眠れない頭で考える

結果から言うと、無事寝不足になった。

ミズキさんの部屋は経年劣化による給湯器と窓ガラスの破損が確認されたというのは、我ながらかなり苦しい言い訳だった。話し終える頃になってから、いっそ五条先生がぶっ壊したと言った方がそれらしかったんじゃないかと思った。ミズキさんがこの説明をすんなり信じたことについては、むしろ心配になった。

俺の部屋に寝泊まりすることについても、ベルトコンベアにでも乗ってんのかというほど当たり前に承認された。「伏黒くんさえ嫌じゃなければ」って、嫌なわけがないし嫌じゃなさ過ぎるのが問題なのだ。何故この人は猛獣の至近距離で昼寝するような真似をするのか。危機意識の無さについては、五条先生が度々ミズキさんの記憶を削ってきたことの弊害じゃねぇのかと内心で罵った。

ミズキさんに部屋のシャワーを浴びてもらってる間に予備の布団を出して、ベッドからなるべく離れた位置に敷いた。「俺が床で寝るんでミズキさんはベッドで」と言ったのが、風呂上がりのミズキさんにすぐに却下された。
風呂上がり、素顔のミズキさんは少し幼い。俺は誰かに殴ってもらって正気に戻りたい。

「ここは伏黒くんの部屋でしょ?間借りしてる立場なんだから私が床」
「いやでも、」
「あ、ごめんね電話…悟くんだ、出てもいい?」

『どうぞ』を手で示すと、ミズキさんはスピーカーで応答した。恐らくついさっきまで暴行犯に死ぬより苦しい拷問をしていたに違いないのを感じさせないフザケた声によると、ミズキさんの部屋は今後も使用禁止、学生寮女子棟の空き部屋を使うことになるが準備が必要になるから明日から。

何やら俺抜きでトントンと話が纏まっている。別に許可を取って欲しいわけじゃないし、誰に提案されなくてもミズキさんには目の届く場所にいてもらいたいと自分で思うところだから結論に異存は無いんだが、戸惑う俺が可笑しいのかコレは?
いきなり男子高校生の部屋に放り込まれたミズキさんですら、通話を終えると俺ににっこり笑って「一晩お世話になります。ごめんね、でもお泊まり会みたい」と言った。頭痛。

「………風呂、入ってきます。遅くなったら先寝ててください」

このとき時刻は22時半、どれだけ長風呂するつもりなんだと言動の可笑しさは自覚するが、これが精一杯だった。

「本棚のものは好きに見てください。他も特に気にする物はないんで…」
「ありがとう、行ってらっしゃい」

玉犬を出して護衛に付けた。高専の結界の中で護衛も何も無いとも思うが、今回の暴行事件はその高専の結界内の出来事だ。
「わんちゃん!」とはしゃいで玉犬の首に抱き着くミズキさんを残して俺は普段使わない共同浴場へ行った。

無駄に時間を掛けた風呂から戻ると、ミズキさんは横たわった玉犬の腹に額を寄せるようにして眠っていた。
玉犬が『次はどうする』と言いたげな視線を寄越すので、「良くやった、戻れ」と頭を撫でて影に戻した。

俺の部屋にミズキさんの匂いがする。頭がクラクラ回る。ミズキさんの頬が白い。数時間前に痛々しい赤紫色に腫れた頬だ。思わず手を伸ばして、頬に掛かる髪を耳の後ろへ流した。
ミズキさんの薄い肩が、呼吸に合わせてゆったりと揺れている。

目まぐるしい午後だった。

湯船に浸かりながら逡巡したが、例えば真希さんや釘崎が事情を知って部屋を提供してくれていたとしても、ミズキさんには俺の部屋に居て欲しかった。
あの現場で、血の気の失せた指先を震わせるミズキさんのことを思い出した。痛かっただろう、恐ろしかっただろう、俺が数分遅れていたら凌辱されていた。逆に数分早ければ殴られずに済んだと思うと悔やまれるが、その後悔の差分はもう俺の中にしか無い。今ミズキさんが俺の目の届く場所で穏やかに寝息を立てていることが全てだ。

元々薄い化粧を落とした素顔は少し幼くて、寝顔は更にあどけない。
可愛い、触れたい、守りたい、奪いたい。自分の感情の針が忙しなく振れるのを感じて手を引いた。暴行犯と同じに成り下がるな。
俺はこの人に、優しく接していたい。

ミズキさんの肩に布団を引き上げた。

「…お休みなさい」

いい夢を。

電気を消して自分も布団に潜り込んだ。
暗い天井を睨みながら、ミズキさんの微かな寝息や衣擦れの音に神経が昂って、眠気は訪れる気配さえ無かった。

そうして俺は無事寝不足になった。


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