10/23 | ナノ


Sugar, spice and everything nice.


今日という日は、間違いなく一年の中で最も騒がしい日である。事実、朝から王宮を中心にこの一つの島すべてが国王の誕生日を祝い、騒いでいた。

そんななか、ただ一室、妙に静かなキッチンにネアはいた。

「えーと、まず卵白だけで…」

手書きのレシピを眺めながら手に持った卵を握りつぶさんとするベビー5に、そばで見守っているネアの心臓は大きく跳ねた。
殺し屋兼使用人という立場のベビー5だが、その仕事は大半が戦闘に費やされているため料理などめったにしたことがない。それがどうしたのか、今日という日にケーキを焼くと意気込んで、ネアとちょうどそこにいたシュガーを手伝いとしてこのキッチンに引きずり込んだのである。本当に一体どんな心変わりをしたのだろうか。つい先日も、何人目かの婚約者をドフラミンゴに吹き飛ばされていたのに。

「ベビー5に料理なんてできるの?」

いつものグレープではなくいちごを食べながらシュガーがぼやく。ところでそのいちごはケーキの飾り付け用では?

「そうなの?…置いとくほうが悪いわ」

私に責任はない、とばかりにふんぞり返る。一方のベビー5はやはりというか、卵を握りつぶしていた。

「ああっ、ベビちゃん、」

「えっ!?な、これ、どうしたらいいの!?」

もしかして卵の割り方から教えなければいけないのだろうか、とネアは顔を青ざめさせた。

「卵の殻を使って卵白と卵黄とに分けるんです。ほら、こうやって…」

目の前で実演してみせると、ベビー5はなるほどと言いつつ卵をテーブルに叩きつけた。さすがは殺し屋、力があるなと思わずネアが気を遠くしたのも無理はない。

ちなみに、ドルシネアがベビー5に料理を教えている間、手伝いとして連行されたはずのシュガーは、飾り付け用のフルーツを大量に消費していた。






なんとか焼き上がったスポンジケーキにクリームを塗り、シュガーが用意した分を食べ尽くしたために急遽新しいフルーツ缶を開けて、なんとかショートケーキが完成した。達成感を滲ませるベビー5と疲労の色が濃いドルシネア。実に対象的である。

「にしても、どうして急にケーキを焼こうと思ったんですか?」

フルーツ缶のシロップに少し手を加えたものを飲みながら、ネアが尋ねる。ファミリーの一員であるベビー5がドフラミンゴの誕生日を祝うことは何らおかしくはないのだが、彼女が受けた被害(自業自得とはいえ)を考えると素直に祝う気持ちがあるとは思えない。

「決まってるでしょ?嫌がらせよ」

「…どこがどう嫌がらせに繋がるんですか?」

またフルーツに手を出そうとするシュガーを諌めながら、ネアはベビー5の言い分に耳を傾ける。

「だって、若様ったらまた私の…私の…!!」

「それは知ってます。」

ベビー5の婚約者がつい数日前にドフラミンゴの手に寄って消し飛ばされたのは承知していた。というのも、"またベビちゃんが悪い男に引っかかってますよ"とドフラミンゴに告げたのはネアだからだ。

「若様、甘いもの嫌いでしょ?だからあてつけよ!」

ベビー5の自信満々の言葉に、ネアはえ、と声を漏らした。

「嫌いなんです?」

「え?…違うの?」

ベビー5とドルシネアは互いに見つめあい困惑する。

―確かに、父親が甘いものを口にしているのは見たことがない。どこかから菓子折りを貰ってもたいていネアによこしていた。しかしそれが甘いものが嫌いだからなのか、はたまた娘が甘党だから与えていたのか判別がつかない。
うーん、とネアは首を傾げる。そういえば確かに毎年この日を盛大に祝ってはいるが、ケーキを食べたことはない気がする。ネアの誕生日はネアだけのためのケーキが用意されるので結局わからない。

テーブルの上に置かれた、ショートケーキ二人の視線が突き刺さる。またつまみ食いをしようとしたシュガーの手をネアがやんわりと戻した。

―ドフラミンゴって、甘いもの食べるのかしら。

頂点に立っていたいちごが、少し傾いた。


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