▼舌の上でとろける誰かの不幸

ジュニアス・マークスという男は、正義感が強いということを除けば至って普通の男だった。ドレスローザで生まれ育った彼は大きくなるに連れ父親と同じ内政官への道を志し、晴れて夢を叶えた後は国民のために、と日夜働き続けた。そんな彼の人生に暗雲が立ち込めたのは8年前、あのドレスローザの悲劇。内政官として王室にも関わりが合ったマークスには、にわかに信じ難い出来事であった。だが彼の周囲は口を揃えて言う。リク王家は悪だと。その後に王位に就いたのが海賊というのも気にかかった。だが、そんな彼の疑問には誰も取り合わなかった。誰も彼もが新王の戴冠を祝いでいた。だが、彼だけは―彼だけは、ついぞ心から疑念を振り払えなかった。

『ドレスローザの国民か』

『ドンキホーテファミリーが何をしているのか知りたいか』

そう持ちかけられ、思わず頷いてしまった。そしてファミリーの悪行を知った。その時まさにマークスの正義感に火がつき、この事実を白日のもとにさらしてやろうと決意したのだった。情報をもたらしてくれた"彼ら"の協力も仰ぎ、計画を立てた。より行動しやすくするために地道に地位をあげ、さらに政府にドフラミンゴの娘が来たのはこの上ない幸運だった。証拠だけでなく人質も手に入れる算段をつけ、娘の周囲から人目が失われ、かつ長時間娘が1人になる日を狙ったのだ。そのまま人質も証拠も確保し、ドレスローザから出港できた時点でマークスは勝利を確信していた。だが、彼は甘かった。本当の争いというものを知らなかったのだ。

まず一度目の寄港で、彼は己の甘さを痛感することになる。そして、ドフラミンゴの娘に対する執念も。
異様に高い物価、特に燃料費の尋常ならざる値の上がり方に、マークスは青ざめた。逃げ切れば勝ちだと思っていた。それがどうだ、ドフラミンゴはその逃げ道を潰してきた。
だが、マークスは諦めなかった。そして、神も彼を見放さなかった。ついに有り金が底をつき、バタラ島に上陸した時、彼は運良く"彼ら"と合流できた。予定より大幅に遅れてしまったためもう出港していたかと思っていたが、彼らはマークスを待っていた。いや、正確には彼が握っている情報を、だが。
そして時間稼ぎにために、娘を"人形展"に出すよう指示された。ドフラミンゴの執着を逆手に取った作戦だ。マークスと人質を分断することで、この荒天で出港が遅れる分をごまかすという。素晴らしい作戦だった。マークスは立案した青年を尊敬の眼差しで見た。これならばドフラミンゴを弾劾することができると、信じていた。

だが、現実は非情だった。

「フッフッフ…!俺の娘を随分連れ回してくれたなァ?」

左腕の肘から先を切り落とされ、重心のずれたマークスは地に伏す。視界に黒い爪先が見えた。彼の周囲を固めていた護衛は皆首を落とされ、周囲を赤く染めている。このままではマークスもいずれ彼らと同じ道を辿るだろう。

「次は足が良いか?それとも順当に右腕を落としてやろうか?」

ドフラミンゴの指が不気味に蠢く。だが、マークスにとって自分の命などもはや意味をなさない。彼はなすべきことをなした。後は"彼ら"がやってくれる。

「貴様はいずれ裁かれる…ドフラミンゴ……!!」

マークスは不敵に笑った。彼の命はここで尽きようとも、意志が消え去ることはないのだから。
ドフラミンゴがその右手を掲げた。まるでギロチンだ、とマークスは今際の際に思った。

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