▼貴方の無垢な手で終わりましょう

時は少し遡る。

頬に当たる冷たい感触に、ドルシネアは目を覚ました。朧に霞む瞳を瞬かせて、久しぶりに清浄な視界を確保する。彼女がいるのは、四方を壁に囲まれた暗い一室のようだった。床に横たわっていたため、頬が冷たく感じたのか。
えい、と力を込めて体を起こす。動いた!ここしばらくずっと薬で体の自由を奪われていただけに嬉しい。その代償か、激しく痛む頭に眉をひそめながら体を回転させる。不便なことに、両手は背に回され手首を縄で縛られていた。

「ヒッ…!お、起きたのか?」

聞こえた自分以外の声に、ネアは目を凝らした。暗い部屋の中に、自分以外に1人、見知らぬ男が立っていた。誰だ、マークスの知り合いか?いや、私はマークスの元から離れた…のでは?
しかしここは船の上だ。先程から床が揺れている。揺れが大きいことからしてまだ出港はしていないようだが。

ならば、ここはどこなんだ?

「大人しくしてろ…ヒィッ!」

静かに立ち上がる。一瞬視界が真っ黒に染まるが、じっと耐え忍ぶ。ここに大人しくいるなんてできるものか。それが父親にとって不利益であるのは深く考えずともわかる。
ネアは相対する男を眺める。手にはハルバードを持っているが、構えからして素人も良いところだ。手首を縛られた程度ではハンデにもならない。

ネアはすっと息を詰める。

次の瞬間、ネアの両足はチーク材の床を蹴りつけ、体を宙に浮かせていた。そのまま男に狙いを定め、両足で男の体を絡め取るようにして床に叩きつける。

「ここはどこですか?」

「ヒッ!い、痛い!やめてくれ!」

「ここは、どこですか?」

男の訴えには耳をかさず、もう一度尋ねる。無理な姿勢が堪えたのか、はたまた恐怖故か、男は簡単に口を滑らせる。

「船の上だ!……革命軍の!!」

革命家、という単語にネアは瞠目する。まさか、革命軍がドンキホーテファミリーに狙いをつけていたとは。

「革命軍の狙いは?」

ガタガタと震え続ける男に尋ねる。おそらく今のネアを見たならば、誰も彼もが彼女がドフラミンゴの娘であるという事実に納得するだろう。
少女の気迫に恐れをなした男は、その口を軽々と開いた。


十分に情報を聞き出したネアは、男の頭を蹴り気絶させた。見張りにしては、なんとも弱い。まさかまだネアに投与された薬は切れないと思っていたのだろうか。もしそうならば、革命軍というのも存外浅はかだな、とネアは冷静に分析する。
そのままネアは床に倒れ伏す男の手からハルバードを奪い、器用に手首を縛る縄を切り裂いた。自由を取り戻した両手のひらをしばし眺め、その手にハルバードを握る。革命軍の狙い。人質であったネアが自由になった今、取り戻すべきは武器密輸の証拠だ。
扉をハルバードで叩き割って、ネアは船室を飛び出した。

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