17歳、最後の夜でした
人の侵入を拒む為のフェンスの内側にある海も、フェンスに囲まれていない海と同じように美しかった。彼女はその浜辺に今日も飽きずに腰を下ろして彼方を見つめている。
ここに派遣されたその当日から俺は彼方を見つめている彼女が気になっていた。何故彼方を見つめているのか、それが不思議に思い。
「ここにいたか」
「…………、なーんだ、バダップか」
振り返った彼女は相変わらずの笑顔だった。
「もうすぐお前も行くのだろう。こんなところで油を売ってていいのか?」
「うーん…本当は駄目だよ」
たははとまた笑った彼女。だが、今回は直ぐに引き、どこか哀しげな顔をした。
「ね、戦争って…正しい事なのかな」
その言葉に俺は心底驚いた。彼女は俺以上に戦争に縛られている人だった。勝つ事だけを考えていて、勝つ事が正義だと、初めて会ったその日からいつも口にしていた彼女からそんな言葉を聞くなんて。
「私は前から勝つ事がのみが正義で、その為なら人を殺しても構わないと思ってきた。けど、それは間違いなのかな」
戦争は殺し合いだ。殺さなければこちらが殺されてしまう。だから戦争で人を殺すことは間違いなどではない。
そう淡々と口にすれば彼女は苦笑いを浮かべた。
「うーん…じゃあバダップ、例えばだよ?私が今、ここで君を殺すとする」
「あり得ないことだな」
「だから例えばって言ったじゃん。…話を戻すけど、君が死んだら何が起こると思う?」
分からない。彼女の言葉が理解できない。
「君が死ぬと、沢山の人が悲しむんだよ」
「そんなこと…」
「それがあるんだよ。一人の人が死ぬと百人の人が悲しむんだって」
だからさ、と言って彼女は腰に携えていた拳銃を右手に弄んだ。
「私がここの引き金を引くだけで百人の人が悲しむ」
「何が言いたい」
「うん、私はどれだけの人を悲しませてきたのだろうって話」
「私達にとって憎い人でもその人を愛する人が必ずいるってこと」
いやに耳に響いた言葉だった。
「…はは、こんなこと話してごめんね。つまらなかったよね、私もつまらなくなってきた」
俺が言葉を発するよりも早く彼女は立って俺に笑みを向けた。
「ありがとうバダップ。"最期"に話せた人が貴方でよかった」
俺が見た彼女の笑みの中で一番美しく、一番悲しげな笑みだった。
17歳、最後の夜でした
(彼女が戦闘機に乗り込むまで、あと三時間)
(名も知らない土地の空で命を散らすまであと五時間)
(俺が、彼女が特攻隊だったことを知るまであと五時間半)
(彼女の言葉の意味を理解するのにそこから数秒)
(そして鉄仮面と呼ばれた俺が涙を零すまで、そこから数秒もかからない)
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素敵企画羊水様に提出。
ヒロインの弟がこの数日前に亡くなったという設定もある。