を観た五条の心境を考えてみる。そりゃあ、呼び寄せずにいられないだろう。電話して繋がらなくて(入浴中だ)、居ても立っても居られなくて談話室に降りてきたんだろう。そのまま談話室で待ってれば恐らく会えるだろうけど、他人がいる前じゃ感情の遣り場が無い。

不本意ながら、五条の心を垣間見た夜だった。



***

ネタポストより『【夕暮、君を待つ】待つの放送時の五条&世間の反応』でした。
中学同級生モブくんと歌姫先輩になりました。リクエストから少々ズレてしまってすみません!
夢の国のパークチケットが3枚手に入ることになりますね。
ネタ提供ありがとうございました!




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